坂浜恵美⑤
小さい頃の話。
私は家の庭で遊んでいたのだけれど、それに飽きて家の敷地を出た。
親に何も言わずに家を出たので、冒険をしているようで気持ちが弾んだ。
しばらく歩いたら、小さな公園に行きついた。
嬉しかった。秘密の場所を見つけた気分になった。
ここで一人で遊んでいた。
夢中で遊んでいたようで、気が付いたら空が暗くなっていた。
帰ろうと思ったけれど、帰り方がわからなかった。
不安が広がり、涙が出てきた。
でも小さな公園で、私以外に人はいなかった。
怖くて公園の外も出られない。動けない。
ベンチに座り、うなだれていた。
泣き疲れて涙も声も出なかった。
私はここで死ぬんだと子供ながら覚悟を決めた。
お母さんさようなら、なんて考えていたと思う。
そんなときに声が聞こえた。
「大丈夫?」
驚きながらも顔を上げると、私と同い年くらいの男の子が立っていた。
私は再び泣き出した。
誰かに見つけてもらえたことで少し安心したら、涙が出てきた。
「迷子?」
優しいトーンだった。
ああ、助かるんだ。そう思った。
私は彼の言葉にうなずく。
「交番に行こう」
そう言うと彼は私の手を取ってくれた。
「これ君が集めたの?」
ベンチの横に集められたどんぐりを指さして彼は言った。
「うん」
「よく集めたね」
彼がその中から一番きれいなどんぐりを選んで私に差し出した。
私がそれを受け取ると、彼はもう一度どんぐりの山を探る。
「僕はこれをもらおうかな」
そう言って、彼もどんぐりを手にした。
「うん」
なんて答えたらいいかわからなかったけれど頷いておいた。
なんとなく、どんぐりを集めておいてよかったって思った。
彼に手を引かれるがままに歩いた。
知らない大人の人についていってはいけないと言われていたけれど、安心感があった。それに彼は大人ではない。
彼の手は私とおなじくらいで、お母さんやお父さんと手をつなぐ時とは違う感じがした。
なんかドキドキする感じ。迷子だからドキドキしているのか、知らない人についていっているからドキドキしているのか、そのどちらでもないドキドキなのかはわからなかった。
交番に着くと、彼は私の代わりにお巡りさんの質問に答えてくれる。
私が見つけたあの小さな公園は、ゴリラ公園というらしい。由来はわからない。
彼はサイコウスケという名前らしい。
サイコウスケ、サイコウスケ、サイコウスケ。
私も名前を聞かれたので、力を振り絞って答えた。
「坂浜恵美です」
その後はいろいろ答えることができた。
サイコウスケが私の手を握ってくれていたから。
「じゃあサイくん、君はもう帰ってもいいよ。後はお巡りさんがお母さんに会えるようにするから」
一通り質問に答えたら、お巡りさんが言った。
「わかりました。おねがします」
サイコウスケはお巡りさんにぺこりとお辞儀をする。
「よかったね。もう迷わないようにね」
そして私の手をもう一度ぎゅっと握ってくれた。
手を振ってサイコウスケは交番から去っていった。
その後、お巡りさんが電話でいろいろ連絡を取ってくれた。
私はその間、椅子に座ってただ見ているだけだった。
ポケットに入れて置いたどんぐりを手に持って、サイコウスケのことを考えていた。
しばらくするとお母さんが交番に来てくれた。
「恵美! 心配したじゃない! すいません、おまわりさん。ちゃんと言っておきますから」
お母さんはぺこぺことお巡りさんに謝りながら、私を叱る。
お母さんの声を聞いたら、サイコウスケの時とは違う安心感でまた涙が出てきた。
自転車の後ろに乗せられ、家まで帰った。