坂浜恵美③
再びチャンス到来。前回から二週間後だった。
佐井君が希望図書を受け取りにやってきたのだ。
今回は逃すまい。
「すいません。葉桜の季節に君を想うということが入ったって聞きましたが」
「ありますよ」
しかしまたも対応は涼子。
私は本を読むと、周りが見えなくなる。
母からもよく注意されていたけど、そのときは別にいいじゃんって思っていた。しかし今はそれが悔やまれる。直しておけばよかった。
「じゃあ借ります」
「はい。来週の月曜日までに返却してください」
涼子が貸し出しの手続きをしている。
今がチャンスだ。ここしかない。
「よく本読むの?」
思い切って佐井君に声をかけてみた。
勢いあまって身を乗り出してしまった。
「え、あ、う、うん。そうだね。本は好きだから」
「どんな話が好き?」
「ミステリー小説をよく読む」
「そうなんだ。じゃあ怖い話とかは興味ある?」
「うーんどうだろう?」
隣で涼子が、急に何!? みたいな顔をしているけど、気にしない。
「死神の話知ってる?」
「伊坂幸太郎の小説?」
「違う違う。この学校の七不思議のひとつだよ」
「そんなのあるの?」
佐井君は驚いているようだ。つかみは上々。
「あるよ。死神に魅入られると死ぬんだって」
「それは七不思議じゃなくて宗教的な話じゃない?
「そうじゃなくて! なんか昔、下校の時に亡くなった生徒がいたんだけど、その日の夜に学校で死神を見たっていううわさがあるの」
佐井君と話ができている。嬉しい。これは前進。大前進。
「確かに興味はそそるな」
「でしょ? 黒いコートに黒い傘をさしているんだって」
「結構具体的なんだね」
「うんうん。面白いよね」
「そうだね」
「なんかごめんね。急に話しかけちゃって」
ここらへんで切り上げよう。これ以上足止めしたら嫌われてしまうかもしれない。
「いや、いいよ。面白い話をありがとう」
佐井君はニコっと笑って手を振ってくれて、帰っていった。
うわぁ。ありがとうって言ってもらえた。
ちょっと冷静にならないと。
席に着き、読書を再開する。
「いやいや、何普通に本読んでるの?」
涼子が私の肩をたたく。
「何が?」
「何がじゃないよ。急に佐井君に話しかけるからびっくりしたよ」
「ああ、私、佐井君好きなんだ」
言っちゃった。話ができたこともあって少し浮かれているのは認める。
まあそれに涼子には言ってもいいなって思えるし。
「え!? そうなの!?」
涼子は驚いたようだ。
まあ、こんな感じに好きな人を打ち明けることなんてあまりないだろうし。
「佐井君は私の事を覚えていないようだったけど、小さい頃、助けてもらったことがあるんだ」
「そうなんだ。なんかすごい話だね」
「うん、そうだよ。すごい話だよ。これはたぶん運命。ううん、絶対運命」
「そっか。叶うといいね」
涼子はそう言って、本を読み始めたと思ったら、返却図書の整理を始めた。
涼子は特に好きになった理由を聞いてこなかった。
佐井君に彼女がいるからだろう。私の恋が前途多難だとわかっているからだろう。
でもいいんだ。運命だから。
私はいつの間にか運命を信じているようだ。