日吉瑞希⑦
「おつかれ。大縄のとき、ありがとうね」
佐井君にお礼もかねて声をかける。
「あ、おつかれ、日吉さん。全然大丈夫だよ」
「あれ? 百村さんは?」
百村さんの姿が見当たらなかった。
「軽い熱中症だったらしい。片づけは俺がやるから帰らせた」
具合が悪そうだったのはそういう理由だったのか。
なんだか男らしいな、佐井君。
「そうなんだ。ねえ、サイゼリヤ行く?」
「どうしようかな。あ、そうそう、場所サイゼリヤじゃないって。他のクラスに先を越されたらしい」
「やっぱりそうか。南君が言っていたの?」
「麻衣からメールが入ってた。南に言おうと思ったけど、俺の話を聞く前に行っちゃった」
「ああ、なるほど。南君ってそういうとこあるよね」
ってか麻衣、私にもそのメールしろよ。
「うん」
「で、どうする? 打ち上げ行く?」
「俺はいいかな。結構疲れてるし」
「頑張ってたもんね」
「ありがとう」
「ねえ、じゃあ軽く食べて帰らない?」
「打ち上げに行かないで?」
「そう。二人だったら気が楽じゃない?」
「まあ、そうだね。おなか空いてるし」
「でもそうだな。ここら辺だと鉢合わせちゃうかもしれないよね」
「確かに。それは避けたいね」
たぶん、麻衣のことを避けたいのだろう。そんなところを見られたら佐井君は責められるだろう。
いや、ちょっと待って。それは私もじゃないか? 麻衣があからさまに狙っている佐井君と抜け駆けしているようなものじゃないか?
流れでなんとなく、さらっと誘っちゃったけど。
でもスクールカースト上位の麻衣の狙っている男子とくっついたら私の立場はかなり上がるのではないか?
いや、麻衣から避けられて、下位まで落ちるか?
ううん、よくない。佐井君を利用するようなことなんてよくない。
でも一度考えてしまったら、なんか佐井君と付き合うのも悪くないなって思ってきてしまう。
いやいや、その前に佐井君には彼女がいるではないか。
「どうする?」
佐井君に声をかけられて、我に返る。
「あ、ううん。いや、なんでもない。そうだね。どこか別の駅にしない?」
「それじゃあ東村山でどう?」
「いいよ。ぱっとしないし、他のクラスもそこなら打ち上げしないでしょ」
「それは言えてる」
荷物をまとめると二人で学校を出る。
二人で下校しているだけなのに、何この空気。え、勘違いしちゃう。
ただ並んで歩いているだけ、会話はほぼない。私の歩幅に合わせて歩いてくれる佐井君。え、勘違いしちゃう。
なんだか心地よい時間を堪能しながら、小平駅まで向かっていると、不意に呼び止められた。
「ちょっと、幸助帰るの?」
麻衣だ。自転車に乗っている。
「あ、う、うん。疲れたし」
「違う! 疲れたから打ち上げるの!」
「そ、そうなの?」
佐井君が困ったように言う。
「瑞希も帰る気だったの?」
「そうだけど」
「二人で帰るなんてなんか怪しい」
麻衣が目を細める。
「怪しくないよ。駅まで一緒だから帰ってるだけ」
自然を装って言ったつもりだったけれど、少し言い訳っぽくなってしまったかな?
それにしても麻衣って鋭いな。
「まあいいや。二人とも強制連行。ほら行くよ」
佐井君と目を合わせる。
佐井君の目は、たぶん従う他ないと言っている。私もそう思う。
二人でうなづきあうと、観念して麻衣についていく。
「今日、自転車できてたの?」
麻衣に聞く。
「上田君に借りた。あまりにも遅いから見に来た」
「すごい執念だね……」
打ち上げ会場は駅から少し離れた安楽亭だった。南君は来ていないようだった。
最初は全然気分が乗らなかったけれど、肉を前にしたら俄然楽しくなってきた。
疲れたら打ち上げるもんだなと納得した。