日吉瑞希⑤
「おい、日吉! 大繩どこにある?」
土屋先輩が少し焦ったような口調で言う。
「知らないですよ」
午前最後の競技、大繩飛びの肝心要の大繩が見当たらないらしい。
競技はもう始まるというのに。
土屋先輩ってほんと何なの? ちゃんとした大人になれるの? もっと焦ろよ。
「日吉! ちょっと放送委員のとこ行って、大繩が見つかるまで曲でつなげてもらってこい!」
「わかりました」
指示ばっかりしてないで自分も動けよ。
心の中で悪態をつきながら佐井君の元へ。
「佐井君! 次の大繩飛びの大繩が見つからないから、なんか曲でつないでもらえる?」
「そうなの? わかった! じゃあそれもアナウンスしたほうがいいな」
佐井君はそう言うと、奥に行きアナウンス担当に伝える。
「ただ今次の競技の準備をしております。もう少しお待ちください」
先輩のきれいな声が響き渡る。
「ありがとう、助かった」
佐井君が戻ってきたのでお礼を言う。
「うん。大変だね。大繩が見つかったら教えて」
「わかった」
放送ブースを離れると、急いで大繩の捜索に参加する。
焦れば焦るほど見つからないものだ。
ないないの神様が出ているのだろうか。
手の空いている先生たちも一緒になって探している「あっ!」という声が聞こえた。
捜索していた全員が視線を向ける。
「あ、いけねー。ここにあったわ」
土屋先輩が、てへっみたいな顔で大繩の入った袋を掲げている。
いや、ふざけんなよ。
「放送委員のとこいってきまーす」
感情を込めずに言う。
何往復させる気だよ、土屋。
「あ、日吉さん。大繩あった?」
「あったよ。今準備に入るから、合図があったら、スタートお願い」
「了解」
もう面倒だったので、放送委員のテントで待機することにする。
佐井君は百村さんに声をかけている。
「大丈夫? 保健室連れて行こうか?」
「いいよ。大丈夫」
「そう? 何かあったら言ってよ」
優しいな、佐井君。
そんなやりとりを見ていたら、大繩の準備ができたようだ。
「佐井君、準備できたみたい」
「わかった」
佐井君は音楽のボリュームを下げ、アナウンス担当の先輩に合図を送る。
「お待たせしました。午前の最後の競技、大繩飛びです。選手入場」
佐井君が入場用の音楽を流す。
選手が位置に着くと、音楽をだんだん小さくしていく。
「それでは大繩飛びスタート」
アナウンスが始まると、クラス対抗の大繩飛びが始まる。
「いーち、にーい、さーん」と声に合わせて飛んでいる。
その声が聞こえなくならないようにBGMを佐井君が調整して流している。
え、めっちゃ仕事できるじゃん、佐井君。
土屋の後に見ているから余計そう見るのかもしれないけど。
声に出さないときは、もう土屋に先輩という敬称はつけない。
今まで中学で体育委員ってやったことなかったから気が付かなかったけれど、こういう人たちが支えてくれているから、選手は活躍できるんだなと思った。
目立たないだけで、ひっそりと輝いている人もいるのか。
麻衣って結構見る目あるじゃん。
いや、それよりも佐井君の彼女さんが一番男をわかっているのかもしれない。
「佐井君、ありがとう」
「ううん。日吉さんもおつかれ。これが終わったらお昼だね」
「そうだね。もう少し頑張ろう」
そう言って土屋のところに戻った。