大沼愛④
振り返ると佐井君がいた。
「え、う、うん。そうだよ。ちょっと教室に忘れ物しちゃって」
「そうなんだ。俺も教室行くんだ」
「そっか」
普段佐井君と話すことはない。
学級委員として話をすることはあったけど、プライベートなことは話したことがない。
それに佐井君は光の……。
「たしか矢野口さんも一緒の部活だったよね?」
「そ、そうだよ」
教室に着くなり佐井君が聞いてきた。
「前に矢野口さんに絵を教えてもらったことがあるんだ。結局上手くなれなかったけど」
「そうなんだね」
当事者二人から同じ日に同じ話を聞いた。
机からマンガを取り出す。
「大沼さんはもう部活に戻るの?」
「うん、戻るよ」
「そうなんだ」
「さ、佐井君は何しに教室に戻ったの?」
「俺? 図書室で借りた本を机に忘れてて。読み終わったから返却しようと思ってたんだ」
佐井君は机から取り出した文庫本の小説を見せてきた。
葉桜の季節に君を想うということというタイトルだった。恋愛小説だろうか。
「本好きなんだね」
「うん。大沼さんはやっぱりマンガの方が好き?」
「そ、そうだね」
「おすすめのマンガ教えてよ」
「わ、わかった」
佐井君にいくつかマンガを教えた。
「ありがとう」
「いいえ。好みと合うといいんだけど……」
「読んでみるよ。じゃあまた明日」
「う、うん。また明日」
颯爽と教室を出る佐井君。
久しぶりに男の人と普通の話をした。緊張した。ドキドキした。
このドキドキはなんだか勘違いしそうだ。これも一種の吊り橋効果だろうか?
部員にも男の人はいるけれど、ドキドキはしない。同じ人種と思っているからか?
いわゆる陽キャの人と話すのは緊張する。佐井君が陽キャかどうかはわからないけれど、少なくとも私たちと同じタイプではない。
他人は他人、私は私、の考えはどこに行ったのだろうか。まあ考え通りいかないのが人生なのだろう。悟った気になる。
おすすめのマンガ……本当に読んでくれるのだろうか。