大沼愛③
「そう、それで佐井君に絵の描き方を教えたことがあるんだ」
イラスト同好会の部室。一旦絵を描く手を止めて、光が楽しそうに中学校の思い出を話す。
今は矢野口さん、大沼さんとは呼ばずに、お互いに下の名前で呼び合っている。
それにしても光は佐井君の話をするときはきらきらしている。好きなのかな?
人を好きになるって素敵なことだ。
マンガやアニメのラブコメや純粋な恋愛ものは好きでよく読んでいる。
なかなかくっつかない関係性や運命に翻弄される二人が最終的に結ばれるとき、胸がときめき、嬉しくて読んでいてよかったと思う。
こういう恋愛をしたいと思う。思うけれど、多分私は行動に移せない。
チャンスがあったとしても、みすみす見逃すのが関の山だ。
「ちょっと愛ちゃん、聞いてる?」
「え、あ、うん。聞いてるよ。そんなことがあったんだね」
少し頭の中でいろいろと考えすぎていたようだ。
その後はしっかりと光の話を聞いた。
イラスト同好会の部室の雰囲気は明るい。
私たちが私語をしていても先輩たちは注意することはない。
むしろ先輩たちも話をしているし、私たちの話にも入ってくる。いい仲間に恵まれたと思う。
それに他の部活と違い、試合や大会がない。文化祭くらいしか発表する場がない。一つ作品が間に合えばそれ以外はほとんど自由な製作ができる。
だからこそ同好会なのだ。活躍がないのだから、部費がほとんど出ない。まあしょうがないとは思っている。
私は一つ作品を完成させている。だから今は好きなものを描いている。それと同時に参考資料として気になっていたマンガを読んでいる。割合で言ったら、マンガを読んでいることの方が八割といったところだ。
光は楽しく絵を描いている。
「あ、このマンガの続き、教室の机に置いてきちゃった」
「取ってきたら?」
「うん、そうする」
一度部室を出て教室へ向かう。
部室は二階にあるので二階上がらないといけない。面倒だ。
「大沼さん? 部活じゃないの?」
廊下で不意に声を掛けられた。