百村りか③
クラスメイトの佐井君だった。佐井君も私と同じ放送委員だ。
もちろん仲がいいから一緒の委員会になったというわけではない。たまたまだ。
「う、うん」
あまり経験のないシチュエーションに返答がそっけなくなってしまう。拒否しているわけではない。
佐井君はイケメンというわけではない。それに関しては私の方に分があると思っている。
だからと言って不細工でもない。それに清潔感もあるから話しかけられても不快には思わない。
特に会話もなく廊下を歩く。多分さっきの会話が佐井君との初めての会話だ。
いや、放送委員に選ばれたときに「よろしく」という挨拶を交わしたかもしれない。
あ、でもそれは会話ではないか。
とにかくその程度。会話が生まれないのも無理はない。
無言のまま順調に視聴覚室に到着する。
なるべく後ろの方がいいというのは人間の心理だろう。後方を中心にちらほら席が埋まっている。
「ここにしようか」
佐井君が腰をおろしたので、私も隣の席に着く。
続々と他のクラスの放送委員の人たちが教室に入ってくる。
なんとなく先輩か同級生かの見分けがつくのは、一年生は制服を着慣れていない感が出ているからだろう。
これを初々しさというのだろうか。そんなことを考えている私もその初々しさを持っているはずだ。
最後に教室に入ってきたのは初々しさを一つも持ち合わせていない、中年の男性の先生だった。
山田先生。三年で担任を持っていて、担当教科は政治経済。という自己紹介があった。
なんというか、かたそうな先生というのが第一印象だ。
「優しそうな先生だね」
私にだけ聞こえるように佐井君が言う。
「そ、そうだね」
私の所見とは違ったが同意してしまった。
これは、その、あの……そう、処世術。こういう時は否定しないことが大事なのだ。決してシチュエーションにドキッとして意識が飛んで何も考えずに返事をしてしまったわけではない。断じてない。
私の返事を聞くと佐井君は前を向いて先生の話を再び聞き始めた。
え、私の返事、変じゃなかったよね。変じゃなかったはず。先生の話を聞くのは当たり前だ。佐井君の行動は自然。つまり私も自然だったと考えるのが自然だ。あれ? 自然ってどうやって書くんだっけ? だめだ。パニックだ。