小川麻衣②
舞台は学校。一年D組。
一時間目の国語が終わって、先生が帰った後に私が仕掛けた。
「ねえ佐井君」
「ん? 何?」
幸助は話しかけられると思っていなかったのか、少し上ずった声で答えた。
「佐井君って呼びにくいから、下の名前の幸助で呼んでいい?」
本当のところは佐井君って全然呼びにくいとは思っていない。
この脈絡の全然ない感じが重要。
断る理由を探させないためだ。
ねえいいよね? ねえいいでしょ? ねえいいじゃん! みたいな顔して幸助を見る。
「下の名前? え、あ、まあいいけど」
幸助は周りを気にしながら許可してくれた。
言質は取った。
これで公式に幸助と呼べる。ふっふっふ。
私の発言に周りの男子のみならず、女子までも驚いている様子だ。
彼女がいるとうわさされている彼に、積極的なアプローチをしているのだから。
でもこれでは不完全。
もう一押しが必要だ。
「じゃあ私のことも下の名前で呼んで」
「下の名前で!?」
幸助はさらに要求されるのかと驚いた様子だった。
「うん。麻衣で」
「お、おう。わかった」
動揺しながらも幸助は了承した。
「……」
黙る私
「……」
黙る幸助。
見つめ合っているわけではない。
「ねえ! 呼んでよ!」
待っていたのだ。麻衣って呼ばれることを。
「え、あ、今!? 用がないのに呼ぶの?」
「えーひどいー! 用がなくたっていいじゃん。今決めたんだからシミュレーションしたって」
幸助の腕をもってゆさゆさと揺らす。
「わ、わかったよ……。じゃあよろしく、麻衣」
「うん、よろしく、幸助。じゃあまた夜メールする」
手を振り自分の席に戻りながら言った。
去り際の念押し。みんなに私とメールをしていると言っているかわからなかったので、周知させておく。
実はメールをしていましたよという、後出し戦術。これで他の女子は幸助と連絡先の交換をしにくくなっただろう。
いや、待てよ。私が連絡先の交換しているから、声をかけるハードルが下がってしまうってこともあるかもしれない。
まあいいや。どちらにしても先手必勝。私が先に交換していたことには変わりはないはず。
強いてライバルを挙げるなら、百村さんが同じ放送委員で仲がよさそうかな?
連絡先の交換くらいはしているかもしれないけれど、イケメン女子を幸助が好きかどうか……。
そんなのどうってことないけれど。
私は私のやり方で進めていくだけ。