萩山多喜子⑥
一年生だろう。今まで見たことのない顔だった。私は年がら年中ここにいるのだ。小平駅を利用する小平中央高校の生徒はもちろん、毎朝通るサラリーマンもおばちゃんも犬も猫も知っている。また帰りに見かけるだろう。
案の定その日の夕方彼が現れた。女の子と一緒に歩いていた。別に嫉妬はしていない。したところで何の意味もない。
「百村さんも花粉症? 俺もだよ」
「ありがとう」
「ごめんね、佐井君」
「気にしないでいいよ」
そんなやりとりをして去っていった。
途中で私の方を向き、会釈をしていた。
私がここで死んだことを知って……死者である私を敬ってくれているのだろうか。
多分、死神のうわさでも聞いたのだろう。去年の新入生はうわさを知って遊び半分でここに来ていた。
しかしこの彼は私の命を敬ってくれている。
一緒にいた女の子は彼を佐井君って呼んでいた。
そうか、佐井君っていうんだ。
漢字は私の予想。
佐井君は学校のある日は登下校の二回、私の方を見て会釈してくれる。
そんな佐井君は女の子とよく一緒にいた。
私はだんだんと佐井君に魅かれていった。死神に魅かれた私は佐井君に魅かれている。
気持ちは日に日に大きくなっていった。
佐井君がここと通るたびに胸が高鳴るのがわかった。
ああ、恋っていいな。
また恋したいな。
またやり直したい。
また学校生活を過ごしたい。
私、なんで死んじゃったんだろう。
なんで私だったんだろう。
悔しいな。
虚しいな。
悲しいな。
私、ずっとここにいちゃだめだよね。
いつまでも未練たらたらでここに立ち尽くしてちゃだめだよね。
ああ、生まれ変わりたい。
また人間になりたい。
ずっと諦めていたけど、佐井君を見ていたらこみあげてくるものがあった。
この人生でやり残したことがたくさんある。
お母さんにもお父さんにも、さよならを言えなかったこと。
高校という青春時代を駆け抜けること。
お嫁さんになること。
子供を産んで、育てて、巣立たせて、孫を見ること。
それを最愛の人と共有すること。
叶えたかった。
叶わなかった。
だから次に行かなくちゃ。
佐井君に気が付かされた。
心が軽くなる。
なんだか身体も軽くなる。
霊体だから体重なんてないけれど、感覚的にそう思う。
光に包み込まれていく。
私の周りが光を放っている。
多分私にだけしか見えない光だ。
なんだか心地よい。
なんとなくわかった。
これは成仏ってやつだ。
私は宗教なんて信じていないけれど、多分そうだ。
成仏したらやり直せるのかな。
また人間に生まれ変わるのかな。
なんにせよここに留まるのはよくない。
次のステップに進まなきゃ。
さようなら。
私は生きました。
それを覚えていてくれる人がいてくれるだけでいい。
ありがとう。
佐井君。
またどこかで会えるといいな。
今度は生きて会えるといいな。