表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/72

萩山多喜子⑥

 一年生だろう。今まで見たことのない顔だった。私は年がら年中ここにいるのだ。小平駅を利用する小平中央高校の生徒はもちろん、毎朝通るサラリーマンもおばちゃんも犬も猫も知っている。また帰りに見かけるだろう。


 案の定その日の夕方彼が現れた。女の子と一緒に歩いていた。別に嫉妬はしていない。したところで何の意味もない。



「百村さんも花粉症? 俺もだよ」


「ありがとう」


「ごめんね、佐井君」


「気にしないでいいよ」



 そんなやりとりをして去っていった。


 途中で私の方を向き、会釈をしていた。


 私がここで死んだことを知って……死者である私を敬ってくれているのだろうか。


 多分、死神のうわさでも聞いたのだろう。去年の新入生はうわさを知って遊び半分でここに来ていた。


 しかしこの彼は私の命を敬ってくれている。


 一緒にいた女の子は彼を佐井君って呼んでいた。


 そうか、佐井君っていうんだ。


 漢字は私の予想。


 佐井君は学校のある日は登下校の二回、私の方を見て会釈してくれる。


 そんな佐井君は女の子とよく一緒にいた。


 私はだんだんと佐井君に魅かれていった。死神に魅かれた私は佐井君に魅かれている。


 気持ちは日に日に大きくなっていった。


 佐井君がここと通るたびに胸が高鳴るのがわかった。


 ああ、恋っていいな。


 また恋したいな。


 またやり直したい。


 また学校生活を過ごしたい。


 私、なんで死んじゃったんだろう。


 なんで私だったんだろう。


 悔しいな。


 虚しいな。


 悲しいな。


 私、ずっとここにいちゃだめだよね。


 いつまでも未練たらたらでここに立ち尽くしてちゃだめだよね。


 ああ、生まれ変わりたい。


 また人間になりたい。


 ずっと諦めていたけど、佐井君を見ていたらこみあげてくるものがあった。


 この人生でやり残したことがたくさんある。


 お母さんにもお父さんにも、さよならを言えなかったこと。


 高校という青春時代を駆け抜けること。


 お嫁さんになること。


 子供を産んで、育てて、巣立たせて、孫を見ること。


 それを最愛の人と共有すること。


 叶えたかった。


 叶わなかった。


 だから次に行かなくちゃ。


 佐井君に気が付かされた。


 心が軽くなる。


 なんだか身体も軽くなる。


 霊体だから体重なんてないけれど、感覚的にそう思う。


 光に包み込まれていく。


 私の周りが光を放っている。


 多分私にだけしか見えない光だ。


 なんだか心地よい。


 なんとなくわかった。


 これは成仏ってやつだ。


 私は宗教なんて信じていないけれど、多分そうだ。


 成仏したらやり直せるのかな。


 また人間に生まれ変わるのかな。


 なんにせよここに留まるのはよくない。


 次のステップに進まなきゃ。


 さようなら。


 私は生きました。


 それを覚えていてくれる人がいてくれるだけでいい。


 ありがとう。


 佐井君。


 またどこかで会えるといいな。


 今度は生きて会えるといいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 衝撃でした。 なんらかのいざこざでボッチになっちゃった女のコかと思えば。 佐井君、いい子ですね。 そして萩山多喜子さんを見つけて毛布をかけてくれた方も。 萩山多喜子さんの魂が光に包まれ…
[良い点] 萩山さんは……えぇーっ!!! 多喜子さん、ちょっと古風な名前だなあって思ってたら…… [一言] 佐井くん、あんた一体何者だよ……!
[良い点] 第13部からここまで拝読しました。 香苗ちゃんのように本の趣味の合うクラスメイトを見つけられたら楽しいでしょうね。 麗奈ちゃんは、中学生のせいか初々しい。「憧れ」というところがかわいいです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ