萩山多喜子②
気が付いたら雨が降っていた。天気予報では雨が降るとは言っていなかった。
駅まで走るわけにはいかない。走ったところでどうにかなる距離でもない。
しょうがないので少し小さいけれど、ロッカーに入れて置いている折り畳み傘で帰るしかないなと思った。
黒の無地で男っぽい傘だからあまり使いたくない。家に連れて帰ったらかわいい柄の傘を代わりに買って持ってこよう。
一度雨に気が付けば雨音がざあざあと耳障りだ。この音に気が付かないくらい仕事に集中していたようだ。
仕事と言ってもアルバイトでもパートでも正社員でもない。ただの図書委員の仕事だ。
図書室の利用時間が終わり受付業務をまとめ、書架整理をしていた。
いつもは二人制だけれど、パートナーがインフルエンザにかかってしまったらしく、今日は一人でこなしていた。
だからいつもより時間がかかった。まあ一人の時間が好きだから図書委員になったわけだし、こんなもの別に苦ではない。
「萩山、まだやってんのか?」
「今終わりました」
帰り支度をしていると、遅くなった私を心配してなのか図書委員担当の小林先生が様子を見に来たようだ。
「一人じゃ大変だっただろう。一年なのに頑張ってるな。おつかれさま。鍵は私が職員室までもっていくから、そのまま帰っていいぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ失礼します」
図書室の電気を消し、鍵を閉める。
小林先生にもう一度「失礼します」と頭を下げ、帰路につく。
校舎を出ると外は雨のせいもあってすごく寒かった。ダッフルコートを着てきてよかったと思った。
黒い傘をさし、黒いダッフルコートを着て、暗い夜を歩く。全身真っ黒でまるで死神かと思ったけれど、今読んでいる本がそんな内容だったので丁度良い。全くもって何が丁度なのかも、何が良いのかもわからないけれど。
振り返って校舎を見ると、職員室以外電気が消えていた。やはり夜の校舎は怖い。いや、死神姿の私も今はその怖さを増幅させる一つの要因になっているのだろう。
今誰かが見ていたら、小平中央高校には死神が出ると都市伝説が生まれるかもしれない。それは面白いことになりそうだ。しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。帰ろう。
イヤホンを装着し、お気に入りの音楽を再生する。
最近の登下校はミッシェルガンエレファント。やっぱいいよなミッシェルガンエレファント。プレーヤーを操作しながら駅に向かう。
通学路は暗いので今光っているのは私のプレーヤーと、それに照らされる私の顔くらいだろう。
唯一の光源の私の前からまた別の光源が現れた。二つ並んだ光だ。
遠回しな言い方をしたが、ただの車。大きさからトラックだ。