南麗奈⑥
「佐井の彼女だと思ってた人姉貴だったらしいよ」
「え、どういうこと?」
夕飯の時にお兄ちゃんが話題の一つとして突然言い出した。
そして思わず反応してしまった。
「上田ってやつが、佐井が彼女らしき人と駅で待ち合わせをしているのを見てからこの噂が立ったんだけど、それって彼女じゃなくて佐井の姉貴だったんだって」
「そんな人の話いいから、あんたは自分の心配したら」
お母さんがそそのかす。
「うるせー」
お兄ちゃんがそう返すとその会話は終わった。
本当に何気ない会話。いつも通りの夕飯時の風景。
でも私の中で、その話題は全然終わらなった。むしろ何かが始まった。いや、再生しているのか? つまり再生が始まったのだろう。
ぐるぐるぐるぐる頭の中を、心の隅々をお兄ちゃんの放った言葉がめぐる。
心が熱くなった。いや、頭の中かもしれない。どっちも熱くなっているのだろう。そして顔は赤くなっていると思う。
「麗奈、何ボーっとしているの」
ハッとした。お母さんが私を現実に連れ戻す。
箸を持つ手が止まっていたようだ。
「な、なんでもない」
「早く食べちゃいなさい。食器洗いたいから」
「はーい」
お兄ちゃんは早食いだ。もうとっくに食べ終わってスマホをいじっている。
私はまだ半分くらい残っている。さっさと食べちゃおう……今日は大好物のハンバーグだから。
「お母さんおかわり」
「今日はよく食べるわね」
「ハンバーグだもん」
お母さんからおかわりのお茶碗を受け取る。ご飯がすすむ。
残さずに食べ終えると、お兄ちゃんと違って私はちゃんと「ごちそうさま」と言い、自分の部屋に行く。
佐井さん、最近全然うちに遊びに来ないけれど何しているのかな?
もしかして彼女がいると思っていたから、お兄ちゃんは避けてたのかな? お兄ちゃんってそういうところがある。彼女に気を使ってというわけじゃなくて、自分と佐井さんを比べて誘いにくくなったんだろう。
彼女がいないとわかった今、また誘って以前と同じように家に遊びに来てくれるかな。
またばったり道であったりしないかな。また隣に並んで歩きたいな。
これは呪いだ。やっぱりかけれられてうれしい呪いだった。