平尾香苗③
過去に読んだ作品、好きな作家、バカミスなどなど尽きることのない話題。
佐井君も同じ趣味の人と初めて会ったと言っていた。私と同じ熱量で、ミステリー小説について話をしている。
話すのも楽しいが、聞くのも楽しい。
途中で佐井君の視線がはずれたので、その方向に何かあるのかと思ったら何もなかった。
佐井君は振り返り、私と目が合う。
ニコッとした佐井君にドキッとしてしまう。
それにしてもこんなに楽しい通学路は初めてだ。
小平駅に着き、階段を上る。改札を抜けると佐井君が、どっち方面? みたいな顔をするので、私は所沢方面のホームを指さす。
「同じだ。何駅?」
「東村山」
「それは同じじゃなかった。俺は清瀬」
「そうなんだ」
「東村山までは一緒だね」
「うん」
階段を降り、ホームに立つ。
その間もずっとミステリー小説の話。私、短い間に何回「ミステリー小説」って言っているんだろう。この後も言うんだろうけど。
シルバーに青いラインの入った電車が到着する。以前は真っ黄色のダサい電車だった。どういう趣味をしているんだろうか。
車内は今日は空いていたので、並んで座る。手持ち無沙汰で椅子で遊ぶ。一定の方向から指で椅子をなぞると濃くなって線が線をひけて、反対になぞると元に戻る。小さい頃から電車に乗るとこれをやっちゃう。
「連絡先交換しない?」
佐井君がケータイを出して言ってきた。
ちゃんと話したのは今日が初めてなのに、連絡先を聞いてくるなんてチャラいな、と思いながらも断らずにうなずく。
同じ趣味の仲間は大切にしたい。
それに佐井君には彼女がいるんだから、大丈夫なはず。本当にチャラいようなら相手にしなければいい。
「ありがとう」
「ううん」
「じゃあ、それ読み終わったら、感想教えて。葉桜の季節に君を想うということ」
「わかった。教える」
「よろしく、それじゃあ」
「うん、また明日、学校で」
東村山駅に到着すると私は電車を降りる。ここでお別れ。
佐井君に手を振ると、佐井君も振り返してくれる。
いつもならすぐに出発する電車が、なぜだか知らないけれど、なかなか電車が発車しない。
あ、気まずい。これ気まずいよね。一応もう一回手を振っておこう。あ、振り返してくれた。佐井君も気まずそうだな。ケータイをいじって紛らわせよう。
――これ、気まずいよね。
佐井君からメールが入っていた。
――気まずい。
そんなやりとりをしていたら、やっとベルが鳴り、ドアが閉まった。
ドア越しの佐井君がニコッと笑って手を振ってくれる。
私も笑って手を振り返す。こういうのって女子の私からしたほうがよかったのかな?
電車が走り出すと佐井君の姿は見えなくなった。当たり前だけど。
ケータイを開いて見てみても、メールはない。特にあれ以上の会話は進まない。私も佐井君に用はないし、佐井君に私も用はないはずだ。
次にメールを入れるのは私が本を読んだ後かな。
清瀬駅に着いたら佐井君は彼女さんと会っているのかな? ま、私には関係ないけど。
趣味の合うクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。
さあ、さっさと読み終えて感想を伝えよう。