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平尾香苗②

 心を無にして授業に挑んだ甲斐もあり、今日の授業も無事に終わった。学びはあったのだろうか? その答えは中間テストでわかるだろう。


 次々に教室を出るクラスメイト達。私は部活に入っていないので、ゆっくり余裕をもって帰り支度をする。


 机から教科書をすべて出し、鞄に入れる。置き勉を私はしない。誰かに教科書やノートを見られたらと思うと置いておけない。別に変なことを書いていないし、やましいこともないのだが、なんだか嫌だと感じる。



 ストン



 おっと、手が滑ってしまったようだ。文庫本が落ちてしまった。



「落としたよ」



 佐井君が拾ってくれた。ぱんぱんと埃を払ってこちらに差し出す。



「ありがとう」



 会釈をして受け取る。



「平尾さんってミステリー小説好きなんだね。葉桜の季節に君を想うということ」


「え、うん」


「俺も好きだよ」


「そうなんだ。たしかに、このタイトルからミステリー小説だってわかるくらいだもんね」


「でもそれは読んだことないけど」


「そうなんだ」


「うん。それ面白い?」


「今のところはわからない。いきなり下ネタから始まるし」


「そうなんだ。でも賞とってるもんね」


「そうそう」表紙に視線を落とす。「佐井君は今は何か読んでるの?」


「うん。真梨幸子」


「イヤミスか……」


「知ってるね」


「まあね」



 鞄を肩にかけると、自然に二人で教室を出た。



「いつからミステリーは読んでるの?」


「中学一年生から」


「俺と一緒だ」


「そうなんだ」



 ミステリー小説のことを話しながら階段を降りる。


 一階に着くとそれぞれロッカーで靴に履き替える。佐井君は帰っちゃったかな? 


 校舎を出ると、佐井君が待っていてくれた。



「それで、俺が初めて読んだミステリー小説なんだけど」



 自然に話の続きが始まる。私も自然に答えている。


 前に話をしたときに、どんな話をしたかは覚えていない。


 話したことは覚えている。話やすいと感じた。でも内容は覚えていない。多分クラスメイトとしてよくある普通の会話だったんじゃないかな? 覚えていないほど大した内容ではなかったということだ。


 だけどこの会話は恐らく記憶するだろう。同じ趣味の人に初めて会ったんだから。


 別に特殊な趣味であるとは思っていない。多くの人がミステリー小説を楽しんでいるはずだ。だけどなかなか出会えない。高校生だからか? 社会人になれば簡単に出会えるのだろうか。大学ではそういうサークルがあるとも聞いている。だからそれまでの辛抱だと思っていた。


 しかし高校で出会えたのだ。素直に嬉しい。


 一人でも十分楽しいのだけれど、誰かと謎解きのカタルシスを共有するのはもっと楽しい。


 今まさにその瞬間が訪れている。



「平尾さんは電車?」


「そうだよ」


「俺と一緒だ」


「そうなんだ」



 ミステリー小説対談が再開、延長される。

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