平尾香苗①
まさか自分にこんな感情があったなんて思いもよらなかった。
今の今まで意識なんてしていなかった。
でも佐井君に彼女がいるという話が単なるうわさだったと知った瞬間に、心の何かがどきっと動き出した。
そしてその時は何の感情も生まれなかった記憶がよみがえった。
□◇■◆
男子ってバカだ。いや、バカって男子だ。だから女子もバカだったら男子かもしれない。じゃあバカじゃなければ男子は女子か。いや、意味わからん。
なんでこんなことを考えているかというと、男子が彼女欲しいとか、彼女出来たらどうのこうのって、ほんと子供みたいな話をしていたのを聞いたから。
あまり多くを語らない佐井君に彼女がいるといううわさがクラスに広まっている。
それから男子たちは色めきだっている。今日も朝からうわさで持ち切り。楽しそうで何よりです。
だからといって、周りの男子たちは直接佐井君には聞けない。
佐井君は積極的に話をするタイプではない。
なとなく話しかけにくいオーラが出ているからだろう。
案外話やすいのに。
彼女のいない男同士だと話せるのに、実際に彼女のいる余裕のある男には気が引けるのだろう。引け目ってやつだ。かっこわるい。
そんな渦中の佐井君は、どこ吹く風。いや、風なんか吹いていない。どこ吹かぬ無風のごとく、机に突っ伏してこちらの世界とは別の世界に転生ているようだ。気持ちがよさそうで何より。
「佐井君に彼女がいたんだってね」
隣の席の瑞希がにやにやしながら言う。
瑞希はこういうゴシップが好きで、学校中の男女の話をしている。私は興味はない。
ゴシップなんて何にもならない。ゴシップ好きはバカだと思う。さっきの理論で言えば、瑞希は男子。
昨日は昨日で瑞希は小平中央高校の七不思議とか言って、死神のうわさで盛り上がっていた。なぜ七不思議の内の一不思議だけで盛り上がれる? 後の六不思議はどこにいった?
「そうみたいだね」
「いやーなんか、佐井君って落ち着いてるし、そんな感じしてたんだよね」
後出しじゃんけんも甚だしい。私はわかってた、みたいなことを言って特別感を出しているつもりだろうか。
「そうなんだ」
「あまり興味ない?」
「そうだね。佐井君に興味がないっていうか、あまり他人の恋愛に興味がないかな」
「そっか」
「うん」
瑞希は私とでは話が膨らまないとわかると前に向きなおした。
私には理解できない。人の恋愛の面白さが。自分の恋愛に生かすという意味で、学びという意味で知るのは大事なのかもしれないが、興味本位で知ろうとは思わない。
最近、女性数名が一人の男性を奪い合うドキュメンタリーなのかバラエティなのかわからない番組が流行っているらしい。男性から薔薇を受け取るために女性陣がアピールするらしい。つまり薔薇エティなのか?
他にもテラスの家での共同生活をする番組や、昔は海外に一つのワゴンで男女数人で出かける番組があったらしいが、どれも興味をそそられない。
人を好きになるということは理解はできるし、素敵なことだと思う。私も好きな人がいたこともある。実らなかったけど。
自分の恋愛以外に興味のそそるものはない、というのが私の結論だ。
だから佐井君が誰かと付き合っていようといまいとどうでもいい。本人が幸せならそれでいいんじゃないでしょうか。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴ると朝のホームルームが始まる。そのあとは他人の恋愛ぐらい興味のない授業が始まる。
もう佐井君の恋愛については忘れてしまった。