第92話 荒れる空
ユーリさんたちが出発するのを見送った。その後、緊張が解けた様子の主に声をかける。
「ずいぶん似合わないことを仰っていましたね。任せろ、なんて」
「自分でもそう思う。僕の口から街は任せて行ってこいなんて言葉が出てくるとは、自分でも信じられない」
「似合わないとは言いましたが、信じられないとは言っていませんよ。似合わなくとも、あなたはご自分で思っているよりは自分の意思を持った方です」
「そうかな。お前もいつも気弱だ気弱だと言っているだろ」
「気弱なのは確かじゃないですか。でも、あなたは弱くとも強い。でなければ私はここにいませんよ」
主も慣れないことをして疲れているようだし、ここはしばらく休んだ方が良いか。お茶でもいれよう。
「休みすぎですよ。いい加減本日の仕事を始めてください」
「もう少し休ませてくれよ」
「もう2時間も経っていますよ。どれだけ疲れているんですか」
「え!? もう2時間も経ったのか? 早いな……」
気づいていなかったのか。気が抜けすぎだ。そろそろ仕事をしてもらわないと滞ってしまう。
「緊急事態です!!」
館の門番をしている男が慌てて駆け込んできた。
「ここはウィリット様のお部屋です。お静かに」
「申し訳ありません! しかし緊急事態なんです! ワイバーンが街の上空を飛んでいったんですよ!」
街に襲撃でもされたならともかく、上空を通り過ぎただけならこんなに慌てなくても良いだろうに。
この付近まで降りてきていたか。警備隊に警戒態勢を敷くように連絡しないといけない。
「3匹! 山の方に飛んで行きました!!」
「何ですって……!?」
3匹!? 山に向かったということは、ユーリさんたちは最悪4匹ものワイバーンをまとめて相手しないといけないということになる。
彼らの実力は詳しくはわからないが、流石に危険なのではないだろうか。
「3匹!? た、大変じゃないか! 街は大丈夫なのか? こ、ここに襲撃してきたりとか……!」
「落ち着いてください。山の方へ飛んで行ったのなら街は大丈夫でしょう。問題は現在山へ向かっている彼らが無事かということです」
「そ、そうか……。でも彼らは魔王軍と戦える強者なんだろ? だったら大丈夫なんじゃないのか?」
「魔王軍というのがどれほどのものか知らないのでなんとも言えませんね。ただ、空を飛ぶ強大なモンスターが容易な敵とは考えにくいのは確かです」
最悪彼らに空の敵への攻撃手段が乏しいということも考えられる。ワイバーンなら恐らく問題ないとは言っていたが、戦ったことがないとも言っていた。
それが計4匹。果たして本当に大丈夫なのか。
「すぅ…………ふぅ…………良し。……アルト、お前も山へ向かうんだ」
「! 理解していますか? ワイバーンは空を飛びます。いつこの街を襲ってきても不思議ではないのですよ?」
「わかっている。でも僕の勝手でそんな危険地帯に彼らを送り込んでしまったんだ。それなのに、ここは襲われていないけど不安だから救援は出さない、なんて言えない」
「……やはりあなたは、弱いのに強いお方だ。わかりました、山へ向かいます。警備隊に警戒態勢を敷くように連絡を入れてください」
「ああ、わかった。気をつけろよ。無事に帰ってこい」
「もちろんです。彼らと共に、無事帰ってきますよ」
「いい感じだ。やはり火力を求めるなら両手剣だな」
今まで両手剣を使わなかったのは、通常の両手剣ではフィーに及ばないからだ。
さっきの一撃、両手剣を使ったとはいえ、あそこまで破壊力があるのは初めてだ。恐らく名剣、ソルだからだろう。
それでもアンの居合には及ばないのを見ると、やはり魔剣は別格か。俺が居合の訓練をしっかりしていたら更に強力になっていただろうと考えると、恐ろしいものがあるな。
『素晴らしい力だ、主。共に来て正解だった』
「こっちのセリフだ。一緒に来てくれて嬉しいよ、ソル」
硬化能力も相性が良い。溜めている間の無防備なところや、振り下ろした後の衝撃から自分の身を守れる。とはいえ溜めている間敵が動かない訳はないから、結局相手の動きを封じなくては使えないんだが。
今回のワイバーンに関しては、溜める必要はなかったかもしれない。クラリスの結界の上から斬るために全力で振り抜いたが、鱗の隙間を狙えば溜めなくても通りそうなくらいの硬さだった。
「また簡単に結界を壊されてしまいましたわね……。本腰を入れて結界強化に取り組む必要がありそうですわ」
「結局ワイバーンの力がわからなかったッスね。強いっていう実感すらないッス。あたし何にもしてないッスよ」
「今のは不意打ちで飛ぶことすらさせずに完封したからな。もし最初から飛んでいたらこんなに楽じゃなかったはずだ」
斬ってわかったが、恐らくワイバーンにエイミーの短剣は通じない。クラリスの魔法なら通るだろうが、空を自由に飛ぶ敵に命中させるのはなかなか大変なはずだ。
つまり、空を飛ぶワイバーンを安定して攻撃する手段がない。クラリスに何とか落としてもらって、俺が斬る。それしか出来ない。
相当てこずるのは間違いないだろう。地面に降りていてくれて良かった。
「攻撃力もなかなかのものでしたよ。30秒あれば御式塔も壊されたかもしれませんわね。今回は最初から魔力の繋がりを切っていたのでそれもあるでしょうが」
「なるほど。強いのは確かなんスねぇ」
ソルの鞘を取り出し収める。ワイバーンも片付いたし、体内に戻しておこう。
これから装備はどうしようか。今は左腰にヴィラ、右にフィー、後ろにリィンだが、ソルを出しておくべきか?
でもソルはかなり大きい。具体的には俺の身長と同じくらいある。その上幅広なので他の剣の何倍かわからないほどに巨大だ。
装備しようと思ったら背負う感じになるだろう。ソル1本でやっていくならそれもありだが……。流石に無理か。普段は体内にいてもらって、必要な時に取り出そう。
少し休憩して、疲れも大体取れた。
「さて、帰るか」
山を降りるため歩き出そうとする、その時、
「ちょっと待って欲しいッス……」
「ん? どうした?」
エイミーに呼び止められる。何かやり残したことがあっただろうか。
「ワイバーンの気配が近づいてくるッス……! 3匹……!」
「3匹……!?」
さっきワイバーンの脅威を確認したばかりだ。飛んでいたら辛い戦いになる、と。
リィンを抜く。山の下から近づいてくる。もちろん飛んで。
「……クラリス、いつでも撃ち落せる準備をしておいてくれ」
「……わかりました」
「エイミーは撹乱出来るように」
「はいッス」
リィンを鞘に収め、体内からソルを取り出す。
「戻したばかりなのに悪い。また力を貸してくれ」
『ああ、任せてくれ』
恐らく溜める余裕はない。一撃の重さが重要になるはずだ。アンを除いて、最も一撃が重いのはもちろんソルだ。ここは頼らせてもらおう。
「来るッス!!」
飛来するワイバーン。そして、俺たちの上で旋回し始める。
「通り過ぎてくれるかも、なんて淡い期待だったか。クラリス!」
「螺穿流・遥断!」
クラリスの指から高速で水が射出される。それは1匹のワイバーンの頭を正確に狙っている。
グオオオオォォォォ!!!
それに対してワイバーンの口から炎の玉が吐き出される。クラリスの水の弾丸は小さく貫通力があるため、炎の玉を貫いたが、威力は弱められてしまった。ワイバーンに命中しても全くダメージにならない。
エイミーが木を駆け上がってワイバーンに近づき、ナイフを目に向かって投擲。しかし、軽く首を動かすだけで狙いを逸らされる。横顔に命中したナイフは、全く傷をつけられない。
「駄目か……!」
上空から一斉に炎の玉を吐き出してくる。それを回避しながら、何か策はないかを考える。
「兄さん、ロープ! 長いやつ!」
「投げるぞ!」
フィーからロープを取り出しエイミーに投げる。それを受け取ったエイミーが再び木を上っていく。
何をするつもりなのかはわからないが、話し込んでいる時間はない。
「クラリス、いつでもエイミーを援護できるようにしておいてくれ」
「わかりましたわ」
エイミーが木から跳び、ワイヤーナイフの刃を飛ばす。
それを上手く1匹のワイバーンに引っ掛けてぶら下がった。
「エイミー無茶するな! クラリス、他の2匹がエイミーに向かわないように牽制してくれ!」
「もうやってますわ!」
クラリスの魔法は、相殺されたり回避されたりでダメージにはならない。だが、エイミーに取り付かれて暴れる1匹に近づけないようにする。
ワイヤーを巻き取ることでワイバーンにしがみつくことに成功したエイミーが、ロープを巻きつけていく。
「兄さん! これを伝って上ってくるッス!」
ワイバーンから垂らされたロープが暴れている。これに掴まれということか。
ソルを体内に戻す。暴れるロープがちょうど俺に向かってきたところで掴み、しがみつく。
それを見たエイミーが別のワイバーンに向かってワイヤーナイフを飛ばす。
ワイヤーを引っ掛けられたワイバーンが暴れだす。
「クラリス! もう1匹は頼むッス!」
「無茶言いますわね! 任せなさい!」
1匹をクラリスが牽制、1匹はエイミーがしがみつき暴れている。そして、俺が掴まっている1匹も、ロープを巻きつけられて暴れている。
長くはもたない。唯一仕留めることが出来る俺が、早く1匹倒さないと。
ロープを上る。ワイバーンが暴れ、振り回されるロープを上っていく。
順調に上っていたが、そこで暴れるだけでは振り落とせないと判断したワイバーンが動きを変える。
急降下、地面スレスレまで落ちていく。
そこから急速にV字に上昇。
瞬く間に地面が向かってくる。
咄嗟にロープから片手を離し、ソルを取り出す。次の瞬間、地面に叩きつけられた。
「ぐっ!」
「兄さん!」「ユーリさん!」
「大丈夫だ! エイミーは地面に降りろ!!」
流石に全く痛くないとは言えない。結構な痛みを感じる。
だが、行動に支障がない程度のダメージに抑えられた。もしソルがなければ、命の危険があっただろう。
再びロープを上るために、ソルは体内に戻しておく。
ロープを上り切った。ヴィラを抜き、鱗の隙間を狙ってワイバーンに突き刺して固定する。
グオオオオォォォォ!!??
悲鳴が上がり、更に暴れ始めるが、しっかりと突き刺したヴィラに掴まり落とされないようにする。
視界の端でエイミーが跳び下りるのが見える。風魔法を足場にして、地面に降り立った。
フィーを抜き、突き刺す。ヴィラを引き抜き、突き刺す。それを繰り返してワイバーンを上っていく。
ここまで来れば、もう俺に対してワイバーンは攻撃できない。首は背中まで回らないし、ロープのように地面に叩きつけることも出来ないからな。
後はこのまま首にでも突き刺して……
グウウオオオォォォォ!!!
「なっ!?」
俺がしがみついていたワイバーンが落下していく。このまま背を下にして叩きつけるつもりか!? ワイバーン自身もただではすまないはずなのに……!
突き刺したヴィラに掴まりながら、ソルを取り出す。耐えられるか……!?
「衝天脚!!」
突如飛び込んできたアルトさんが、跳びあがった勢いのままワイバーンの頭を蹴り上げる。
跳ね飛ばされるように上へ吹き飛ぶワイバーン。バランスを取るように羽ばたき、再び高度を上げる。今だ!
ソルを体内に戻し、フィーをワイバーンの首に全力で突き刺す!
1匹仕留めた。そのままワイバーンと共に落下していく。
「クラリス!」
「はい!」
ソルを取り出しながら結界に着地。結界を足場にして地面に叩きつけられるのを防ぐ。
そのまま地面に落ちるよりはマシというだけで、かなりの衝撃が足に来るが、ソルのお陰で怪我にはならない。結界から跳び下りて、地面に着地。
「兄さん、危ない!」
いつの間にか迫っていた別のワイバーンが、その鋭い爪を突き刺そうと襲い掛かってくる。
不意を突かれた。避けられない。だが、
「ううおおおおぉぉぉぉ!!!」
ソルで受け止める! 体が地面にめり込んだと錯覚するほどの衝撃。だが、受け止めた。
「坤墜脚!!」
跳びあがったアルトさんが、俺が受け止めてその場に静止しているワイバーンの頭にかかと落としを叩き込む。
地面がひび割れるほどの勢いでワイバーンが落ちた。そのままソルで頭を両断、残り1匹。
「無尽刹那・羅荒天!!!」
風魔法を足場にしたエイミーが、加速しながら跳び上がる。
そのままワイバーンを短剣で何度も削る。その硬い鱗はエイミーの力では斬り裂けないが、目や翼といった部分は別だ。
高速で跳び回りながら何度も斬りつけ、少しずつ傷を作る。
そのまま翼が破れたワイバーンが落下してきた。
その下で、俺は既に力を溜めている。
「開花・大輪牡丹!!」
上段に構えたソルを振り下ろす。ワイバーンの首を斬り飛ばし、最後の1匹を仕留めた。




