第90話 伝説の剣
一晩休んだ翌日。観光でもするかと思っていたら、宿に昨日の執事、アルトが来た。
「おはようございます。ご自由に観光して欲しいと言った翌日に申し訳ないのですが、領主よりお願いしたいことがありまして。領主館までお越し願えませんか?」
領主から俺たちにお願い? 自分の館まで呼びつけるんだから魔王軍だと疑っている訳じゃないと思うが、だったら何の用なのか。
「ここで用件を伺うことは出来ないのですか?」
「ふむ……大丈夫ですかね。出来るだけ人には聞かれないようにしたいので、お部屋に入れていただいてもよろしいですか?」
俺が泊まっている部屋に入れる。クラリスとエイミーが泊まっている部屋の方が広いが、男を入れるのは躊躇われるからな。
「では早速本題に入りましょう。現在、この都市から半日ほどの場所にある山の山頂にワイバーンが住み着いているという目撃情報が寄せられています。これの討伐を依頼させていただきたい」
ワイバーンか。久しぶりに聞いたな。余裕とは言わないが、無理でもないはずだ。だが、
「なぜそれを我々に?」
それが問題だ。目の前のアルトもかなり強いように見えるし、アルトでなくともこの国には銃を持った部隊がいるはず。ワイバーンの討伐も出来そうなもんだが。
「恥ずかしながら、この都市の住民はかなり気弱な性格でして。私は基本的に主の傍を離れることが出来ません。警備隊も出来れば街から離れて欲しくないというのが住民の総意なのです。もちろん切羽詰ってきたら警備隊が討伐に向かいますが、今はまだそこまで……」
「そこまで切羽詰っていない問題を観光に来ただけの人間に依頼するんですの? それはそれで妙な話ですわね……」
何か裏があるような気がしてならないな。魔王軍だと疑われていたこともあるし、騙してその山に呼び出し襲撃するつもりだったり……。
「まあ……隠すようなことでもないですかね……。疑われるとマズイですし。正直に言いますと、ワイバーンに困っているのは確かなのですが、目的はあなた方に手柄を立てていただくことなのです」
「手柄を……? 何のために?」
「この街の領主は代々とある剣を受け継いでいるのですがね。それを狙って魔王軍が来るかもしれないと、主は怖がっておいでなのです。先ほども申し上げたように、気弱な性格なもので」
「あ、これは決定ですわ。エイミーさん、出発の準備をしますわよ」
「わかったッスー」
「とても興味深いですね。それで?」
「主はその剣を手放したいと考えています。なのであなた方に手柄を立てていただき、その報酬として剣をお渡ししたい、と。そういう次第でして」
「お引き受けしましょう!」
即答した。願ってもない。こちらからお願いしますと頭を下げたいくらいだ。
「は、早いですね……。剣を渡すことが依頼なので、本当の報酬は別途お支払いしたいと思っているのですが……」
「いえ、大丈夫です! 剣さえいただけるのなら、それで!」
「ちょっとユーリさん! 報酬をくれると言っているのですから、断ることはないですわ!」
「剣しか見えてないッスね……」
「一度剣も見ていただきたいですし、報酬の相談もかねて、領主館までお越しいただけませんか?」
「行きましょう! ぜひ剣の確認をさせていただきたい!」
素晴らしい話だ。すぐに行こう。どんな剣なのだろうか。とても気になる。
道中、住民に嫌な視線を向けられることがなくなっていた。どうやら本当に魔王の関係者じゃないかと恐れていただけらしい。住民がとても気弱であるというのは嘘ではないようだ。
「ようこそ。僕がこのファムリアの領主、ウィリット・ファムリアだ」
「初めまして、ユーリと申します。こちらはエイミーとクラリス」
「初めましてッス」
「よろしくお願いしますわ」
通された応接室と思しき部屋で待っていたのは、気弱を体現するかのようにヒョロっとした40ほどの緑髪の男性だ。
ここまで案内してきたアルトがソファに座るウィリットさんの後ろに待機する。
「どうぞ、座ってくれ」
「失礼します」
本当は剣を見せて欲しいが、流石にいきなり言うのは失礼だろう。まずは話を聞こう。
「ワイバーンの討伐を依頼したいとのことでしたが……」
「そうなんだ。近くの山にワイバーンが出てな。いつこの街まで降りてくるかと住民も不安がっている」
「ウィリット様。本当の目的も含めて全てお話しましたので、取り繕う必要はありませんよ」
「え!? 全部話したのか? 貴族の面子とか威厳とか少しは考えてくれよ……」
「全て話さなければ疑われそうでしたので。最初に魔王軍ではないかという疑いをかけた時点で、こちらからある程度弱点を晒さなければ信用などしてもらえませんよ」
「う……。仕方ない。そういうことなんだ。剣を手放すために手柄を立てて欲しい。剣とは別に報酬も用意できるが、何か希望はあるか?」
「まずは剣を見せていただいても?」
「ああ、そうだな。ついてきてくれ」
この館の中に剣があるのは感じるが、この領主が別の剣と勘違いしている可能性もある。一度確認しておきたい。
「剣を早く見たいだけッスね?」
(静かに。こちらの求めるものをわざわざ教える必要はありませんわ)
(兄さんの反応で執事さんにはバレてそうな気がするッスけど……)
(それでもですわ。相手に弱点を晒させ、こちらは見せない。それが交渉の基本ですわ)
「この部屋だ。ここは魔法道具で一定の環境を保っているんだ」
館の一室に通される。何やら空気が違う部屋だ。
そこに飾られていたのは幅広の両手剣
赤銅色の剣身、それよりやや暗い色のグリップ
左右に突き出した鍔の中央と柄頭に翡翠色の石がはめ込まれている
重い存在感を放つ力強い剣だった
「おお……凄い存在感だ……。見ているだけで安心を覚えるほど頼りになる感じが伝わってくる」
「どうだ? 凄い剣だろう? だからこそこれを狙って襲撃があるかもしれないという不安があるんだ」
魔王軍の目的を考えれば狙われることはないと思うが、そう不安に感じてしまうのも頷けるほどだ。
『いかにも戦闘向きといった感じですね。あなたのお名前は? わたしは収納剣フィニスレージです』
『硬化剣ソルディフィード』
聞こえてきたのは低めの女性の声。一言名前だけを告げるその口調は、無口であることが伝わってくる。
「この剣をいただいても良いのですか?」
「ワイバーンを討伐してくれればな。この剣が凄い剣なのはわかるが僕は使わないからな。ずっとこんな部屋に押し込められているより、使ってもらった方が剣も喜ぶだろう」
『この都市を守る。それだけだ。それが主の願いだった』
あの伝説は本当にあったことなのか。そしてこの剣、ソルディフィードは未だにこの都市を守る意志を持っている。
……無理矢理持っていくのは違うよな。
「ウィリットさん。剣がこの都市を守るという意志を持っている、と言ったらどうしますか?」
「剣の……意志……?」
「信じていただけるかはわかりませんが、わたしは剣の声を聞くことができます。この剣は主の願いを受けてこの都市を守るという意志を持っている。それを無理矢理持ち出すのはわたしとしては遠慮したい」
「ま、待ってくれ!? どういうことだ?この都市を守るも何も、この剣は全く使われずにずっとこの部屋に保管してあるんだぞ?」
「わたしが読んだ本によりますと……」
ラフィールの図書館で読んだ本の内容をウィリットさんに伝える。
「つまりこの剣の持ち主はこの都市を去りましたが、この剣を都市のためにと置いていった訳です。あくまでわたしが読んだ本の内容ですが……」
「あ、ああ、その話か。確かに聞いたことはある。そうか……この剣が……。使ったことがないから伝えられた話とこの剣が結びつかなかった」
この伝説がいつの話なのかはわからないが、この家の中ではもうほとんど風化してしまった話のようだ。
そんな昔からずっと、この剣は都市を守ると思い続けているのか。使われることすらなかったというのに。
「この剣が何と言っているのか、聞いても良いか?」
「この都市を守る。それだけだ。それが主の願いだった」
「それが主の願いだった……か……」
そう言って何か考え込んでしまった。この剣を手放すべきかどうか迷っているのか。
(ちょっとユーリさん、良いんですの? あのまま行けばこの剣はもらえていたでしょうに)
(いや、だって剣がこの都市を守るんだって。無理矢理持ってくのはダメだろ……)
(でも使われていないのでしょう? だったら守るも何もないのですし、もらっても良いのでは?)
(クラリス、がめついッスね。兄さんが良いと言ってるんだから良いんスよ)
(が、がめつい……)
ショックを受けているクラリスに何と声をかけようか迷っていると、
「ユーリ」
「あ、はい。何でしょうか?」
ウィリットさんに声をかけられた。考えはまとまったのだろうか。
「主の願いじゃない。この剣はどうしたいのか。それを聞いてくれ」
今までの気弱な様子からは考えられないほど、はっきりと告げられた。
「聞いていたか? ソルディフィード、どうしたい?」
『主の願いを全うするだけだ』
ウィリットさんに伝える。
「そうじゃない! お前はどうしたいのかを聞いているんだ! こんな剣なんて全く使えないヒョロガリ野郎の下でずっと保管され続けるのか! 外に出て剣としての本分を全うするのか! 主の願いじゃない! お前はどうしたいんだ!?」
『わたしは……わたしが…………どうしたいか……』
「僕は気弱で……あらゆる脅威に怯えているしか出来ないような駄目野郎だ……。でも! 変わりたいって思った! だからアルトだってここにいるし、曲がりなりにも領主としてやっていけてる。剣の一本無いくらいでどうにかなるほどじゃないんだ。お前がどうしたいのか、言ってみろよ」
『わたしは……剣として、戦いたい。そう……思っている』
「だったら行けよ。お前を使いこなしてくれる人が来てくれたんだ。今を逃したら、もう二度と外へ行く機会はないかもしれないぞ?」
『主は、それを許してくれるだろうか……』
「この都市を守りたいと思っていたんだろ? 任せろ。きっと守る。だから大丈夫だ」
『…………わかった。わたしを……連れて行ってくれ』
「ああ、喜んで。俺はユーリだ。これからよろしくな」
『主、よろしく頼む』
「何だか流れで既に持っていこうとしてますけど、これからワイバーン討伐に行かないといけないのですわよね?」
「何の手柄も立てていない旅人に物を贈るのがマズイのは確かだから、ワイバーン討伐には行ってもらうけど、その剣は持っていってくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ、ワイバーン討伐の時にでも使ってやってくれ。長年保管され続けてきたんだ。剣としての戦いをさせてやって欲しい」
硬化剣という名前から予想できる能力はかなり戦闘向きだろう。きっといくらでも役立ってくれるはずだ。
俺は硬化剣ソルディフィードを手にする。
「ソルディフィード……ソルで良いか?」
『問題ない』
「よし、じゃあソル。早速初陣と行こうか!」
『ああ』
ウィリット・ファムリアについては閑話で詳しく書きますので、今は気弱なだけの領主ではないんだな、ということだけ理解していただければ。




