第86話 強さ
遺跡を出た。さて、次の目的地を目指して南下するとしよう。
「兄さん、そんなに急がなくても良いじゃないッスか。せっかく新しい剣を手に入れたんだから少し遊びたいッス」
「遊ぶ? 色々変化してみたいってことか?」
「そうッス! 面白そうじゃないッスか!」
「エイミーさんは私になるのは禁止ですわよ」
「ええー」
『さんせーい! あたしも遊びたーい!』
『いや、わたしたちは遊べないと思いますよ……?』
『そうかな? ご主人があたしたちの見た目を変えたらもしかしたら……』
『……実体を変えれば、自由に動ける?』
『!!??』
え、そんなことあるか? 要するに剣を人に変化させたら剣自身の意思で動けるかもってことだよな?
『えーどうかな? 流石にやったことないからわかんないわ……』
「兄さん、ちょっと貸して欲しいッス」
「待ってくれ。剣の実体を人に変えたらどうなるのか試したい」
「え、そんなこと出来るんですの?」
「わからん。カフィにすらわからないらしい。だから試してみようと思ってな」
『はいはーい! あたし! あたしで試して!』
『わたしにしましょう! ずっと一緒に生きてきたじゃないですか!』
『……わたし』
『私は遠慮しておきましょう。居合を放てないこの身に価値を見出せませんので』
『わたし! も遠慮しておこうかな。新参者が横入りしたら怒られそうだわ』
フィー、リィン、ヴィラが希望者だな。まあ選ぶなら……
「ここはフィーにしようか。言うとおり、一番長い付き合いだしな」
『やりました!』
『その次あたしね!』
『……順番的にわたし』
「とりあえず試してみるぞ」
フィーを地面に置き、カフィを抜く。
フィーが人になったら、か。フィーは結構賑やかだけどとても優しい。それは俺が一番良く知っている。
そんなフィーが人になったら……
『お? おおー!』
「焦げ茶髪の優しそうな女性ですわね」
「結構年上に見えるッスけど、兄さんはこういう人が好みッスか?」
フィーの実体が変わった。目の前に優しく微笑む女性が立っている。
ああ、優しい女性ってことで無意識に想像してしまったようだ。
この人は……
「母さん……」
「……え? この方がユーリさんのお母様ですの?」
「兄さん……」
そんなに痛ましそうに見ないで欲しい。別に母さんに会いたくてどうしようもないとかそういう訳じゃないんだ。
ただ俺にとって一番優しい女性と言ったら母さんが浮かんでしまうというだけのこと。
仕方がない。だって、幼い俺とずっと一緒にいた人なんだ。どうしたって俺の最も深くに存在している。
「フィー、どうだ?動けるか?」
『え? ああー。ぐぬぬぬぬ……。駄目みたいですね。瞬きすることすら出来ません』
「駄目か。見た目が変わっただけなんだな。戻すぞ」
母さんが消えて、フィーが地面に置かれた状態に戻った。
「兄さん、大丈夫ッスか?」
「大丈夫だって。無意識に想像しちゃっただけだ」
「でも……ユーリさん。泣いてますわよ……」
「え……?」
言われてやっと気づいた。頬を涙が流れている。
「何で……こんな……」
別に悲しい訳じゃない。幼い頃に今の力があれば、なんて想像したこともあるが、そんなのは考えたって無駄なこと。ちゃんとわかっている。
わかっているのに……!
「く……!」
何故か涙が止まらない。誓ったはずだ。誇り高い騎士になる。守るべきものを守り抜く。その誓いに決して背かない。誓ったはずだ!
こんな過去に縛られて泣いているような弱いままで、親を思い出して泣いているような幼いままで、誓いを貫くなんて出来る訳が……!
膝から崩れ落ちた。手で顔を覆う。自分でも涙の止め方がわからない。止められない。次から次へとあふれてくる。
俺は……両親に守られていたあの頃から……何も……!
「泣いても良いッス。無理に泣き止む必要はないッスよ」
抱きしめられた。俺より遥かに小さい体に。
そして頭を撫でられる。
「今まで兄さんがどれだけ頑張って来たか、よく知ってるッス。良いじゃないッスか、弱いところがあったって。それでも立ち上がるべき時には絶対立ち上がってくれるって、あたしは知ってるッスよ」
「そうですわ」
更に抱きしめられる。慈しむように、慰めるように、どこまでも優しく撫でられる。
「あなたはどんな強い敵にだって、立ち上がって、立ち向かって、戦い抜くことが出来る強さがある。守ると決めたものを絶対に守る。だったら、それ以外の場所は弱くたって良いと思いますわ。完璧な人なんていない。誰にだって欠点はある。それでも戦うことが出来るからこそ、強いのです」
涙があふれて止まらない。でも、それでも良いのか。両親を思い出して泣いたって、弱いところがあったって、
俺は、誓いを貫くことが、出来るんだ
「あ、ああ、ああああああぁぁぁ!!」
泣いた。みっともなく泣き喚いた。声を上げて、涙を流して。
「大丈夫、大丈夫ッスよ」
「私たちが一緒にいます」
気持ちが落ち着くまで、ただずっと、泣き叫んでいた。
「ふふふふ、そんなそっぽ向いてないで、こっち見てくださいな」
「そうッスよ。そんな真っ赤になって恥ずかしがってないで、こっち来るッス」
気持ちが落ち着いて、泣き止んだ後に襲ってくるのは、物凄い恥ずかしさ。
(俺は年下の女の子たちに抱きしめられて、何を泣きじゃくってるんだ……!)
恥ずかしすぎて、2人の方を見ることが出来ない。
『マスターがこんなに恥ずかしがってるの初めてかもしれないですね』
『フィーでも初めて見たの? そりゃあ珍しい物を見れたね』
『主様、そのように恥ずかしがらなくても大丈夫でございますよ。主様は私を振るうことが出来るというそれだけで……』
『……そんな話はしてない』
『何かゴメンね? わたしの能力のせいでこんなことになっちゃって』
(いや、良いんだ。恥ずかしいのは確かだが、気持ちが楽にもなったからな)
両親のことはあまり考えないようにしていた。俺は立派に生きていく、と両親に誓って終わり。いつまでも親に甘える子供のような思考では強くなれないと思った。
子供のままでは強くなれないのは確かだろう。でも、両親のことを考えないようにする必要はない。
きっと、そんな弱さを持っている方が、強くなれるんだ。
それに……
「あ、やっとこっち向いてくれたッスね」
「もう。ほら、行きますわよ」
大切な仲間がいる。俺は1人じゃない。そんな当たり前のことを、今まではちゃんとわかってなかったんだろう。
辛ければ話しても良い。その代わり、この子たちが辛いときは絶対に助けられるように。
それが仲間ってものなんだろうな。それを、今更になって、やっと理解した。
「ああ、行こうか」
また、歩き出す。
ここで一区切りとして、明日は閑話を2話投稿します。




