第85話 偽装遺跡
階段を降りて床に足を着いた、その瞬間。
視界が少し低くなり、胸が急に重くなる。
「……ん?」
ずいぶん可愛い声が俺の口から発せられる。
下を見てみると、視界を遮る大きなそれ。そして視界にサファイアブルーの輝く髪が入り込む。
周りを見てみる。俺とエイミーがいる。
"俺と"エイミーがいる。クラリスがいない。
「……マジか」
自分がクラリスになっている。それをやっと理解した。
「え? え? 兄さんになってるッスか!?」
「目の前に私が……」
俺が~ッスと話し、エイミーの一人称が私になっている。
「あー、念のため確認するぞ。俺がユーリだ」
クラリスの体で俺が発言する。
「私がクラリスですわ」
と、エイミーが言う。
「あたしがエイミーッス」
「止めろ。俺の顔であたしとか言うな。気持ち悪すぎる……」
「ええ……。どうしろって言うんスか……」
「一人称禁止な」
「あた……1人だけッスか?」
「まあ全員で良いだろ。この体で俺って言うのもなんか申し訳ないし」
「私は別に構いませんが」
「私も禁止な。別に問題はないけど公平にってことで」
「仕方ないですわねぇ」
さて、これはどういう状況なんだ? 俺の意識がクラリスの体に入り込んでいるのか?
『いえ、姿かたちが変わっているだけですよ。見えていないかもしれないですけど、ちゃんと腰にわたしがいます』
『あたしもいるよー!』
『……わたしも』
『私は主様の体内ですが、ちゃんとおりますよ』
「てことは魔法が使える訳じゃないのか……」
「もしかして姿が変わっているだけですの?」
「よくわかったな。見えないけどちゃんと腰や体内に剣たちがいるらしい」
「とても残念そうに魔法が使えないと言われれば、その体が私……クラリスのものでないことはわかりますわ」
「姿が変わってるだけにしては声まで変わってるッスけど……」
確かに。見た目だけじゃないのか。どこまで変わってるんだ?
と、視界に入る大きいそれ。……感触もあるのかな?
「流石に自分の体が胸を揉まれているのを見せるのは止めて欲しいですわ」
「はっ!? イカン、誘惑に負けるところだった……」
胸に持っていこうとして上げかけた手を下ろす。危ない危ない……。
「いや、既に負けてたッスよ。でも気持ちはわかるッス。それはとても気持ち良い……」
「フンッ!」
「あだぁっ!?」
……何か俺が殴られてるみたいな気分だな。
「言ってくだされば別に普段から触っても良いのですわよ……?」
「い、いや……。早まるな。今のは……そう! 感触も再現されているのかの確認のためにであってだな。別に触りたかった訳では……」
「本当に?」
落ち着け。落ち着け。流されてはいけない。もしそれに触るのなら最後まで責任を取る覚悟が必要だ。
少なくとも、こんな流されて何となくで触れて良い物ではない。
「大丈夫だ。状況の確認も出来たところで先に進もう」
「あら、持ち直しましたわね」
「クラリス、こんな状況であまり兄さんを誘惑しないで欲しいッス……。ちなみに感触も再現されてるみたいッスよ。兄さんの体はカチカチッス」
「人の体を撫で回すんじゃない」
まったく、この遺跡は何がしたいんだ。
遺跡を進む。通路はレンガのようなもので出来ているようだ。ただの一本道。迷うことはない。
「あ、ストップッス。ここ、隠し通路ッス」
見た目が俺のエイミーが立ち止まる。気配を感じる技能がちゃんと使えているところを見るに、やはり能力自体は自分のままのようだ。きっと俺も剣技を使えるだろう。
「ただの壁にしか見えないですわね」
「リィンを抜けばわかるかもしれんな」
見えないが、腰の後ろにあるはずだ。リィンが差してあるはずの所に手を伸ばす。
「お、あったな」
抜いてみれば、確かに目の前の壁は偽装で、通路になっているようだ。
「このまま真っ直ぐ進むことも出来るが……。やっぱり隠し通路に行くべきだよな」
「普通は隠し通路が正解の道ですわね」
隠し通路に進む。すると広めの部屋に出た。
何の変哲もない、ただの部屋だ。壁も今までの通路同様にレンガのようなもので出来ている。
その部屋の奥、俺たちが部屋に入った入り口とは別の場所から、3人の人影が部屋に入ってくる。
それは俺たち3人と全く同じ姿の人間。
その3人が、こちらに目を向ける。それと同時に、駆け出した。
それぞれ見た目が同じ相手に向かってきているようだ。俺にはクラリスの姿をした何者かが向かってきている。
なるほど、嫌らしい試練だ。仲間の姿をしている相手を攻撃しなければならない。
とはいえ、これが偽装された何かであることなどここまで来ればわかっている。気配も何か石像のようなものだと言っている。
攻撃をためらう理由はない。ヴィラを抜き、斬りかかる。身長や体型が変わっているせいでやりづらいが、クラリスの姿をした物を斬る、直前、
「助けて! 攻撃しないで!!」
「!?」
クラリスの声で叫ばれ、一瞬ためらってしまった。その隙を突いて突撃してきた敵。
腕を突き出し、俺の心臓を突きに来る。何とか当たる寸前で回避するが、少し腕にかすった。かすったところに鋭い痛み。何か刃のようなもので斬られたようだ。
「止めてくれ! 助けて!」
「兄さんがそんなこと言うわけないッス!!」
「攻撃しないで!」
「エイミーさんならそんなこと言う前に逃げますわ!」
……苦戦してるの俺だけじゃね? いや、俺だって目の前のこいつがクラリスじゃないことくらいわかっている。
でも悲痛な声で叫ばれたらためらうだろ……。
「はぁ……。何か気が抜けたわ……」
再び向かってくるクラリスっぽい何かを両断。すると真っ二つになった石像が倒れた。
まあ知ってた。知ってはいたよ。気配で。
「そっちも終わったッスね。え!? 兄さん怪我したッスか!?」
「ユーリさんがこんな敵に怪我!? 何があったんですの!?」
「止めてくれ……惨めになるだけだ……」
とても悲しい気分になった。
奥に進む。というか俺たちはいつまで見た目が変わったままなんだ? ずっとこのままじゃないだろうな……。
そんな不安を抱きながらしばらく進むと、部屋に入る。その部屋の中央にそれはあった。
白銀の剣身、銀のグリップ。左右に飛び出している先が少し曲がった鍔。
黒に少し銀の装飾が入れられた鞘。
グリップにとても小さい紫の石がワンポイントではめ込んである。
光を反射して輝くそれは、美しい短剣だった。
「短剣か! 良いな、正統派って感じだ!」
「おおー、こうして飾られているところを見るのは初めてッス。キレイッスねぇ」
「こんな風に収められているんですのね。確かにキレイですけど、何でこんな風に置かれているのでしょうね?」
台座に立てかけられているその剣に手を伸ばし、持ち上げる。
『はーい! 偽装剣カフィンラージュでーっす! よろしくねっ!』
聞こえてきたのは少し年上な感じがする女性の声。やけに楽しげに弾んだ声は、するりと耳に入り込み不思議とうるさいと思わない。
「ユーリだ、よろしく」
『収納剣フィニスレージです。フィーって呼んでください』
フィーから順番に剣たちも自己紹介をする。いつの間にかずいぶん増えたな。
『たくさんいるのね! これなら……』
『偽装剣さん』
『ん?』
『その話は、今は良いです』
『……わかったわ。じゃあこれからよろしくね! ご主人様?』
これもその内話すときが来るっていうのに関連してるんだろうか。
「ああ、よろしく。カフィ、で良いか?」
『おっけー!』
「この遺跡の道中と名前で何が出来るのかは大体想像できるが、どんな能力があるのか教えてくれ」
『ご想像の通り、あらゆるものの見た目を変更できるわ! 感触を再現することも出来るわよ!』
想像通りの能力だな。
「見た目が変わっている間、実体はどうなってるんだ?」
『変え方次第ね。今ご主人様たちは完全に変化してるから実体の形が見た目そのままになってるわ。でも見た目だけ変えて、実体はそのままっていうことも出来るわよ』
「偽装だけじゃなく変化も出来るって感じか。剣は変化せずそのまま残ってたみたいだが……」
『この遺跡を作った人がそうしたのね。武器を取り上げて試練を与えるつもりはなかったってことだと思うわ』
結構自由が利くんだな。偽装、変化に関しては大体何でも出来ると思って良さそうだ。
「ユーリさんの頭には触れないみたいですわね。実体も変わっているようですわ」
「手を振っても当たらないッス」
クラリスの姿をした俺の頭上で手を振る2人。本来の俺の身長ならその辺りに頭があるはずだ。
エイミーの姿のクラリスはともかく、自分に頭を撫でられる趣味はないぞ……。
「早速能力を使ってみるか。とりあえず元の見た目に戻れ」
やっと姿が元に戻った。クラリスはいつもあんな重たいものをぶら下げて旅をしているのかと思うと、優しくしてやらないとという気持ちになる。
「あー、元に戻っちゃったッス。兄さん、その剣、自由に見た目を変えられるッスか? あたしもクラリスになってみたいッス」
「止めてくださいまし。あなた絶対胸を揉みしだきますでしょう?」
「………………そんな訳ないじゃないッスか」
エイミーをクラリスにするのは止めた方が良さそうだ。
「とりあえずカフィは体内保管だな。あまり咄嗟に使う類の能力じゃないし」
『……両手に短剣』
『また言ってるんですか? マスターは両手に直剣の方が戦いやすいんです!』
『ご主人はパワーファイターって感じがするし、短剣は相性悪そうだよね』
『私を使っていただいてもよろしいのですよ?』
『アンは一生体内に引きこもってなさい!』
カフィを体内に格納する。
『おおー! すっごい気持ち良いわねー』
「さて、遺跡を出るか」
帰りは何の障害もない。さっさと脱出した。




