第62話 閑話:ある日の姫様
閑話4話の2話目です。
姫様は今どうしているでしょうか。
「はぁ……。ユーリ様は今どこでどうしているのでしょうか……」
「リリエル、またか?」
城の廊下の窓から空を見上げて物憂げなため息を吐いている妹を発見した。
最初は使用人や騎士たちも心配して声をかけていたが、もう誰も気にしない。
なぜならほぼ毎日同じようにしているからだ。
そして、声をかけると……
「だってユーリ様とずっと会えていないんですよ? ユーリ様のことを考えるともうどうして良いのかわからなくなってしまいます。そもそもユーリ様はその強さだけでなく、誇りある騎士らしさを目指す気高さが素晴らしいと思うんです。私を守ると言って本当に危機の際颯爽と駆けつけてくださったあのときの感動は今でも忘れられません。知っていますか、お兄様。ユーリ様は故郷ではそれは酷い扱いを受けていたんです。それなのに他人を思いやり、他人のために命をかけられる、その崇高な精神は誰も真似できないものです。他にも……」
こうなる。まるで目がハートになり周囲をハートで侵食していくかのようなその姿に呆れて、もう誰も声をかけない。
わたしも声をかけてしまったことに後悔しそうだ。
「聞いていますか! お兄様!」
「聞いている」
正確には聞かなくてもわかっている。何度同じ話をされたかわからないからな。
「お前は……ユーリと結婚するのか?」
「もちろんです!!」
即答された。これは……一応お父様と話しておくか。
「という訳で、もう城内では周知の事実かと思いますが、リリエルは完全にユーリと結婚する気でいます」
「うむ……。まあ余もわかってはいるのだがな……」
お父様と宰相マーカスにリリエルについて話してみた。この2人ももちろんリリエルの被害に遭っているので、リリエルの気持ちはわかっている。
「余は政略結婚はあまり好かない。リリエルが惚れた相手がいるなら好きにしても良いと思っているし、ユーリなら人柄は問題なかろう。しかし……」
「わかっておいでかと思いますが、流石に平民と王女の婚姻は反対も多いかと。それでも強行することも不可能ではありませんが、付け入る隙になりかねませんぞ」
そう、先王の怠慢のせいで腐敗していたこの国の貴族は、良からぬ輩もそれなりの数いる。それらは現王の父が打ち出す政策を良く思っていないため、何とか引きずりおろせないかと日々考えているのだ。
「例の襲撃の際の功績でユーリを貴族にすることは可能だ。だが、王女との婚姻となると下級貴族ではやはり反対が多くなるか」
「お父様、ユーリはこの国を救ったも同然。伯爵位を与えても良いのでは?」
「あの襲撃がどれほど国にとって脅威だったか、敵がどれほど強大だったか、国民は正確には把握できておらん。新聞等でその功績は知らせているから平民は納得するかもしれぬが、貴族たちはやはり面白くなかろうな。特に子爵位、男爵位の者たちは」
「なるほど……。それらの不満を上級貴族にまとめられると面倒なことになりかねませんね……」
「陛下、ならばユーリ殿には更に功績を重ねてもらいましょう」
「どうしようと言うのだ?」
「ユーリ殿が旅から帰ってきたら、まず国を救った功績と陛下の勅命を達成した褒美として子爵位を与えます」
「ふむ、それくらいならそこまで不満も出ないかもしれぬが……。やはり王女の婚姻相手としては弱いぞ」
「その後、騎士団の剣術指南役に任命しましょう」
「おお、なるほど! ユーリならばその腕に疑問が出る訳もなし、その功績により陞爵も可能! 良いではないか!」
「できれば侯爵まで上げられる功績が欲しいですな。ユーリ殿によって騎士団が何か大きな功績を挙げればそれを使って陞爵も可能でしょう」
「よし、それで行こう。良かった良かった。ユーリとの婚姻は認められぬなどとリリエルに伝えたらどうなることか……。恐ろしくて仕方がない……」
「陛下、しかし……」
「わかっている……。考えたくない……」
そう、ユーリは旅をしているのだ。旅先で良い相手を見つけてその相手と結婚している、ということがないとは限らない。
もしそんな話をリリエルが聞いたら……。
(え? 何を言っているのですか? ユーリ様は私と結婚するのですよ? うふふふふ……)
「お、恐ろしい……」
目から光が消えたリリエルが微笑んでいる。何をしでかすかわかったものではない。
ユーリ、どうか独り身で帰ってきてくれ……。
「ふんふんふふーん♪」
「ひ、姫様……。どうか料理は料理人にお任せを……」
「私も料理を学びたいのです。よろしいでしょう?」
料理人が助けを求めていると騎士団長にまで伝えてくるのはどうなのだ、そう思っていた。
だがこの威圧感、この方は本当に姫なのか? 歴戦の騎士かはたまた強大なモンスターか。
少なくとも以前戦ったワイバーンより強敵であると言わざるを得ない。
「団長……。姫様をお止めください……。このままでは調理場が……」
「わかっている。わかっているが……」
どうしろというのだ。武力を行使して良いならどうにでもできるが、姫相手にそんなことが出来る訳もない。
そう躊躇している間にも、姫の手により得体の知れない物体が創造されていく。
その物体から発せられる臭気は、本当に食材を用いているのかと疑いたくなる状態。
調理場全体に広がるその臭気のせいで料理人がまともに仕事ができていない。
どうにかして退去願わねば……。
「姫様、そのように誰かの仕事を奪うのは一国の王女としていかがなものかと思います。ここは料理人たちの仕事場、練習はどこか別の場所で行うべきでしょう」
「なるほど……。その通りですね。申し訳ありません……」
よし、これで何とか……
「では完成した私の料理の味見だけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言って料理人たちの前に差し出されたのは……何だこれは……? 全くわからない……。
何か煮立っているようにグツグツと鳴る黒色の液体、に見える。これは……食べ物なのか……?
「団長……」
そのように泣きそうな目でわたしを見るな。どうしろと言うのだ。これを食せと言うのか?
しかしここで料理人に倒れられては、ただでさえ遅れている本日の食事の用意が出来なくなりかねない。
しかし……しかし…………。
「ひ、姫様……。ここは僭越ながらこのクラウスめが味見をいたしましょう」
「だ、団長……!」
「え? 騎士団長がですか? わかりました。どうぞ、召し上がってください」
そうしてこちらに差し出されるその物体。臭気が……。
(くっ、陛下! このようなところで散るふがいない騎士団長をどうかお許しください!!)
それを口に運ぶ。液体に見えるのに妙に重さがある。
「いかがでしょうか……?」
「だ、団長……?」
「これは……。お、美味しい……?」
「本当ですか!」
「だ、団長!?」
「こってりとした味わいは賛否あるかもしれませんが、わたしは嫌いではありません。辛味と酸味が合わさって何ともいえない……うっ!」
「団長!?」
何だ? 急激に体が重くなっていく……。これは……!
「申し訳……ありません……」
そしてわたしは調理場の床に倒れ伏した。
「だ、団長ーーー!!!?」
「え、え? 騎士団長? えっと、回復魔法を……」
急速に意識が回復していく。
「はっ!」
「気がつきましたか?」
「え、ええ、何とか……。姫様、大変申し上げにくいのですが……」
「わかっています……。まずかったのですね……?」
「いえ……まずくはありませんでした。何故か体が重くなる奇妙な作用があるようで……」
「おかしいですね……」
「ともかく、姫様。料理は……」
「はい! もっと良く練習しますね!」
そういうことではない! ない……が……。
「ええ……頑張ってください……」
満面の笑顔の姫様に対し、わたしが言えるのはそれだけだった。
性格が変わってしまった姫様でした。何かヤンデレになりそうですが、ヤンデレ化の予定はないです。作者がヤンデレという難しいヒロインを扱いきれる自信がないので。




