第59話 世界を断つ一文字
奴に向かって駆け出す。フィーとリィンは抜いたまま。
「正面から向かってくるか。そのままでは何度やっても変わらんぞ!!」
相変わらずのコンパクトな突き。一切の手加減なく最短で俺を仕留めようとしてくる。
俺も変わらず回避。まずは時間を稼ぐ。
「どうした! 避けてばかりじゃ勝てはせんぞ!!」
俺の体に触れずとも傷を作る圧倒的な力。だがあくまで傷が出来るだけなんだ。
さっきはそれを嫌がって直撃を受けるはめになった。
怖がるな! 当たらなければ死にはしない!
ひたすら回避を続けていれば、このコンパクトな突きも見えるようになってくる。
堅牢壊花で腕は疲れているがそんなことを言っている場合じゃない。
こいつさえやれればその後はいくら休んだって良い。今は、やるしかない!
「シッ!」
奴の突き、それに合わせて剣で腕を撫でてやる。回避しながら、剣を当てるだけ。疲労した今、俺に出来るのはそれだけだ。
それだけで、奴の表皮を削った。
「何……?」
奴の戸惑いの声。だが手は休めない。ひたすらに連打。見切られ始めているのがわかっているのか、連打に足を混ぜて読みにくくしてくる。
回避、回避、回避。そして回避と同時に剣で撫でる。それを繰り返す。
少しずつ、少しずつ、奴にも傷が増えていく。
簡単なことだ。さっきまでだって勢いを乗せた攻撃はわずかとはいえ傷になっていた。なら奴の攻撃の勢いを使って斬ってやれば傷をつけることができる。
「チッ」
ここにきて初めて奴が嫌がる。ただ連打するだけだった攻撃にフェイントが混じり始める。
だが、俺は目だけで攻撃を判断していない。
リィンによって強化された各感覚は、相手の攻撃の気配をしっかり読み取ってくれる。
本命の攻撃とフェイントの違いがわかる。俺にフェイントは効かない。
「やるな。流石だ」
一度、奴が手を止めて下がった。
「はぁ……はぁ……まだまだ……」
「ああ、このまま続けてもお前はきっと倒れないだろう。そして俺もこの程度の傷でどうにかなるほどやわじゃない」
「何が言いたい?」
「だから、」
見せてやろう
やや離れた間合いで奴が構える。何だ? まさか遠距離攻撃まで持っているのか?
「俺流格闘術・覇」
地面を削り、奴が駆けた
奴の通った跡が焼けたように煙を上げている
それを認識したのは、奴が腕を振りぬいた後
自分でもなぜ避けたのかわからない。いつの間にか体勢を低くしていた。
その頭上を腕が既に通っている。何も見えない。リィンで強化された感覚が全く追いついていない。
全身に鳥肌が立つ。今、何故かしゃがんでいなければ、俺は死んでいた。
「本当に、良い反応をしている。まさか避けられるとは思わなかった」
その声でようやく正気に戻る。いつまでもしゃがんでいては……!
「俺流格闘術・震」
奴の足が振り下ろされる。読めていた、既に回避を始めている。
が、そんなことは無駄だと言わんばかりに、
大地が、爆ぜた
「ぐううぅぅぅ!?」
奴が振り下ろした足から衝撃波が発せられ、俺を吹き飛ばす。砕けた石畳が飛び散り俺の体を打つ。
地を転がり、すぐに起き上がる。マズイ、間合いが開いた。これは……!
「俺流格闘術・覇」
今度は理解して避けた。見えてはいない。来るとわかっていただけだ。
いよいよどうにもならなくなってきた。
これが四天王。今までの敵とは次元が違う。このままではいずれ削り殺される。どうにか打開を……
ああ、おい。大丈夫なのかよ。限界だろう? 休んでいて良いんだぞ?
背後で立ち上がる気配を感じる。
フラフラで今にも倒れそうなのに、全く倒れると思えない、力強い気配。
「やれるのか?」
思わず声をかけていた。
「誰に言っているんですの!! 私はクラリス!! 世界最高の結界魔法使いでしてよ!!!」
「ああ、知っている。頼むぞ」
「任せなさいですわ!!」
「来ると良い。お前らは強い。俺を楽しませてくれ!」
奴が腕を振りぬく。合わせて削ってやる。そこで
「俺流格闘術・震」
足を振り下ろそうとする。が、
「絶界・重!」
その足が踏みしめたのは結界だ。砕かれるが、衝撃が撒き散らされることはない。
奴が足を止められてバランスを崩した。やるならここしかない!
「クラリス! エイミー!」
「はい!」「はいッス!」
呼びかけて任せる。俺は、
「徒花・鏡花水月!」
距離を取る。そして、
フィーとリィンを体内に戻した。
(アン、頼む)
『かしこまりました、主様』
左腰に差した居合刀。握り、溜める!
「魔封壁・御式塔 三重奏!!!」
「俺流格闘術・貫」
腰を落とした正拳突き。奴の拳の周囲の空気が螺旋を描いているようにすら見える。
三重にした御式塔が一撃の下貫かれる。
「シッ!」
投げナイフは軽く首を傾けるだけで避けられる。が、
「絶界・五重奏!」
150層にもなる結界がその首を傾けた状態を固定し、腕を上手く振りぬけないようにする。
「やるな。だが」
力を込めた奴が腕を振り回す。その高速の振りは奴の周囲の空間が歪んで見えるほど。
「俺流格闘術・旋」
その腕の振りだけで、多重結界の全てが破壊される。
「せいやぁっ!!」
腕が止まった瞬間、背中を駆け上がり、エイミーが奴の脳天を突き刺そうと短剣を振るう。
「はぁっ!」
奴はわかっていたかのように頭上にパンチを放つが、
「魔封壁・御式塔!!」
囲むように現れた結界に阻まれる。エイミーはそれを足場に退避する。
「ふんっ!」
「くぅっ!」
御式塔が破壊され、いよいよクラリスが膝をついた。
そして、奴がこちらに向き直る。
「俺流格闘術・覇」
「居合壊花・菊一文字!!!」
振り抜く。全てを両断する一文字。
目の前を一閃、その空間ごと斬り裂かれ、離れた建物にまでその跡を刻んだ。
捉えた。確かな手応え。
奴の突撃は俺には全く見えない。ただタイミングを合わせて振りぬいた。
その結果は、吹き飛び倒れた奴の姿が物語っている。
その腹を横に薙ぐ大きな傷。そこから大量の血を流し仰向けに倒れている。
そして同時に、俺の腕からも血が噴き出した。右腕が、ない。
急速に意識が遠のき、そして……
「勝った……ッスか……?」
「勝ち……ました……か?」
信じられない。ドラゴが間違いなく倒れて血まみれになっている。
だが、ユーリさんも血まみれで倒れている。っいけない!
「ユーリさん! しっかりしてくださいまし!! ユーリさん!!」
呼びかけるが、全く起き上がる気配がない。
「兄さん! 今治すッスよ!」
エイミーさんが駆け寄り、ちぎれた腕を拾ってきてくっつけ、ユーリさんのネックレスに手を伸ばしている。あの腕も治るというの……? 一体どんな大魔法が……。
「ああ……いてぇ……」
「!!?」
まさか……そんな……。ここまでして、腕がちぎれるほどの一撃を食らってなお……立ち上がってくるというのですか……!?
血が流れ、歩みはふらふら。それでもしっかりと両足で立ち、歩いている。
「今回は引き分けだなぁ、こりゃあ。本当は勝ってもいないのに戦利品を取っていくようなことはしたくないんだが……」
そう言って神殿を見ている。いけない、このままでは……! 動いて、私の体! 何とかして奴を止めないと……!
「大人しくしときな。そっちの嬢ちゃんたちもな。止めを刺したりはしねぇからよ」
奴の歩みを止められない。そのまま神殿に入っていくのを見送ることしかできない。
少しして、奴が出てくる。その手に剣を持って。流水剣アクリアッド、間違いない。神殿に入って見せてもらったことがある。
「じゃあ、こいつはいただいていく。悪いな、魔王様の命令には逆らえねぇ」
都市の門へ続く坂を下りていく。その途中、振り返り言った。
「ユーリの奴に伝えておいてくれ。この剣は預かっておく。必ず取り返しに来い。その時こそ、決着のときだ。じゃあな」
去っていく。その姿が見えなくなるまで、何もできなかった。
この襲撃による死亡者はなし。怪我人はたった一人。
建物の被害も神殿前広場は壊滅的だが、ほとんどなしと言って良い。
だが、都市を覆う結界はなくなり、流水剣アクリアッドを奪われたことで張りなおすことすらできない。
これからは、新たな防衛体制を作る必要があるだろう。
流水剣の加護も時が経てばなくなってしまう。
魔王軍の脅威は明確に、知らしめられた。
「はぁ……はぁ……くそっ! 流石に血を流しすぎた……」
帰りの途中で力尽きそうになる。駄目だ、再戦の約束をした。何とか帰らねぇと……
「全く、1人で行くからそのようなことになるのですよ」
「! レッジか……」
「あなたが1人で向かったと聞き、帰ってこられなくなる可能性があるかと思いまして。こうして迎えに来た次第です。チーリィも連れてきていますから、ここで簡単に治療しましょう」
封印を越えるための指輪は俺が使っている以外の2つとも置いてきた。それを使って追いかけてきたのだろう。
「治します。動かないで」
チーリィが回復魔法を使って俺の傷を治す。
「どうやら流水剣の奪取には成功したようですね」
「ああ、このざまだがな。お前が言ってたユーリだ。あいつはおもしれぇ」
「楽しめたようで何よりです。苦戦する可能性は考えていましたが、まさかここまでやられるとは。遊びましたか?」
「いや、最初はかなり手を抜いてたが、最後は間違いなく本気だったぜ。この剣を取り返しに来るように言っておいた。再戦が楽しみだ」
「すいません。わたしの腕では治りきらないです。痕が残ります」
チーリィは魔王軍唯一の回復魔法使いだが、どんな傷でも治せるというほどの腕はない。魔族で回復魔法が使えるのがそもそも異質なんだ。
「ああ、構わねぇ。むしろ残った方が良いくらいだぜ」
血は止まった。後は帰って休めばすぐに体力も回復する。問題はないだろう。
「待ってるぜ、ユーリ」
先に思いを馳せ、顔が自然と笑みを作る。
本当に、楽しみだ。




