第57話 絶望の足音
そんなこんなで2週間、ユーリさんとエイミーさんの手伝いの下、訓練を続けた。
皆強くなっている。そもそも最初から才能ある子しかこの学院にはいないのだから。必要に迫られ、必死に訓練を行えばどんどん強くなるのは必然だった。
片手の振り下ろししか耐えられなかった子は両手、両手を耐えられていた子は3秒を耐えられるように、一段階強度が上がった。
流石に最初からある程度できていた子はそこまで劇的には伸びなかったけれど、例えば10秒に耐えてもヒビだらけだった人は、ヒビはあってもある程度形を留められる程度には耐えられるようになったり、誰しも成長を実感していた。
「ユーリさん、エイミーさん、今日までありがとうございました」
「アーニャさん、本当にもうよろしいんですか? 襲撃まで滞在しても……」
「いえ、そこまで迷惑はかけられませんよ。襲撃がいつになるのか全くわからないのですから。それに何らかのアクシデントでウィンドやバーンに手紙が届いていないかもしれません。いつまでもここに引き留めておくのは良くないと思います」
ユーリさんとエイミーさんは旅を再開するらしい。いつになるかもわからない襲撃のためにずっと引き留めるのは良くない、確かにそう思う。
(私も……旅に出てみたかったですわね……)
旅に出てみたい思いは今も変わらない。しかし、両親が誇れる娘になりたいという想いを思い出した以上、聖女になる責任を放り出して旅には出られない。
私はここで、更なる研鑽を積む。そして、襲撃も跳ね返して至高の聖女になる。
(聖女の任期は長くても5年程度ですし、終わったら旅に出れば良いですわ。傍仕えとしての訓練を全く積んでいない私が聖女引退後も残っても役に立たないでしょうし)
ユーリさんたちが行くのを見送る。ずいぶんお世話になってしまった。もしまたこの都市に来ることがあれば、何かお礼をしよう。もしかしたらそのときには自分は聖女かもしれないけれど。
「皆さん、ユーリさんたちは行ってしまいましたが、訓練は続けます。気は抜かないようにしてくださいね」
アーニャ様が集まっている生徒たちにそう呼びかけ、解散となった。
この後は通常の授業がある。教室に戻ろう。
ユーリさんたちを見送ってから30分ほど。
「では皆さん、教科書を開いてください。本日は……」
先生が授業を始めようとした瞬間、
ドガアアァァン!!
都市全体に何かを殴ったような轟音が響き渡った。
「な、何事ですか!?」
その後も何度も何かを殴りつけるような音が響く。
何度も、何度も、何度も。
「な、なんですの……? 恐ろしいですわ……」
「何の音でしょうか……?」
「わかりませんわね……」
何度も鳴り続けるその音がなんなのか、次第に理解し始める。これは……!
「結界を攻撃している音ですわ!!」
何度も、何度も、音が響く。都市全体にその存在を知らしめるように。
「皆さん! 練習場に集合してください!」
先生の指示に従い動き出す。その間もずっと響く轟音。
練習場には続々と生徒や教師たちが集まってくる。
それ以外にも、どうやら神殿職員が来ているようだ。
アーニャ様が全体に呼びかける。
「皆さん、神殿に向かってください! もしこれが予想されていた襲撃ならば、襲撃者の狙いは神殿の流水剣アクリアッドです! 都市を覆う結界が破壊されることはないと思いますが、念のため、戦うことが出来ない人を除き、神殿に向かってください!」
それを受けて、先生たちが生徒に呼びかけ始める。
「1回生、2回生の皆さんは避難してください! 私が案内します!」
「3回生以上の人たちは神殿に向かってください! 各学年でまとまって移動してください!」
神殿へ向かう、その途中、鳴り続けていた轟音に混じり、聞こえた。
ぴしっ
「まさか……」
信じられない。この都市を覆う結界は流水剣の力を借りて、最高クラスの結界魔法使いである聖女様が張った、他に類を見ない強度を持つ結界なのに。
ぴしっ
ピキピキ
ビキビキビキビキッ!
神殿に着いた。その頃には、ついに目でも見えるほどに結界にヒビが入り始める。
「そんな……! 都市の結界が……!」
「嘘でしょう……?」
「いやああぁぁぁ!!」
絶望が広がる。仕方がない。だって、いくら訓練したとはいえ、都市を覆う結界より強固な結界なんて誰も張れないのだから。
ヒビが広がっていく。そして、ついに、
絶望の音が聞こえる
都市を覆う結界が、破壊された。
誰も想像することすらできなかった事象。ユーリさんの予想を遥かに超える強大な力。
もし襲撃があるのなら、何か結界を通り抜ける方法で来ると思っていた。あの結界を破壊するなど不可能だと、誰もが思っていた。
希望的観測に過ぎなかった。敵は、人間の予想など簡単に踏み潰すほどに強大。
足音が聞こえる。ドスン、ドスン、と鳴り響くその音は明らかに人間のサイズで出る音ではなかった。
門から坂を上ってくる、その姿が目に入る。
紫髪、尖った耳、鋭い八重歯。これは聞いていた通りの特徴。だが、
5メートルはあろうかという身長。青い肌。
ズボンしか身に着けていないため見えている上半身は、異常なほどに鍛え上げられているのがわかる。
その裸足が踏みしめる石畳は踏み砕かれ、その足跡をはっきりと刻んでいる。
その敵は、明らかに怪物だった。
神殿前の広場まで来たその敵は、一度立ち止まる。
「ん? 何で誰もかかってこねぇ? 来い。ひねり潰してやるよ」
挑発してくる。しかし、都市を覆う結界が破壊された事実と、目の前の敵の威容に、誰も出て行くことができない。
「ああ? マジで誰もこねぇのか? つまらねぇな……」
「魔封壁・御式塔!!」
「お?」
だから、私がやる。私しかいないのだから。
「皆さんは逃げてもよろしくてよ」
「クラリスさん!? 何を!?」
「ご覧になったでしょう、あの敵を。都市の結界を破壊するなんて尋常ではではありませんわ」
「そうです! その敵は予想を超えています! あなたも……」
「だからこそ!! 私がやりますわ!!!」
「な、何を……」
「私しか可能性はないのです。私ならきっとあの敵を封じ込められる。その間に皆さんは逃げてもよろしいですわ、と申し上げているのです」
「そ、そんな! それではクラリスさんが……! わ、私たちも協力を……」
「雑魚はすっこんでろですわ!!! 足手まといですの!!!」
「!?」
あえて、下品な強い言葉を使う。これで傷ついて逃げてくれれば良い。
実際怯えながら手伝われても足手まといなのは事実。まともに戦えるのが自分しかいないのだから、自分1人でやれば良い。
「良い度胸だ、なっ!!」
「ぐっ!」
奴が結界を殴る。その衝撃が術者の自分まで及んだ。
魔法は発動後、魔力的に術者と繋がっている。これは術者が切らない限り切れない。
その繋がりを通して、魔力を追加したり、魔法を操作したりできる訳だが、欠点がある。
炎や水などの散らばるものなら問題ない。たとえ魔法を破壊されても散るだけで、衝撃が伝わってきたりはしない。
これが結界のような魔法だと事情が変わってくる。結界に加えられた衝撃が、繋がりを通して術者にも伝わってくるのだ。
だから、結界は張り終わったら繋がりを切るのが常識。何度も攻撃を受けて削られるのを修復するような例外を除き、結界は発動したらそれきりだ。
だが、今私は結界との繋がりを維持している。
この敵が強大なのはわかっている。その衝撃が伝わってくれば、最悪意識が飛ぶことも理解できている。
だが、切らない。切れないのだ。魔力を注ぐのを止めたらその瞬間に破壊されてしまいそうで。
「おお、なかなかの強度だ、なっ!」
「ぐうっ!」
この音、まさかこの男、都市の結界も素手で破壊したと言うのか。
異常だ異常だと思ってはいたが、いよいよ常識が通じない。
「おらぁっ!!」
「くうぅぅぅっ!!」
破壊された。いとも容易く。魔力を込め続けていたのに、3発殴られるだけで壊れてしまった。
「ふう、そこそこだった……おお?」
「……絶界・重」
御式塔が破壊されると同時、多重結界を発動。2週間の特訓で更に層が増え30層に、一枚一枚の完成度も充分に。
たとえ殴られて何枚か破壊されようと、すぐに追加で層を増やして一生閉じ込めて……
「ふんっ!!」
「ぐううぅぅ!!」
一発で20層は持っていかれた。何とか残っている。追加で……
「どらぁっ!」
「きゃああぁぁっ!!」
追加で10層張っても結局20層破壊されれば終わり。間に合わない。それでも、
「絶界・三重奏……」
30層を三重に。まだまだ諦めるには早い。
「しつけぇなぁ。そんな紙っぺら何枚重ねたって……」
奴が腕を大きく振りかぶって殴ろうとしている、ここっ!
「縮!」
「うおっ!」
結界が収縮する。奴を押しつぶそうとするが、
「よえぇっ!」
そのまま腕を振りぬかれた。それだけで50層破壊される。まだ、まだだ……!
「再!」
瞬間的に再生。90層で再び押しつぶそうとする。
「ふぅ……すぅ……どぉるああぁぁぁ!!!」
「きゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
結界が全て粉砕され、その衝撃が体を吹き飛ばす。
今まで本気ではなかったというの……!?
(だ、ダメ……意識が……)
意識を保つのに精一杯。倒れ伏し動くことすら叶わない。
ここで終わりだというの……。今までの訓練に全く意味がなかったというの……。
そんなの、認めたくない……!
(認めたくないのに……!)
動けない。このままでは自分も、他の人たちも、この都市も国も全てが終わってしまうのに。
動けない……!
(こんな……ところで……!)
「封!」
(え……?)
「3、4回生は下がって! 次、5、6回生用意!」
「うぜぇ!」
アーニャ様の号令で、タイミングを合わせて何重にも結界が張られる。
簡単な封印結界なんて腕の一振りで破壊される。だが、
「包!」
「次! 7、8回生用意!」
今度は簡単な包囲結界。移動を阻害するだけの結界だ。それも、
「ふんっ!」
腕の一振りで破壊される。
「絶界!」
「同じだぁ!」
破壊される。だがここまでの全てが布石。
「9、10回生、神殿職員、合わせて!」
「収斂!」
「ぐおっ!?」
今まで破壊されて散った魔力を収束、更に9、10回生、神殿職員の魔力を注ぎ込む。
そして形成される収束結界。3~10回生及び教師と神殿職員の全員の魔力を合わせた結界。
これなら……
「ふんっ! なるほど、かてぇな……」
奴の攻撃に傷1つ付いていない。やっと封じ込めることに成功……
「はぁ……すぅ……ふんぬあああぁぁぁぁぁ!!!」
地面が揺れた、そう感じるほどの雄たけびを上げ、奴が拳を結界に打ち込む。
ぴしり……
「そんな……嘘でしょう……」
「皆さん! 魔力を込めなおして!」
下がっていた3~8回生も魔力を譲渡するために術者に触れる。
全員で魔力を込め、何とか結界を維持しようとする。しかし、
「おらああぁぁぁぁ!!」
ピシピシピシピシッ
「ぐうううっ!」
「おおおああぁぁぁぁぁ!!」
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
生徒も先生も神殿職員も、皆まとめて吹き飛ばされてしまった。
合わせて500人近くいるというのに……。こんな奴……どうやって止めれば……。
「ふぅ……。流石に硬かったな。だが、これで終わりだ」
奴が神殿に向かって歩み始める。止められない。歯が立たない。どう足掻いても、敵わない。
足音が響く。悠々と歩を進めるその音は、絶望の重みを持って響き渡る。
「生花・一輪刺し!!」
絶望の足音が、止まった。
「ぐっ!? ああっ!? 何だ!?」
「ちっ、何て硬さだ。少ししか刺さらない」
「ああ、てめぇがレッジの奴が言ってた黒髪の、あーなんだったか。ローイとかそんな感じの奴だな」
「ユーリさん!」
「すまない、遅くなった」
奴の背後に黒髪の青年が立っていた。




