第54話 レイル女学院7回生クラリス
流水国アクア首都レイルウォーテ。
その都市は、中央の最も高い土地に神殿が建ち、そこから都市全体に水路が通っている水の都だ。
都市の周囲を大きい水路で囲っていて、その円形の水路からドーム状に結界が張られ、都市を守っている。
石造りの美しい建物が並び、いたるところに水路をまたぐ橋がある街だ。
そんな都市の中でも、神殿のすぐ隣の高い場所に、その学校はある。
聖女育成校、レイル女学院
都市の周囲を覆う結界を、流水剣アクリアッドの膨大な魔力を借りて張る役目があると共に、流水国アクアのトップでもある聖女。
次代の聖女を育成するという目的で建てられたその学院は、聖女になるために必要な教育を全て施す。
それに留まらず、聖女の付き人に必要な技能も教育する学院だ。
聖女に必要な政治技能、護身術、そして結界魔法。
付き人に必要な家事技能、礼儀作法、事務技能、護衛術、そして何より聖女の要求に最大限応えるための聖女の生活に関する学習。
一般常識や各種学問も教育しながら、これらの技能についても教育する学院は、全ての課程を修了するのに、実に10年の時間を要する。
レイルウォーテに生まれた有力な女児は、8歳になる年から17歳になる年までの計10年間を学院で過ごす。
そして、最も成績優秀な生徒は次代の聖女として、現在の聖女の傍仕えに。
その他成績優秀者は神殿で各種業務をこなしたり、聖女の身の回りの世話をしたりする。もしくは学院で教師をする場合もある。
聖女の任期は特に定められてはいないが、流水剣アクリアッドと最も相性が良いのは17歳~23歳程度であるとされており、結界の強度が次代聖女に負けるようになった時点で交代する。
そのため、傍仕えになっても、聖女としての役目を一切行わないまま、神殿業務を行うことになる者も少なくない。
レイル女学院に通うのは有力な少女、つまり髪色が青に近い鮮やかな色の者たちだ。
ほとんどは濃い水色。ごく稀に青にとても近いやや薄い青の髪の少女がいる。
そんな中、現在14歳のその少女は完全な青の髪をしていた。
光を反射する、輝くサファイアブルー。その完全な青は、生まれた瞬間に彼女の将来を決定した。
名をクラリス。圧倒的な魔力量、他と一線を画す強度の結界、礼儀正しく、護身術の成績も良い。そしてとても可愛らしい。
全てにおいて優秀なその生徒は、卒業と同時に聖女になるとほぼ決定しており、他の生徒に留まらず教師からも期待と羨望の眼差しを向けられていた。
「クラリスさん、ごきげんよう。先週の試験、満点だったそうですわね。流石ですわ」
「クラリスさん。聖女様とお茶会で同席したとお聞きしたのですが、本当ですか? 素晴らしいですわ。やはり聖女になると既に決まっていらっしゃるのね」
「クラリスさん。他の生徒にはまだ言えないことなのだけど、特別にお伝えしておきますね。来月、傍仕え様がいらっしゃって、授業を行ってくださるの。あなたに案内役をお願いしたいのだけど、よろしいかしら?」
「クラリスさん、期待しています」
「クラリスさん、流石ですわ」
クラリスさん
クラリスさん!
素晴らしいですわ、クラリスさん
「あー、うざったいですわ……!」
心の内を吐き出す。誰かに聞かれたら医者に連れて行かれそうだから人前では絶対に言えないが、寮の自室でくらい本音を吐き出しても良いだろう。
「どいつもこいつも口を揃えてクラリスさんクラリスさん、素晴らしいですわ、流石ですわって……。同じことしか言えないんですの? あいつらは……」
ひたすらに自分を褒め称えてくる周囲に嫌気が差す。確かに自分は成績優秀だが、結界魔法以外なら同じくらい成績優秀な者はいくらでもいる。
魔力量と結界魔法は流石に比肩する者さえいないが、他の科目ならむしろ負けていることだってあるのだ。
それなのに……
「たまたま調子が悪かったのですよね? だの、トップでなくともとても良い成績です、流石ですわ、だの……。何で常に私が一番素晴らしいかのような評価を受けるんですの?」
卒業と同時に聖女になるのだろうことは理解している。だからって自分が全てにおいて最も優れている訳ではないのだ。
誰か自分を正当に評価して欲しい。自分は常に素晴らしいクラリスさんではないのだ。こんな風に寝ころがりながら愚痴とか言っちゃうちょっとお行儀の悪いクラリスさんなのだ。
「はぁ……。いっそのこと……」
そう、いっそのこと、どこかへ、どこか遠くへ、
「逃げ出してみたり、なんかして……」
そんなことを考えたりもする。だがそれはできない。別に周囲に迷惑が、とか聖女になれるのに、とか考えている訳ではない。
単純に、
「私1人で生活なんてできる訳ありませんわ……」
今までずっとお世話されて生きてきたのだ。聖女になることが決定している自分は特に高待遇でお世話されている。
料理も掃除も洗濯も、体を洗うことすら人にやってもらっているのに、急に全て自分でやれなんて無理に決まっている。この都市から逃げようと思ったら、まともな設備すらない場所で野宿なんかしないといけないのだ。そんなこと1人でできる訳がなかった。
他の生徒は授業で家事技能も育てられているというのに……。
「授業内容まで特別扱いしなくても良くありませんこと?」
その分結界魔法や護身術、各種勉学に励んでいるのだから、それらの成績が優秀なのは当たり前なのだ。
「はぁ……。さっさと寝ましょう」
無駄に豪華なベッドに入る。この部屋も特別製の1人部屋だ。学院に行っている間に掃除されてきれいになっている部屋だ。
褒められるなら、きちんとした評価が欲しい。そう思いながら、眠りについた。
「ごきげんよう、クラリスさん」
「ええ、ごきげんよう」
挨拶しながら学院の自分の教室に入る。自分だけ違う内容の授業を受けることも多いが、基本的には通常の生徒と同様に学年単位で行動している。
学院は1学年50人程度。全校で500人程度の規模だ。自分はその7回生、同い年の子たち50人と共に授業を受けている。
「皆さん、おはようございます。本日も1日頑張ってまいりましょう。本日の1限目は歴史です。各自教科書を用意して待っていてください」
さて、今日も退屈な1日の始まりだ。
1日の授業が終わり、自習のために残る者以外は寮へ帰っていく。その途中、門から出たところで何やら人が集まっている。
「あ、クラリスさん。お疲れ様ですわ」
「ええ、お疲れ様。これは一体どうしたんですの?」
「あちら、ご覧になってくださいまし」
神殿の方を示されたので見てみると、黒髪の青年と焦げ茶髪の少女が、神殿の門番と何やら話している。
(黒髪はわかりませんけど、焦げ茶と言えば大地国の一般的な髪色だったはず。大地国からレイルウォーテまで来たのかしら)
「あちらの方々が何か?」
「男性ですわ。この区画に男性が来るというだけでも珍しいことですのに、神殿に用事だなんて」
「きっと聖女様を見るために来た、いかがわしい方ですわ!」
「まあ、ご覧になって! 手紙なんて渡していますわ!」
「何と言う……。聖女様に言い寄ろうとしているに違いありませんわ!」
ただ神殿に来て手紙を渡しただけで何と言う評価だろうか。あまりに可哀想なので少しかばっておくことにする。
「皆さん落ち着いてくださいな。門番の方が手紙を読んで返さないということは、何か大事な用事なのでしょう。そのように悪く言うのは失礼ですわ」
「確かに……。そうですわね。少々はしたなかったですわ」
「あら、恥ずかしいですわ……。早とちりしてしまって……」
そうこうしている内に、その青年と少女は神殿内に入っていった。なんと中に入る許可が出たというのか。それほどの大事なのだろうか。
「神殿内に入っていきましたわね。男性が入る許可が出るなんて、一体どんな用事なのかしら」
「私が知る限りでは神殿に男性が入ったことはありませんわね……。とはいえここで考えてもわかるものではありませんわ。私は寮に帰ります。ごきげんよう」
「あ、私も帰りますわ。皆さまごきげんよう」
それを皮切りにどんどん少女たちが帰路につく。話題は先ほどの人たちのことで持ちきりだが、どんな用だったのかなんてわかる訳もない。話をするのが楽しいだけだ。
寮についた。夕食をとり、お風呂に入り、ベッドに入る。
確か明日は神殿から聖女様の傍仕えの方が来るのだったか。案内役を任されている。まあ別に良いだろう。そんなに緊張するような役目でもない。
今日もキレイに整えられていたベッドで眠りにつく。




