第52話 想いを
飛び退いて、向かってくる悪性魔力から逃れる。
「待って欲しいッス!」
「あああああぁぁぁぁ!!!」
呼びかけても反応はない。ただこちらを消そうと魔力を放出してくるのみ。
これはただの悪性魔力だ。当たっても恐らく命の危険はない。正気でいられるかはわからないけれど。
だが、もはやこの少女にできるのは魔力を放出することだけなのだろう。悪性魔力の性質により姿かたちは変わっていないのかもしれないが、500年ずっと鎖に繋がれていたのだとすれば、もはやまともな意識などないのかもしれない。
その心の根底にある人間への憎悪に従って、ただ人間を排除しようとするだけの装置と化してしまっている。
「まずはこの試作品を破壊するッス!」
研究の結果できた装置。これを破壊すればもしかしたら、悪性魔力に染み付いた人々の嘆きがなくなり、この都市が正常な状態になるかもしれない。
その推測に従って、短剣を振り上げた瞬間、
「ケケケケケ」
「っ!?」
お化けが目の前に出てきて邪魔してくる。
その腕をこちらへ伸ばしてくるので、下がって回避する。
「いきなり目の前に出てこられると心臓が止まりそうになるッス……」
更に襲ってくる悪性魔力の放出も回避。改めて部屋を見渡してみる。
部屋の奥の壁に鎖でつながれた少女。部屋の中央を占拠する大きな装置。
装置を守るようにお化けが3匹飛び回っている。
この部屋には他に何もない。自分が持っている手札だけで現状を打開しないといけない。
「このお化けは何者なんスかね……?」
お化けにしか見えないから短剣の攻撃は通らないと決め付けているが、もしかしてただのモンスターだったりしないだろうか。
「ふっ!」
投げナイフをお化けに投擲してみる。白く発光する体が薄くなり、ナイフが通り抜けてしまった。
「やっぱりダメッスか」
お化けたちが散開したかと思うと、悪性魔力の放出が襲ってくる。
回避しながら、今の動きについて考えてみる。
(体が薄くなってなければ当たる、とかないッスかね? あとは悪性魔力を避けたのが気になるッス)
部屋の奥に向かう。装置に近づくとあからさまに警戒するお化けたちは、少女に近づこうとする分には邪魔してこないようだ。
お化けの場所を見ながら、少女を縛る鎖にナイフを投げる。もちろんそんな攻撃で切れるほどやわではない。それに挑発された少女が魔力を放出してくる。これが狙い。
魔力の放出に合わせて装置に駆け寄る。それを邪魔するようにお化けが前に出てくるので、
「鏡花水月!」
横っ飛びに回避。お化けに魔力を直撃させる。
「よしっ! 効いたッス!」
お化けが1匹消滅した。あと2匹。次の作戦だ。
更に重ねて放出される魔力を回避し続ける。挑発したせいで苛烈になってしまった。隙を見つけづらい。
だが、お化けも魔力を回避しないといけないので、こちらに寄ってくる余裕はなさそうだ。
魔力の放出が止まった、今!
「ふっ!」
ナイフをお化けに投げる。それは体を薄くして透過される。
体の白が戻ってくる、ここ!
「鏡花水月!!」
一瞬で駆け寄り、短剣で斬り裂く。予想は当たっていたようで、体に色があるときなら物理攻撃が当たる。これであと1匹。
壁を駆け上がりながらナイフを投擲。お化けが透過するのを見ながら天井を蹴り、短剣を構えて跳び下りる。
天井に魔力が当たったのを感じながら、お化けの頭に短剣を振り下ろす。
「せいやぁっ!!」
これでお化け退治は完了。あとは装置を破壊すれば……!
「らぁっ!!」
短剣で思いっきり斬りつける。大きい装置に傷がつくが、簡単には壊れてくれない。
魔力の放出を避けながら、何度も、何度も、斬り続ける。
何度斬ったか。ふと、少女から魔力の放出が止まっていることに気づいた。
「壊せたッスか?」
少女の様子を確認する。俯いて震えているが、狂ったように放出していた魔力が治まっている。
装置を破壊したことで、この少女も正気に戻ったのだろうか。
「エイミー!!」
「兄さん!」
エイミーを発見。何やら何度も斬りつけた跡がある装置と、鎖に繋がれた少女がいる。
「これはどういう状況だ?」
「実は……」
エイミーが事情を話そうとした瞬間、
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
鎖に繋がれている少女が叫び声を上げた。
「な、何だ!?」
「正気に戻ってなかったッスか!?」
その少女から膨大な悪性魔力があふれ出したかと思うと、少女を覆っていく。
普段は透明な黒色の悪性魔力が、集まって真っ黒になり少女の姿が見えなくなった。
「どうなってる!!」
「多分あの子がこの都市の悪性魔力の源ッス! 昔の実験のせいでこんなことになっちゃったッスよ!!」
「なにっ!?」
少女を覆っていた悪性魔力が弾け飛ぶ。それと一緒に鎖も弾けとんだ。その中から現れたのは、
黒い翼、黒い肌、黒く鋭い爪、真っ黒な目に、黒い唇。
その体から黒い魔力をあふれ出させる女性。
その紫の髪は伸び、膝裏まで届くほど。
ふわふわと浮かびながら、こちらを睨みつけてくる。
コロス
鳥肌が立った。反射的に右腕にエイミーを抱え、その場を跳び退く。
一瞬前まで俺たちがいた場所に、その鋭利な爪を突き立てた女性がいた。
「くっ!」
マズイ。俺は今片腕が使えない。こんな奴、リィンなしで相手にできない。
仕方ない、姫様の魔法を……
「兄さん、離して欲しいッス」
「え? お、おい」
エイミーが俺から離れて女性に歩み寄っていく。
そして、
「彼女は敵じゃないッス」
そう言って短剣を鞘に収めた。
「あああああぁぁぁぁ!!!」
高速で飛びかかってくる女性を避ける。そして呼びかける。
「もうあなたを傷つける研究者はいないッス! どうか落ち着いて欲しいッス!」
「あああああぁぁぁぁ!!」
全く聞いてくれない。とても正気とは思えない。でも、
「エイミー! 下がれ! 明らかに正気じゃない!」
「嫌ッス! きっと助けられる!」
彼女は実験の被害者なんだ。もう500年も苦しみ続けた。
(今は苦しいだろうけど、いつか幸せになれる)
「いつか幸せになれる! だったら、ここで助けられなきゃ! お母さんが嘘つきだったってことになる!!」
「!!」
今度は魔力をあたしの左右に向かって放出し、こちらの動きを妨害してきた。
そして避けられないようにしてから、飛びかかってくる。
明らかに正気じゃないのに、丁寧にこちらを詰みへ誘ってくる。
「せいやぁっ!!」
女性に向かって跳び、その爪を回避。女性の頭に手をついて更に跳び、そのまますれ違う。
「落ち着いて! あたしはあなたを傷つけない! もう暴れなくても大丈夫ッス!!」
「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
「くっ!」
魔力を部屋全体に放出してきた。指向性を持っていない分濃度は薄いが、それでも行動が阻害される。
そして、その爪を突きたててくる。
「あ……」
避けられない。これは、死ん……
「全く、誰に似たのか、意地張りやがって」
目の前に兄さんがいた。女性の手を掴み、爪が刺さる前に止めてくれたようだ。
「助けるんだろ! 呆けてないで動け!!」
「っ!」
そうだ、呆けてる場合じゃない。女性のもう片方の手を掴む。
「あああああああぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぅっ!」「くっ!」
魔力を放出してくる。この至近距離はかなりキツイ。でも、
「もう大丈夫。大丈夫ッス。あたしたちは敵じゃない」
「お前を傷つける敵はもういないんだ。落ち着いてくれ」
呼びかけ続ける。兄さんも状況があまりわかっていないはずなのに合わせてくれる。
「ああああぁぁぁ!!!」
「大丈夫。大丈夫ッスよ」
そのとき、破壊したはずの装置が動き出す音が聞こえた。
「そんな! 壊せてなかったッスか!?」
生きていた装置が悪性魔力の放出が当たった衝撃で起動してしまったようだ。
せっかく人々の嘆きから彼女が解放されたのに、これではまた……!
「あああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
彼女が暴れている。手を抑えていても、足で蹴り、牙を突きたてようとしてくる。
「ぐううぅぅっ!!」
「兄さん!!」
兄さんが肩に噛み付かれた。このままじゃ……!
「気にするな!! 呼びかけ続けろ!! 助けるって決めたんだろうが!!!」
「っ! 大丈夫ッス! 大丈夫ッスよ! あたしたちは敵じゃない! もうあなたは助かるっス!!」
助ける。もう大丈夫。その想いが伝わるように、一心に呼びかけ続ける。
大丈夫、もうあなたを傷つける人はいない。
魔力を通して伝わってくる。
ただ人間としか認識できていなかった目の前の人たちが見えてくる。
呼びかけてくる女の子。わたしに噛み付かれても反撃せず耐えている男性。
気持ちが伝わってくる。助ける。もう大丈夫。落ち着いて。
その気持ちがどこまでもわたしを想っているのが伝わってくるから、
だから、気持ちが落ち着いていく。体から力が抜けていく。
兄さんに噛み付いていた口から力が抜け、牙が抜ける。
2人で抑えていた手からも力が抜けていく。
暴れていた体が落ち着き、浮いていた体が降りてくる。
悪性魔力の放出も止まっていた。
そして、もとの10歳くらいの女の子の姿に戻る。
「落ち着いたッスか?」
「うん……。えっと……」
「あたしはエイミーッス。こっちはあたしの兄さん、ユーリっていうッス」
「エイミー、ユーリ、えっと、ありがとう」
「気にしなくて良いッスよ! 落ち着いてくれて良かったッス! もう大丈夫ッスからね」
「俺にはいまいち状況がわからんのだがな。まあ良かったよ」
噛み付かれた右肩から血を流している兄さんが言う。ってのんびりしてる場合じゃなかったッス!
「兄さん、今止血するッス!」
袋から応急処置用の道具を取り出す。服を脱いでもらって、肩の処置をする。
「あ……」
「え……?」
そうしていると、少女から光が漏れ始め、体が薄れていく。
「そ、そんな!? どうして!?」
今にも消えてしまいそうな少女。どうやったら助けられる!?
わからない。何がいけないのか。
「……この都市は500年も前からこの状態だった。ということはこの子も500年前からここにいるってことだ。それが悪性魔力の保存する意志から開放されたら……」
「500年の時間が押し寄せてるって言うんスか!?」
そんな! 500年の時間なんてどうやったって助けられない!
「せっかく助かったのに!! これから幸せになれるのに!!」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう。最期にこうして優しくしてもらえて、わたしは幸せだった」
「そんな訳ないッス! 今まで実験で苦しんで、500年苦しんで! これからやっと自由になれるのに!! これで幸せだったなんて!!」
涙があふれてくる。せっかく助かった命なんだ。これからいくらでも楽しいことを教えてあげようって、そう思っていたのに。
「もうわたしは消えちゃうけど、こうして最期に良い人たちの記憶を持って消えていける。それでわたしは救われているんだ」
「そんな……!」
「何か言っておきたいことはあるか?」
「兄さん?」
「わたしのこと、覚えていて欲しいな……」
「ああ、絶対に忘れない。名前を聞いても良いか?」
「ルーア。わたしはルーアだよ」
「ルーア、だな。教えてくれてありがとう。俺はユーリ。覚えておいてくれ」
「うん、覚えておく。エイミーも、絶対忘れないよ」
「ルーア……。ルーア! あたしも忘れないッス! 絶対忘れない!」
「うん……。ありがとう……」
そう言って、光に包まれたルーアは、消えていった。
「ルーア……。幸せに暮らすッスよ……」
「エイミー、辛いだろうがここから早く出ないといけない。この城も、都市も、長くはもたないはずだ」
涙をぬぐって、部屋の出口へ向かう。
「その前に寄りたいところがあるッス。実験の資料がまとめられている部屋ッス」
「わかった。急ごう」
駆け出す。城からもルーアが消えていったときと同じ光があふれ始めている。急いで脱出しないと。




