第38話 残る爪痕
ワシは宝物庫から城内を駆け抜け、一番隊と共に中庭に出た。それと同時、中庭の中央塔から出てくる何者か。
駆け寄ると、その手に膨大な魔力を放出する剣を持っているのがわかる。初めて見たが間違いない。あれが大地剣ガイグランデ。
「何者だ! その剣が何かを理解したうえで持ち出しているのか!!」
それに答えるのは紫髪の男。燕尾服のようなものを着て、モノクルをかけている。尖った耳と鋭い八重歯が特徴的な男だ。
「おや、お早いお着きで。この剣の封印を解いてしまいましたから、この膨大な魔力で呼び寄せてしまったのですね。この剣が何か、ですか? もちろん理解しておりますが」
「此度の騒動、貴様が元凶だと考えるが、相違ないか」
「此度の騒動、と言いますと、どこからのお話でしょうか。この都市にモンスターを誘導したことですか? ワイバーンを活性化させたことですか? それとも狼のことでしょうか。ああ、この都市の近場に迷宮を創造したことを言っているのでしょうか」
「もうよい、理解した。貴様が堂々と己の悪事を暴露する狂人であるとな」
「まあまあ、そう結論を急がないでくださいませ。たしかにあなた方からすれば、私は度し難い極悪人ということになるのでしょう。しかし、」
奴はそこで一度区切る。今から重大な発言をするから聞き逃すな、とでも言うかのように。
「我々魔王軍からすれば、これは己の権利を守るための正当な行いなのですよ」
「魔王軍、だと……!」
「名乗りましょう。私は魔王軍四天王、知略の称号を賜っております、レッジと申します」
「魔王軍が大地剣を奪いに来た、ということは……!」
「ええ、お察しの通りです。我々は封印の結界を消し、自由を手に入れるため、活動を始めました」
と、そこで奴に群がるように、大量のモンスターが飛んでくる。
「集まってきてしまいましたね。このモンスターたちは魔力に引かれますから、この剣に集まるのも仕方がないことです」
と、奴が大地剣を振るう。それだけでその魔力が広がり、モンスターが落ちていく。
「ぐっ……。流石にこの剣を振るうのは辛いようですね……。まあ武器として使用することが目的ではありませんから、良しとしましょう」
「そのモンスター共は貴様が操っているのではないのか」
「私がしたのは、魔力による活性化だけですよ。私共の体には、あなた方が言う悪性魔力が流れていまして。それを使って活性化したモンスターをこの都市まで魔力で誘引してきました。あとは封印されていても強大なこの剣の魔力に引かれ、勝手に城を襲ってくれます。街を襲っていたのはモンスターとしての本能のようなものです。人がいると攻撃したくなってしまうようで」
「悪性魔力が流れているなど……。とても同じ生き物とは思えぬな……」
「実際、同じ生き物ではないでしょうからね。私共はその悪性魔力から生まれた存在である、と言えば伝わるでしょうか」
「悪性魔力からだと? それではむしろモンスターに近しい存在ではないか」
「流石にあのような程度の低い生き物と同列視されるのは心外ですね。基となった魔力の濃度が全く異なるのですよ」
つまり異常なほど高濃度の悪性魔力が集まると、このような強大な存在が出来上がるということか。自然界にそのような場所がなくて良かった。このような輩がそこらから湧いて出るようでは、この世はあっという間に滅びてしまう。
「ふぅ……」
「何やら疲れているようではないか。おとなしく捕まった方が貴様にとっても楽なのではないかな?」
「いえいえ、ご心配には及びませんよ。この計画を遂行するために少々魔力を使いすぎてしまいましてねぇ。そのうち回復するでしょう」
「ずいぶんと余裕があるようだが……」
「クレイドさん!」
よし、時間稼ぎが効いた。ユーリ君や騎士たちが集まってきている。あとは一般人のようだが武装した人たちが来ている。ユーリ君の妹さんもその人たちと一緒に来ているようだ。普段は城にこんなに人を入れるのは問題だが、今はありがたい。
王族の方々まで来てしまったのは想定外だが、これだけの人手があれば。
「これだけの敵を前にして、果たしてどうするつもりなのかな?」
「黒髪の青年、ユーリ。君のせいで私の計画は少々修正が必要になってしまったのですよ」
奴は唐突にユーリ君に話しかけた。計画が邪魔されたにしては、全く悔しがったりはしていないようだが。
「お前が黒幕か」
「ええ、魔王軍四天王、レッジと申します。君が狼を討伐してしまったせいで、この都市の戦力を充分に削れなかった」
「そんなこと、俺が知るか」
「君を警戒して、君が迷宮都市に行ったのを見てから、人を集めるための迷宮創造に取り掛かりました。1ヶ月かけて私の魔力のほとんどを使ってようやく迷宮ができたというのに、君が帰ってきてしまった。まったく、計画が狂いっぱなしですよ。フォルボルも、君を釘付けにするために優先度の低い王女を襲わせたのですよ? あまり頭の出来が良くない使いづらい部下でしたが、失うつもりはなかった。君がここにいるということは、フォルボルは倒されてしまったのでしょう? 君は想像以上に強いようです」
奴が話している内に陛下が合図を出して、騎士たちが奴を包囲していく。
「そして本当はあの狼が多大な被害を出し、それを討伐するためにこの都市の戦力の多くを割いてもらう手筈でした。それが迷宮でつり出すなどという杜撰な計画になってしまったせいで、戦力が残りすぎている。本当によく邪魔立てしてくれたものです」
「レッジとやら。長々とこれまでの計画について語ってくれているが、気づいているのか? 今、騎士たちが貴様を取り囲んでいる。別の場所にいる騎士たちもすぐ集まるだろう。余の国をここまで傷つけてくれたのだ。よもや無事帰ることができるとは思っておるまいな」
「……ふふ」
「何がおかしい?」
「そう、私は長々と計画について語った。なぜ敵を目の前にしてわざわざそのようなことをするのか。不思議に思わないのですか?」
「何……? まさか!?」
「時間稼ぎをしていたのはお互い様だ、ということです」
その時、中庭の上空から何かが物凄い速度で舞い降りてきた。
「申し訳ありません、レッジ様。遅くなりました」
「いえいえ、良いのですよフェイル。きちんと間に合っています」
それは、背に巨大な黒い翼が生えた男。紫髪で尖った耳、鋭い八重歯と、レッジと同じ特徴を持っている。
「それでは皆様、ごきげんよう。また機会がありましたら、お会いしましょう」
「! 待て!!」
フェイルと呼ばれた翼を持つ者に掴まり飛び去っていく。その速度は目で追うことすら難しいほど。
「くっ! 陛下! 我々一番隊は奴を追います! 城内の警備は一時的に別の隊に」
「待て、ライアン。追わなくて良い」
「! 何を仰るのです陛下! 奴はこの国を滅ぼさんとする大罪人ですぞ!」
「あの速度を見たであろう。追いつくことはできぬ。そして奴らが魔王軍ということは、帰還先は……」
「……封印の地、ですか」
「そうだ。彼の地には誰であろうと立ち入ることはできん。なぜ連中が出てくることができたのか……。それもわからぬが、追っても封印の壁に阻まれるだけだ。だから、追わなくて良い。今は王都の安定を考えよ」
「くっ……! 承知しました……」
「敵に飛行手段がある可能性を考慮できなかった余の失態だ。騎士たちに責はない。気に病むな」
この日、大地剣ガイグランデは奪われ、王都は多くの建物が破壊された。そして、騎士にも、一般人にも、多数の死傷者が出た。
敵の幹部級と思われる怪物を1体撃破したものの、その1体は敵の言によればそこまで重要な人材ではないようだ。大敗と言って良い結果だろう。
事件は民衆にも伝えられた。ただし、こちらが優位に立ち回り追い返したが、惜しくも大地剣を奪われてしまった、という表現がされている。無駄に不安を煽らないためだ、仕方がない。
ただちに奪還に動くため、安心して欲しいと陛下自らが宣言し、住民の不安を取り除いた。
この事件の被害者の葬儀が国を挙げて執り行われた。遺族には国から補償金が出たが、それで悲しみが晴れる訳でもない。
それでも人々は前を向き、復興が始まる。騎士も積極的に街の復興に力を貸し、以前よりも民衆との距離が縮まったようだ。
大地剣が奪われた。今はまだその加護は残っているが、このままではいつ失われるかわからない。
魔王の封印が解かれてしまう恐れもある。戦いはまだ、終わっていない……。
「魔王様、ただいま戻りました」
「レッジか。任務は達成したのか?」
「はっ。こちらが大地剣ガイグランデでございます」
「良くやった。休むが良い」
「お待ちを。魔王様のお耳に入れておきたい事項があります」
「どうした?」
「私の部下、フォルボルが討ち取られました」
「そうか。指輪の回収はできたのか?」
「それは問題なく。結界を越えた時点で、部下2人の指輪は預かっておきましたゆえ」
「それで、何か問題があるのか?」
「フォルボルを討ち取った青年が黒髪でしたので、魔王様にもお伝えすべきかと愚考いたしました」
「……そうか。確かに聞いた。下がって良いぞ」
「はっ」
「黒髪の青年、か。使えるだろうか。もし世界を回り、我が下へ来ることがあれば……」
利用できるやもしれぬな……
これにて王都での事件は終わりとなります。この後1話挟んで閑話を3話一気に投稿し、第1章第3部完結となります。第1章自体は、大地国ガイア編としたので、次の国に入るまで続きます。




