第35話 幻惑の剣
まずは目の前の鳥を一突き。
避けた、と奴は思ったことだろう。だが、
「残念ながら、避けられていないよ?」
最初の一突きは幻だ。ワシはただ突くように見せかけただけ。それを勝手に避けた敵を本命の突きで仕留める。
「さて、貴様らにワシを捉えることができるか」
飛びかかって来る鳥を避ける。避けた先を捉えたつもりで全く見当違いの場所を攻撃して来た別の奴を貫く。
これもただ単に避ける方向にフェイントを入れただけ。目が良い鳥は簡単に騙されてくれて助かるよ。全盛期のような動きはできないからね。
このままなら7匹を殲滅することなど容易く思える。だが、
「やはり、追加が来るか……」
そう、最初に来た7匹で全部ではないのだ。騎士たちも戦ってくれているとはいえ、敵の数は膨大。
そして衰えたワシの体力は、これらを捌ききる前に尽きるだろう。
ワシの敵はモンスター共ではなく、ワシ自身。
「さあ、勝負と行こうか」
やっとワシの実力がわかったのか、3匹が同時に仕掛けてくる。床に這いつくばって避ける、と見せかけ跳ぶ。
這ったワシを仕留めに床まで降りた3匹の頭上で魔法を使う。
「貫け旋風」
ワシの足元から鋭く3つの風が吹き出す。それぞれがモンスターを貫き、これで更に3つ撃破。
魔法の発動でやっとワシの場所を捉え、追加で3匹が飛び掛ってくる。
「甘いな」
風に乗って、ワシは更に上にいる。天井に手をつき、そっと降りる。
まったく、あまり老体に無理をさせないで欲しいものだ。
着地を狙って5匹が囲うように飛んでくる。
「誰を攻撃しているのかな?」
そんなところにワシはいない。天井に手をついたとき、着地の場所が変わるように軽く天井を押していた。
そのまま降りたように見えたのもまた幻。
「燃やせ火柱」
勝手に集まってくれた5匹の下から炎が噴き出す。
(ふぅ……。少々疲れてきたかな……?)
ワシは魔力量も衰えているんだ。中には老人になっても魔力が衰えない者もいるらしいが、ワシはそうではなかった。魔法も乱発はできない。
時間差で攻撃してくる3匹。1匹目の回避にフェイントを入れる。
「しっ!」
2匹目、3匹目が隙だらけの姿を晒してくれるので、素早く二突き。
落ちる仲間を見た奴らがワシの場所を捉え、更に5匹が飛んでくる。避けた1匹も背後から来ているし、少し無理をするか。
幻の世界にご招待しよう。楽しんでいただければ幸いだ。
「夢幻泡影・俄雨」
一歩、動く。それだけで一斉に向かってきていた鳥たちが、様々な方向に分かれた。
1匹1匹に分かれた鳥たちを一つずつレイピアで貫いていく。
楽しく踊っていただけているようでなによりだ。
程なく、部屋内の敵は一掃された。
夢幻泡影・俄雨
1つの動作にいくつものフェイントを入れることで、何重にも幻影を見せるワシの切り札の1つ。
結果、敵の目にはワシがまるで何人にも分身したかのように見え、攻撃を当てることも、ワシの攻撃を避けることも困難になる。
動いている間ずっとフェイントを入れ続けているため、体力の消耗が激しいのが難点だ。
「はぁ……はぁ……。一先ずしのいだ……が」
殲滅したばかりにも関わらず、また追加でモンスターが部屋に入ってくる。
そう、一時的に一掃することに何の意味もない。この戦いに終わりなどないのだ。
ワシの体力が尽き、倒れ伏すそのときまで……。
「いや、状況が変わらないということはないらしい……。まさか悪化するとは……」
ワシがモンスターを倒しすぎたせいなのか、何やら一回り大きい鳥が入ってきた。
この疲労が溜まった状態で、成長した個体を含む群れとやりあうのか……。
「まったく、無理をさせてくれる」
だが、まだだ。ワシのところに成長固体が来たのなら、他は手薄なはず。騎士たちが来てくれるまで持ちこたえれば……。
「花吹雪・三分裂き!」
背後からの奇襲。一瞬で成長固体が落ちた。
「クレイドさん! 無事ですか!」
「ユーリ君か! ありがとう! 君はすぐにそこの梯子を降りて王族のところへ向かってくれ!」
今王族の護衛は騎士2人だけだ。カイン王子も戦えるが、失礼ながらそこまで強くはない。外にモンスターがいたら危険だ。
「ワシなら問題はないよ。ほら、」
騎士たちが駆けてくる。1番隊隊長ライアン・オーラが部隊をまとめて来てくれたようだ。
「陛下! む、クレイド様。王族の方々は既に緊急避難路から脱出されましたか?」
「行ってくれ、ユーリ君。城は我々が受け持とう」
「わかりました! 必ず王族の方々をお守りします!」
そう言ってユーリ君が梯子を降りていく。
「クレイド様、今の青年は? 我々も王族を助けに」
「それは敵の狙いが王族だったら、の話だよ」
「それは……どういう……?」
「彼には念のため王族の下へ向かってもらったが、ワシは敵の狙いは王族ではないとみている。王族が狙いならあんなに街を襲う必要はないし、こんなに城全体に分散して攻撃する必要もないはず」
「それは確かに。とすると敵の狙いは、この混乱に乗じて宝物庫の宝を盗むことですか」
「だと、ワシは考えたが。どう思うかね?」
「ええ、その可能性は高いように思えます。わたしの部下も数人、王族の護衛に向かわせ、わたしたちは宝物庫を見に行きましょう」
道中まだ残っているモンスターを倒しながら、城の地下にある宝物庫を目指す。
緊急避難路があった部屋は城の3階にある。そこから地下まで行くのに、それなりに時間がかかってしまった。
宝物庫までたどり着いたが……、
「何も問題はないように見えますが……」
「……予想を外したかな? これだけ城内が混乱しているのだから、既に侵入されていると思ったが……」
そのとき、上階から異常なほど巨大な魔力を感じた。
場所は……!
「マズイ!? この魔力、中庭の中央塔最上階だ! 敵の狙いは宝物庫ではなく……!」
全力で駆け出す。この際体力がどうなどと言っている場合ではない。
そこだけは襲われないと思っていた。襲っても得はないはずだし、逆に賊本人も損をするはずだと思っていた。
だが、敵がそこを狙っているならば、何をおいても防がねばならなかった。
もう遅いかもしれないが、だからといって向かわないなどという選択肢はない。
ただひたすらに、現場を目指して駆け抜ける。
緊急避難路を騎士について歩く。走りはしない。この先何か危険が待っていた場合に備えて体力は残しておくべきだと、そうお父様に言われた。
この緊急避難路は、街の地下を通り、王都の外まで続いているらしい。そこからどこへ逃げるかは状況次第だが、一先ずは王都の傍の森に身を隠すことになる。
「梯子が見えてきました。わたしが先に上り安全を確認いたしますので、少々お待ちください」
騎士が1人梯子を上っていく。程なくして、合図が送られてきた。
「リリエル、先に行きなさい」
「はい、お父様」
この通路に入るときもそうだったが、私を先に行かせてくれる。私が一番弱く、一番年下だからだろう。
大切にされていることは理解しているが、ただ守られるだけなのは心苦しいものだ。
梯子を上りきる。どうやら王都の西側に広がる森の手前に出たようだ。この森に身を隠すのだろう。
「よし、では森へ向かう。騎士よ、先頭を頼むぞ」
「はっ!」
森に入っていく。整備されていない道を歩くことはほとんどない。走っている訳でもないのに、疲れてきてしまう。
「リリエル、大丈夫か? 少し休憩を」
「大丈夫ですわ、お父様。先を急ぎましょう」
これ以上迷惑はかけられない。もう少し進めば身を隠せる場所が……
「流石レッジ様だなぁ。ホントに来た」
そこにいたのは、ダルマのような形の体を持ち、その柔らかそうにぶよぶよした体の至るところに穴が開いている、奇妙な生き物だった。
全身がピンクという色合い。身長は3メートル程だろうか。ニヤニヤとこちらを見ている。
「モ、モンスター……?」
「だぁれがモンスターだど! おいらは魔王軍四天王が1人、知略のレッジ様の一の子分! 人呼んで、灼熱のフォルボルだど!」
「ま、魔王軍、だと……!」
お父様が慄いている。魔王? そのような存在が本当にいるというのですか……?
「リリエルってのはおめぇでいいのか?」
「え……?」
こちらを見ながらそんなことを言ってくる。私が狙い……? なぜ……。
「リリエルには手を出させん!」
「お兄様!?」
お兄様が剣を抜き、向かっていく。魔王軍というのがどれほどかわからないけれど、何やら立場が高そうな発言があった。そのように無防備に攻撃をしかけては……!
「ああ? なんだおめぇ」
「ぐあっ!」
「お兄様!!」
「カイン!!」
軽く手を一振りしただけで、お兄様が吹き飛ばされてしまった。
「くそっ……! わたしはなぜ……こんなにも弱い……!」
「お兄様、今治します!」
回復魔法をかける。幸いそんなに酷い怪我ではない。すぐに治すことができる。
「おお、その回復魔法! やっぱりおめぇがリリエルだな! じゃ、おめぇは殺すど」
「!!」
回復魔法……? 確かに私は回復魔法が得意ではありますが……。
「リリエルの回復魔法を警戒しているのか。確かにリリエルは回復魔法のスペシャリスト。それを知られているのなら、わからなくはない話」
「まあついでなんだけどもなー。もし来なかったら別に良いって言われてるど。でも来るとしたらこの森の可能性が高いから、ここで待ってろって言われたんだど! 流石レッジ様だなぁ」
ペラペラと話してくれる。私はついでで殺されようとしている……? そんなのは、あまりにも、
「それでは私のこれまでの人生にあまりにも意味がない。だから、フォルボルとやら、私と取引をしませんか?」
「ああ? 取引ぃ?」
「リリエル! 何を!?」
「私の回復魔法があなた方にとって脅威なのでしょう? 逆に言えば、私の回復魔法はあなた方にとっても魅力的なのではないですか?」
そう、取引。ここで私がただ殺されてしまえば、きっとお父様やお兄様、宰相や騎士たちもまた、ついでで殺されてしまう。
どうにかして生き延びなければならない。だが、お兄様があっさりやられてしまったことを考えると、騎士2人では恐らく勝てない。
私が使えるのは回復魔法だけ。こんなことなら、攻撃魔法も勉強すれば良かった。でも、それももう後の祭り。
だから、今使える手札で、何とか……!
「いや、よくわからねぇけども。おいらは言われたとおり、おめぇを殺すだけだど」
そんな……! 別に要らないと拒まれるならまだ言いようはあった。でもこれでは、交渉も何もない。端からこちらの話なんて聞く気がない……!
「さて、んじゃあ行くどー」
のんきな声と共にこちらへ歩いてくる。
「姫様! お逃げください!」
「ここは我々が!」
騎士たちが前に出てくれる。だが、
「邪魔だど」
「ぐうっ!?」「がっ!?」
またしても手の一振りで吹き飛ばされてしまう。
強すぎる……。こんな相手からどうやって逃げれば……。
「おいデカブツ。その人に手を出すな」
「ああ?」
聞こえてきたのは、彼の声。こんなタイミングで来てくれるなんて……!
「ユーリ様!!」
「なんだおめぇは? 次から次へと邪魔ばかりしやがってぇ」
「ユーリ。お前を倒す騎士の名だ。覚えておけ」
そう言って彼は、2本の剣を抜いた。




