第2話 自由に生きる道
「え……?」
驚愕に思わず声がこぼれた。現状に理解が追いつくと同時、フィーを呼ぶために声をあげようとした瞬間、
『ふぉおおおぉぉぉ!! スゴイ!! めっちゃ居心地が良いです!!!』
頭に響く声に力が抜けた。どうやら無事のようだ。
「フィー、大丈夫なの? どうなってんのこれ」
『ご自分のことなのにわからないんですか? あ、これ自動修復もできるっぽいですよ! 欠けた程度なら治せるみたいです! スゴイですねぇ!』
「え? え? なにそれ。スゴイじゃん。俺の体どうなってんだ……」
『どうやら剣を格納、管理するための能力みたいですけど』
「でも父さんの剣は体内に格納なんてできなかったよ?」
父さんの騎士剣を格納しようと試みるがやはりできない。フィーだけ特別なのだろうか。
『うーん。わたしは能力持ちの名剣ですから名剣を保管するための能力なのかもしれないですね。貴重な名剣に傷がついたら修復までできるんですし』
「名剣って?」
『剣には名剣、聖剣、魔剣といったものがあるんですよ。お父様の騎士剣も業物ではあるようですが固有能力がないので通常の剣止まりですね』
名剣とは、人間の域を超えるような職人が作った剣の中に極稀に生まれる固有能力を持つ剣のこと。
聖剣とは、勇者の相棒たる剣に聖女が純粋な祈りをこめることで生まれる強烈な聖属性を持った剣のこと。
魔剣とは、名剣の一種だが手にした人間に悪影響を及ぼしかねない強力な能力を持っているもののこと。
そうフィーが説明してくれた。
「え、じゃあフィーみたいなきれいな剣が他にもあるってこと?」
『キレイだなんてそんなぁ、うふふ』
体内からフィーを取り出そうと意識すると、手からスルリと出てきた。しっかりと握り落とさないようにする。その輝きは変わらない。
「うん、やっぱりすごくきれいだ。他にもあるんだったら見てみたいなぁ」
『わっかりました! では旅に出ましょう! きっとわたしのように各地に名剣が収められているはずですよ!』
各地に収められているのか。昔の人たちの風習か何かかな。
「そうしたいのはやまやまなんだけどね。俺の実力じゃあすぐにモンスターにやられちゃうよ」
『では鍛えましょう! 安心してください! わたしが剣の扱いを教えてさしあげます!』
「え、そんなことできるの?」
『もちろんです! わたしは剣ですからね!』
微妙に理由になっていない気もするが別に良い。剣の扱いを教えてもらえるなんて。それは俺がずっと望んでいたことだった。
(ユーリ……自由に…………生きろ……!)
父さんに言われてずっと考えていた。俺はどう生きたいのか。目標がなければ自由に生きるも何もない。
考えて出た結論は、
(俺は、騎士になりたい)
父さんは誇り高い騎士だったらしい。礼儀正しく、忠誠心篤く、努力を怠らず、強い。騎士を引退する原因となったケガも仲間をかばって負ったものらしい。まだまだ成長の途上だったその頃、そのまま成長していれば騎士団長も夢ではなかった、とは母さんの弁だ。
母さんはいつも騎士物語を読んでくれた。とある騎士が成長し、やがて騎士団長となり、強大なモンスターを討伐し、姫と結ばれる。よくある物語らしいけれど、それ以外の物語を知らない俺にそんなことはどうでも良かった。その騎士の強さに憧れた。
だから、
「フィー、力を貸してくれ」
『はい!』
まずは世界を旅しよう。様々な剣を見つけたい。もし叶うなら自分の手にしたい。世界を回り強くなる。そして世界を回ったあとは、父さんのように誇り高い騎士になる。
それが、俺の自由に生きる道。
遺跡から出た。行きは導かれるままに進んでいたから感じなかったが、この遺跡はかなり広い。外に出るのにも時間がかかった。
「そういえば腹が減ってたんだった。すっかり忘れてたよ」
遺跡の前で手持ちのわずかな食料をたいらげる。全然足りないが仕方ない。そもそも食料を手に入れるために森に入ったんだから。
『食料が欲しいんですか? ならそこのイノシシでも狩りましょう』
「え……?」
フィーに言われて初めて気づいた。ほんの10メートル程度離れたところにイノシシがいる。
イノシシと目が合った。と思った瞬間、ものすごい勢いで突進してきた!
「うおおあぁぁ!!?」
間一髪、ぶつかる直前に避けることに成功したがマズイ。狩りの仕方なんて全く知らないぞ!
通り過ぎていったイノシシは振り向いてまた突進してくる。とっさにフィーを鞘から抜いて構えた。
『そんなへっぴり腰じゃダメです! もっとしっかり構えてください!』
「そ、そんなこと言ったって!」
そんな言い合いをしているうちにイノシシは目前まで迫っていた。
「わああぁぁ!!」
目をつむりフィーを突き出す。俺にできたのはそれだけだった。
いつまでたっても痛みがこない。恐る恐る目を開けると、そこには。
頭を貫かれて絶命しているイノシシがいた。
「え……?」
『もう、マスターはダメダメですね! これは鍛えがいがありそうです!』
技も何もないただ触れただけのような攻撃。それだけで完全に貫いたっていうのか。
イノシシの突進の勢いもあったとはいえかなりの切れ味。名剣の名はだてではないということか。
『さあ、焼いて食べましょう!』
「ふふ、フィーは食べれないでしょ。何でそんなに元気なのさ」
倒れたイノシシを見る。とても大きい。父さんは剣を振ることすらできない体でこんな奴を狩っていたのか。
理解していたつもりだった。イノシシの大きさだって知っていたはずだ。こんな奴が突進してくるんだから危険であることはわかっていたはずだった。
何もわかっていなかった。イノシシの怖さも、命の危険も、父さんの偉大さも。
初めて自分で狩って焼いた肉は、とてもおいしかった。
『まずは素振りですよ! どんどん振って剣を体の一部にしましょう!』
翌日から早速フィー先生の指導が始まった。言われるままに剣を振るう。
『腕だけでふっちゃダメです!』
『手に力を入れすぎです! 手首は柔軟にしておかないと打ち合ったときに折れちゃいます!』
『疲れてきたからってテキトーに振らないでください! 疲れたときこそ丁寧にです!』
数日間、ひたすら素振りを続ける。素振りだけなら形になってきたんじゃないだろうか。
『まあまあ良い感じですね! なら今日からは走りながら振っていきましょう!』
「ええ……」
『棒立ちでただ振るだけなんて誰でもできます! 実戦剣術を鍛えるのです!』
走る。走る。振る。振る。走りながらしっかり振るのはかなり難しい。
『力が逃げてますよ! 走る勢いも乗せてください!』
『フォームが崩れてます! それじゃモンスターの硬い皮膚は斬れませんよ!』
『振るたびに足を止めないでください! その隙を突かれますよ!』
そんなこんなで1年、基本を繰り返し続けた。
『最低限振れるようになりましたね! じゃあもっといろんな振り方をしましょう!』
「いろんな振り方?」
『上段、中段、下段に構えてからの移行や突き、斬り上げ、回し斬り、覚えることはいくらでもありますよ!』
「まあわかるけど。回し斬りなんて使うことある?」
『モンスターに囲まれたとき、後ろを素早く斬りたいとき、回転の勢いをのせたいとき、使い道はいくらでもあります! でも隙が大きいのでキチンと扱い方を覚えて隙を消すのです!』
「なるほどなぁ」
そんなこんなで更に2年、練習を繰り返し続けた。
『必殺技を作りましょう!』
更に2年
『お父様の騎士剣のような両手剣の扱いも覚えましょう!』
更に2年
『両手に1本ずつ剣を持って戦う術を覚えましょう! とりあえず棒で代用してもいいので!』
更に3年
『大体教え終わりましたかね! では旅に出発です!』
「ついにか……」
剣の時間感覚はもしかしたら人間とは違うのかもしれない。もしくはフィーは思ったより完璧主義なのか。
ユーリ、17歳。10年の修行を終えて、旅に出る。
次回から旅が始まります。