第26話 ギャングの正体
「お兄さん! 無事ッスか!?」
「エイミー……。助かったよ……」
「非常用の飲み水として、水の石を持ってて良かったッス。普段から念のため持ってるようにしてるんスよ」
あの水は魔法の石で出したものだったか。もし意識が飛んでいたら間違いなく潰されていた。ギリギリだったな。
『マスター……。ごめんなさい、わたしが提案した作戦のせいで……』
(フィーのせいじゃない。ワンパターンで攻めていればばれることくらい予想するべきだったんだ。俺の油断が招いた結果だ)
『……ケガは大丈夫?』
(流石に大丈夫とは言いがたいな……。骨も折れてると思うし、背中の傷も広がってる気がする。これ迷宮から出られるか……?)
「お兄さん、とりあえず服脱いでくださいッス」
「は?」
エイミー、いきなり何を言い出すんだ……。
「応急処置には慣れたもんッス。せめて怪我の状態確認と背中の止血くらいはしておかないと」
「あ、ああそういうことか」
ビックリした。だが応急処置はありがたい。特に止血は早くしておくべきだろう。
服を脱いで、怪我の状態を確認してもらう。
「ほぁ、やっぱりスゴイ鍛えてるッスね……」
「エイミー?」
「あ、すいませんッス! すぐに処置するッス!」
手早く背中の止血がされる。死に至るほどではないとはいえ、流石に血が流れすぎたかもな。
「これ、どうッスか?」
わき腹をぐっっと押される。
「いだだだだ!!? 痛い痛い!」
「うーん、やっぱり折れてるッスね。というかむしろよく折れるだけで済んだッスね。あたしならお腹が潰れてぺちゃんこになってそうッス」
「まあ結構鍛えたからなぁ」
10年間、他に何もせずひたすら修行していた。しっかり鍛えていなかったら死んでいたかもしれないと思うと、10年という期間も大切だったと思えるな。
「とりあえず処置はしたッスけど安静にしてくださいよ? 結構な大怪我ッス」
「ああ、迷宮から出たら少し休むとするよ。今はお前の母親を助けないと。というか助かったけど、何で戻ってきたんだ?」
「お兄さんだってボロボロなのに1人だけ戦わせて逃げるのは流石に嫌だったんスよ。一緒に戦っても足手まといだけど、何かできないかと思って離れて見てたッス」
「そうか。実際助けられたしなぁ。ありがとうな」
「いいッスよ、お礼なんて。助けてもらってるのはこっちッス。お母さんはあっちにいるはずッス。行きましょう」
俺もエイミーの母親の場所は感知している。だがこの気配……。覚悟しておくべきだろう。
連中のアジトは、迷宮内の通路に扉をつけて区切り、ある程度の範囲を囲った簡易的なものだった。
範囲内の部屋にも扉がつけられ、私室や食堂など、用途ごとに使えるようにしているようだ。
その中の一室、鍵のかかった扉の中から気配がする。
「ちょっと待ってください……。よし、開いたッス」
手際よく鍵開けがされる。器用なもんだ。
「お母さん!」
部屋に入ると、簡易ベッドに寝ている焦げ茶と紫が混じった髪色の女性がいた。かなりやつれている。顔色が悪く、目の前にいるのに消えてしまいそうなほど気配が弱弱しい。
「エイミー……? エイミーなのね……?」
「そうッス、お母さん! 大丈夫ッスか!?」
「エイミー……。良かった、無事なのね」
「お母さん?」
大丈夫かという問いに答えてくれない。やはり……。
「最期にあなたの顔が見られて良かった……」
「最期ってなんスか!? 大丈夫ッス! ギャング共はこのお兄さんが倒してくれたッス! 助かるッスよ!!」
「まあ……! あのザグルドを倒したの……? スゴイ人なのねぇ」
何をのんきなことを。そう言いたくなるのんびりした口調。だが、したくてそんな口調な訳ではないのは一目瞭然。ゆっくり話さないとまともに話すことすらできないほどに、弱ってしまっている。
無理もないだろう。ただでさえもともと病気がちだったと聞いている。その上、娘の重荷になっているストレス、迷宮で悪性魔力に晒される、何一つとして体調が良くなる要因がない。
「すいません、お顔を良く見せていただけますか……?」
「はい」
「ありがとうございます……。娘を助けていただいて……。おかげでこうして最期に娘と会うことができました……。このまま娘と会えずに最期を迎えることだけが怖かった……。ありがとうございます……」
「いえ、わたしは当然のことをしただけです。娘さんが頑張ったからこそ、こうして再会が叶ったのです。褒めてあげてください」
「ふふふ、そうですね……。エイミー、強くなったのね……。お母さん感心しちゃった……」
「強くなんか……ないッス……。お母さんがいなきゃ……あたしは……!」
「ダメよ……。やっと幸せになれるんだから……。ちゃんと強く生きなくちゃ……」
「お母さん……!!」
震える手を何とか持ち上げてエイミーを撫でながら、こちらに顔を向けた。
「1つ、頼みごとをしても良いでしょうか……?」
「はい、何でもおっしゃってください。わたしの全力を以て叶えてみせます」
「どうか、娘を、よろしくお願いします……」
それだけ伝えると、エイミーを撫でていた手から力が抜け、落ちる。
その手が上がることは、もう二度となかった。
「お母さん……! お母さん!!」
落ちた手を握り、エイミーは涙を流した。俺にできるのは、ただそばで見ていることだけだった。
「大丈夫か?」
「はいッス。もう大丈夫」
「もっとここにいても良いんだぞ?」
「いえ、いつまでもお母さんに情けない顔を見せてはいられないッス。強く、生きないと」
親から託された最期の言葉。それはとても重い。
母の死を乗り越えて強く生きる、辛いことだ。それを強制するあの言葉は呪いでもある。しかし同時に、折れずに生きるための支えにもなる。
大丈夫だ。ここで折れずに前を向けるなら、これからも生きていける。
母親の遺体は申し訳ないが、一度袋に入れさせてもらおう。きちんと上で埋葬しなければ。
「上に戻ったら、あたしは自首するつもりッス」
「お前は母親を人質にとられていた。ギャングの生き残りにちゃんと証言させるから、なんとか無罪にしてもらえるように……」
「いえ、あたしが盗みを働いたり、ギャングが待ち構えている場所に誘導して死なせてしまったりしたのは事実ッスから。きちんと償います」
「……そうか」
意志は固いようだ。だが、ギャング共に証言はさせる。実際無罪にするのは難しいだろうことも確かだ。できる限り軽い罪になるように、減刑を願おう。
「とりあえず、このアジトを探索しよう。何か重要なものが見つかるかもしれない」
「重要なもの? 証拠なんて本人たちがいれば充分なんじゃないッスか?」
「いや……」
エイミーの過去の話を聞いたときから、いくつか疑問がある。それを解決する手がかりがあるかもしれない。場合によっては、これで事件解決ではないかもしれないのだ。探索は必須だろう。
「まあ、良いッス。手分けするッスか?」
「いや、お互いボロボロだしアジトが安全とも限らない。ここは一緒に行こう」
「了解ッス」
アジトの探索を開始する。
そんなに広いアジトではない。迷宮内に無理矢理作っているから当然だな。探索にそう時間はかからなかった。
そして、
「ここが最後ッスね。鍵がかかってるッス」
「何でもない部屋に鍵をつけたりしないと思うし、重要な部屋かもな。開けてみてくれ」
「はいッス。んー……良し、開いたッス」
中に入る。他の部屋より幾分住み心地が良さそうだ。1人部屋のようだし、恐らくは
「ザグルドの私室、か」
まるで書斎のような部屋だ。本棚には本やファイルが詰められている。ファイルはきちんと古い順に整理されているようだ。あいつ、几帳面だったのか……。
一年前のファイルを見てみる。もしかしたら、突然迷宮に来た理由がわかるかもしれない。
そして、それを見つけた。
「なっ!? 馬鹿なっ!!?」
「どうしたッスか?」
「これ……見てみろ……」
「えーと? 組織の人員の全てを連れ、迷宮内に拠点を移すことを命じる。その後、迷宮から一度も出ずに生活すること。今までと同様、換金可能な価値あるもの、もしくは金そのものを集め、納める活動は継続せよ。ゴーグ・ラピス……!!」
「貴族の紋章が押されている命令書、恐らくラピス家のものだ。俺は貴族には詳しくないが、ラピスという家名からして、ここの領主だろう。貴族の命令で動いていたなんて、こうして証拠がなければ信じられん……」
「見たことはないッスけど、確かこの街の領主様は良い人だって街の人が言ってたはずッス……。これはどういうことッスか……?」
だがこれで疑問に答えは出た。
まず1つ。ギャング、ザグルドがスラムの王として君臨していた頃、スラムの住人が訴えてものらりくらりと煙に巻き捕まらなかったとエイミーは言っていた。だが、普通に考えてのらりくらりと煙に巻くなんてできるわけがないんだ。証人までいるんだから。
恐らく貴族の、領主の口ぞえがあったんだろう。その者たちはわたしの命令でスラムの調査をしていたのだ、悪者ではない、などと善人だと思われている領主が言えば、スラムの住人とどっちの言が信じられるか。考えるまでもないだろう。
もう1つ。エイミーが迷宮で盗みを働いていたとき、やむを得ない場合を除き、ギャングの下に連れて行かずに逃がしていたと言っていた。だがそれなら、今までエイミーが捕まらずに活動できていたのはおかしい。逃げた被害者は間違いなく事件を報告するはずだからだ。
だがこれも、領主の後ろ盾があるならば説明できる。被害者が報告する先はまず間違いなく迷宮の受付だからだ。迷宮の管理をしている組織を運営しているのは領主だ。領主が事件をもみ消していた場合、エイミーがやったことが明るみに出ることはないだろう。
もしかしたら、せっかくエイミーが逃がしたのに、被害者たちは消されている可能性すらある。いや、ほぼ間違いなく消されている。
これは……エイミーには言わない方が良いだろうな。自分のせいで人が何人も消されたなど、罪悪感に潰されかねない。ただでさえ母親のことで精神にダメージがあるはずなんだから。
そういえば、探索者カードを作ったとき、迷宮内での犯罪行為は街をあげて対処するから報告して欲しい、なんて言っていたな。果たしてあの受付嬢は実態を知っているのだろうか。上司に報告したら、対処するから業務に戻れ、なんて言われて従っていただけとも考えられるな。組織のどこまでが黒なのかはわからない。
さて、これをどうするか、だ。もちろん訴える。訴えるが、この街の中で伝えて果たしてきちんと対処してもらえるのか。王都まで持っていって陛下に直接お伝えした方が良いのでは。
街のどこまでが領主の手の者で、誰が信頼できるのかがわからない。一度事件については秘密にして王都に持ち帰って……。
ああ、いや駄目だ。この後ギャングの残りを連れて迷宮を出なければならない。その時点でギャングを倒したことはばれてしまう。間違いなく領主に目をつけられる。街から出られるかも怪しい。
これは……。この街の騎士に懸けるしかない、か。各都市には、領地経営の監視と補助のため、王都から騎士が派遣されている。王都勤めの騎士団5部隊とは別に、騎士がいるってことだ。
迷宮から出て受付に簡単に説明、騎士に報告するからと言って迷宮ドームを出る。その後、街内の騎士の詰め所に行き事件の全容を報告する。
これしかない。もし騎士が領主に取り込まれていたら終わりだ。全力で逃走し、王都を目指すしかなくなる。
方針は決まった。迷宮の出口を目指そう。




