第25話 花開き散る
「さて、リーダーは倒れた。お前らはどうする?」
残っている連中に問いかける。まだ幹部も全員残っているし、戦うことになるか。
腕の疲労も大分溜まってきている。かなり重い。この先に強化されたモンスターがいることを考えると、もうあまり技は使えないな。
「降参だ」
幹部の1人がそう言って座り込む。
「なに? まだ幹部が全員残っているんだから、かかってくるもんかと思っていたがな」
「俺らはザグルドさんの強さが恐ろしくて、そしてそれ故にザグルドさんについて行けばおいしい思いができると思ってここまで来た。大体はそういう連中だ。ザグルドさんが死んだらもうやっていけねぇさ……」
「逃げる気か?」
「いや、逃げたって迷宮の入り口は通らないとならねぇ。俺らはもう1年もここに篭ってるんだ。とっくに死んだ扱いになってる。それが出てきたら今までどうしていたのか取調べを受けるだろう。どの道捕まるんだ、自首して少しでも減刑してもらえるように祈るさ」
「そうか。なら俺は奥へ向かう。お前らは戻ってきてから連れて行くから、ここで待っていろ」
「ああ、了解だ……」
エイミーが心配だ。背中の傷も痛むがそんなことを気にしていられない。急ごう。
「あ、1つだけ聞きたいんだが……」
ヴモオオオォォォ!!!
自分が奴に認識されているのを確認してから、走り出す。
思ったより速いとはいえ、全速力でなければ逃げ切れないという程ではない。
ある程度余裕を持って通路を駆け抜ける。
「一番近い部屋は……こっちッスね」
まずは部屋へ誘導する。別のモンスターと挟み撃ちになるのが怖い。
「このままなら、案外余裕で逃げられそうッス」
部屋も近づいてきて、気持ちにも余裕が生まれてきた。
だから油断した。
奴が一度停止する。そしてググッと足に力をこめて、
さっきまでとは比較にならない速度で走り出す!!
ヴヴモオオオオオォォォォ!!!
「きゃあっ!?」
咄嗟に足を全力で回し、壁を駆け上がる。
直後に自分のすぐ下を奴が駆け抜けていった。
「あ、あっぶないッス……!一瞬遅れてたらミンチになってたッス……」
これだけ巨大な気配なのだ。一筋縄でいく訳もなかった。他にも妙な技能を持っている可能性がある。気を引き締めなければ、一瞬で潰される。
「行き先をふさがれてしまったッス。別の部屋を目指さないと……」
来た道を引き返す。この先の道も把握できているが、この方向だと彼と離れてしまう。できれば逆に進みたかった。
だが、わがままを言っている余裕はない。今はとにかく詰みの可能性を少しでも下げるために、部屋を目指す。
少し経って、部屋が見えてきた。今度こそ油断せず部屋を目指す。
奴が止まった。
(また来るッス……!)
だが、さっき見た攻撃だ。この後爆発的な加速で突進してくるのはわかっている。
だから、奴の突撃に合わせて、壁を登る!
(このまま壁走りで部屋に跳び込むっ!!)
結果、奴と同時に部屋に入る。足下を奴が駆け抜けて行くのを見ながら、床に降り立つ。
奴と向かい合う形になった。
「はぁ、はぁ。流石にこれだけ全力で足を回すとキツイッスね……」
何とか部屋に入ったは良いものの、少し疲労が溜まってきている。このままだと動けなくなってやられてしまうだろう。少し体力を節約しなければ。
ヴヴモオオオォォォ!!
相変わらずの突進。正面から来るのを、横に走り回避。
奴はグッっと足に力を入れて停止すると、こちらへ向き直り突進してくる。
壁際で回避してやると、そのまま壁に激突した。
「少しはダメージになったッスか?」
その期待とは裏腹に、なんでもないように向き直り突進してくる。
「駄目ッスか……!」
その突進を回避し、奴の背に向けて投げナイフを投擲してみる。
が、全く刺さらない。傷をつけることすらできずナイフは床に落ちた。
「固すぎるッス! あたしじゃ倒すどころか傷つけることさえ困難ッス……」
手に持った短剣で直接斬れば、多少はダメージになるだろう。だが、そんなかゆい程度のダメージを与えるために、自分の命を懸けるのでは、流石に釣り合わない。
(このまま逃げ続けるしかないッスか……)
いつまで回避し続ければ良いのか。それさえわからないまま、ただひたすらに避け続ける。
と、奴が足に力をこめているのが見える。
また来るか、と思った瞬間、
ヴヴモオオオォォォォ!!!
跳んだ。天井すれすれまで。そして器用に天井を蹴って、急降下してくる!
「くうっ!!」
直撃は避けた。にもかかわらず、その衝撃と砕けた床によって吹き飛ばされ、体を打ち付ける。
「ぐっ……」
痛い。砕けた床に打たれたところから、血が流れている。
が、倒れている場合じゃない。急降下から立ち上がった奴が再び突進してきている。
「っ!!」
なんとか横っ飛びに回避。一回転して立ち上がる。一瞬ふらついた。疲労と傷でかなりきつくなってきている。
(まだ……まだッス……! きっともうすぐ助けに来てくれる……!)
更なる突進を回避。もうただの突進を避けるのさえ、ギリギリになってしまった。いよいよ限界が近い。
そのとき、
(! 気配が近づいてきてる……! 無事だったんスね……! 来てくれた……)
あの人の気配がまっすぐこちらへ向かってきているのを感じる。
良かった、これで助かる。そう安心してしまったせいで、足から力が抜けた。
(あ……)
その瞬間を待っていたかのように、奴が突進を開始する。
避けられない。そして、自分の体はこんな奴の突進を耐えられるほど屈強じゃない。
あの人の気配は大分近くまで来ているが、流石に間に合わない。
これは、もう、駄目だ……。
(すいません。せっかく助けに来てくれたのに。お母さんをお願いします……)
目の前に牛の巨体が迫っている。諦めて目を閉じた。
エイミーの気配は感じていた。そしてそれに迫る巨大な気配のモンスターも。
足に力をこめる。
そして、道中で箱から入手した魔法の石を背後に投げる。
「徒花・鏡花水月!!」
幻を残すほどの速度で駆け出す。
直後、
ドゴオオオオオォォォォン!!!
背後で爆発。爆炎に背を焼かれながら、その勢いを借りて更に加速。
「エイミィィィィ!!!」
驚いたように目を開けたエイミーを抱きかかえ、跳び退く。
背後を牛のモンスターが勢い良く駆け抜けていった。
「お、お兄さん!? どうやって……」
「途中で拾ったあの石が、爆破魔法の石だったんだ。だから爆風の勢いも使って跳んできた」
「そんな無茶苦茶な! それに何で石の魔法がわかったんスか?」
「敵の幹部が教えてくれた。見れば石に込められてる魔法がわかるらしい」
「何で敵とそんな……」
「話は後だ! また来るぞ!」
エイミーを抱きかかえたまま牛の突進を回避。よく見ればエイミーはボロボロだ。さっき回避できていなかったし、相当疲労が溜まっているようだ。
「エイミー、俺が引きつけるから、お前は逃げろ」
「残っても足手まといッスよね……。すいません、後はお願いするッス。あ、でも奴の攻撃方法は教えときたいんで、もう少しこのままで」
足に力をこめて高速体当たりとジャンプからの急降下ね。他にもあるかもしれないが、基本は砂漠のゴーレムに近そうだな。
「高速の突進の後に止まっていたりはしないのか?」
「いえ、すぐに向き直って突進してくるッス」
そううまくはいかないか。一先ずエイミーを逃がそう。
再び突進を回避。奴の背を見送りながらエイミーを降ろす。
「行け! 母親のところで待ってろ!」
「はいッス!」
エイミーが奥へと走っていく。振り返った牛はどうやらエイミーを狙っているようだ。
「俺から目を離すなんて、余裕だな?」
エイミーに向かって突進を始めた奴の横から斬りつける。
(かってぇな……)
一応血が出る程度には斬れたが、全く命には届きそうにない。どうするか……。
ヴモオオォォォ!!
斬られて怒ったのか、こちらをターゲットにしたようだ。これで良い。
両手持ちにしたフィーの花吹雪ならそれなりに削れそうだが、それで落としきれるかというと微妙なところだ。既に腕の疲労も無視できないレベル。何度も斬りつけて削っていく作戦はこちらが不利だろう。
やはり大輪牡丹で真っ二つにしてやるのが勝ち筋。何秒溜めれば良いのかわからないが、どうにかして溜める隙を作らないといけない。
一度突進を回避すると、通り過ぎて、振り向いて、次の突進というプロセスをはさむ。その突進を回避しないなら、約4秒時間がある。4秒か……。心もとないな……。
突進を回避。尚も思考を続ける。
鏡花水月で距離を取ったらどうだ? 突進を回避するとき、すれ違うように鏡花水月で移動する。奴が振り返った後、突進する距離が伸びるはず。
『それでも稼げて1秒でしょうね。5秒で斬れるかの勝負になりますが……』
『……微妙』
そう、5秒でも微妙だ。できれば7秒、贅沢を言うなら10秒欲しい。
奴が足に力をこめている。高速で突進してくるか。
ヴモオオォォォ!!
回避。そして振り向くまでの時間を数える。
(駄目か。エイミーの言っていた通り、通常と変わらない速さで振り向いてくる)
再びの突進を回避。いい加減背中の傷が痛い。さっきの爆発で更に傷が広がっている。そろそろ打開策が欲しいが……。
『マスター、例えばですけどあの牛の足に傷をつけたら遅くなったりしないですか?』
(なるほど、試してみるか)
突進してくるすれ違いざまに左前足を斬る。傷がついた。
(よし、これを繰り返そう)
腕は重いが、技を使わなければまだもつ。再びの突進に合わせて左前足を斬る。
ヴモオオォォ!!
苛立ったように声を上げているが無駄だ。5度目、奴の動きも目に見えて遅くなってきた。そろそろいけるか。
(次、斬ったら決めに行く)
一つ覚えの突進。また合わせて左前足を……
斬る寸前、奴が止まった
「なにっ!?」
そしてこちらへ向きなおり、
ヴモオオオオオォォォォォ!!!
「がはっっ!!?」
『マスター!!』
直撃。意識が遠のいていく。これは……まずい……。
「お兄さん!!」
意識がなくなる寸前、顔にかかる水で覚醒。すぐさま起き上がる。
「ああ……ちょうど良く距離が開いた……」
奴の速度が遅くなっているのは間違いない。そして今、吹き飛ばされたことで、かなり距離が開いている。
リィンを鞘に収める。フィーを両手に持ち、上段に構える。
力を溜める。奴がこちらに向きなおる。足の傷が効いているのか向きなおるのも時間がかかっている。
力を溜める。奴が突進を開始。最初に比べると、その速度は半分にも満たない。
力を溜める。10秒、もう目の前だ。図らずも完璧なタイミング。
「開花・大輪牡丹……!!」
花開き、そして散る。後に残るのは、奴が倒れた音だけだ。




