第21話 闇に射し込む希望
今日も迷宮の入り口で獲物を探す。やりたくはない。けど仕方がない。やるしかないんだから……。
狩りやすそうで、それなりにうまみがありそうな獲物を見定めなくては。
(あの人、良い感じじゃないッスかね)
探索者カードを受け取って入り口へ歩いていく1人の青年。
他は何人かでパーティを組んで潜ることが多い迷宮で1人というのがまずおいしい。そして腰に差している剣。かなり良いものに見える。
あの剣を奪うことができれば、かなりの儲けになるはず。鍛えているのは見て取れるが、隙を見て不意打ちすればきっとやれる。無理だったら仕方ない、例の場所に誘導する。
(1人なら荷物持ちが雇ってもらえる可能性も高いし、あの人に決めるッス)
ただの荷物持ちを装って声をかけた。
「あ、そこのお兄さん! ちょっと待って欲しいッス!」
最近あまり食事をとれていない。1日1食は当たり前、酷ければ3日に1食なんてときもある。
仕方がないことだ。今のあたしの状況で、贅沢なんて望むべくもない。
(良いッスね、昼食なんて。最後に昼食をとったのはいつだったッスかね……)
「おお、豪勢ッスね」
思わず嫌みが出る。こんなことを言っても仕方がないのに…。
「半分食って良いぞ」
「え?」
もらってしまった。良いのだろうか。
「干し肉とかの保存食も持ってるから大丈夫だ。1人だけ目の前で食って腹すかせた子を放置なんてできる訳ないだろ……」
どうやら子供だと思われているらしい。腹すかせた子が目の前にいたら自分の分の食料を分ける。それに何の疑問も持っていないようだ。
(良い人、なんでしょうね……)
おいしい……。こんなにおなかいっぱいになったのはいつ以来だろう。思わず更にねだってしまった。笑って追加の食べ物をくれる。
「ん? 俺が開けて良いのか? 見つけたのはエイミーだろ?」
そんなことを聞くのはこの人くらいだ。迷宮の荷物持ちなんて、最悪囮にして逃げれば良いと考えるのが普通。なぜなら荷物持ちなんてやってる奴はスラムの物乞いをしてるような連中だと決まっているからだ。
いなくなっても誰も悲しまない。犯罪になることなんてありえない。迷宮探索のおこぼれを狙う薄汚いハイエナ共。
なぜこんなに良い人なんだろう。やめて欲しい。あたしの汚さが浮き彫りになる。これからやることの罪悪感で押しつぶされてしまう。
4階に入った。人も少なくなったし、隙を見て奪いに行こう。
少し傷をつけて動揺しているところで荷物を奪う。いままで何度もやってきた。
大丈夫、やれる。この人が良い人なんて関係ない。やるしかないんだから。
気配を感知してわかっていたが、モンスターが出てきた。ちょうど良く近くに人がいないことも確認済み。
懐に隠したナイフはいつでも抜けるように。隙を見せたら一気にやる。
と、思っていたのに、
(つ、強すぎるッス……!)
針トカゲは確かに平均的な探索者でも倒せるモンスターだ。
だが、その背中は硬く、下手に攻撃を加えようものなら弾かれている隙に針を飛ばされて串刺しになる。
離れて攻撃しようとしても、針飛ばしは見極めが難しいため、大げさに回避せざるを得ず、なかなか攻撃に移れない。
決して倒せなくはないが、面倒くさい相手だ。そのため、いくらでも隙を晒してくれると思っていた。
なのに結果は、針を最小限の動きでかわしてそのまま両断。一瞬で倒してしまった。
(この強さ、とてもあたしがどうにかできる相手じゃないッス……! ならあの場所に……。でもそれだとこの人が死んでしまうッス。こんなに良い人が、あたしのせいで……?)
どうしよう。剣だけ奪おうと思っていた。それでもこの人から奪う罪悪感は大きかったが、まだ仕方ないと言い訳できた。そうしなければいけない理由がある。
でも、この人を死なせてしまうと考えると、罪悪感が更に大きくなる。それでもやらなきゃ……。もう今月の期限まで時間がない。間に合わなければきっと……。でもこの人を死なせてしまう……。
(どうしよう……。どうしよう……!)
たまに出てくるモンスターが作業のように倒されていく。こんな浅い階層のモンスターではこの人に隙を作ることさえできない。
悩んで答えが出ないまま、完全に記憶した道を辿って5階に降りた。
あの場所は7階にある。7階に着くまでに覚悟を決めないと。
5階まで来た。抜いたままにしているリィンの能力で周囲を探る。どうやら大分人が少なくなってきたようだ。感知範囲に人の気配がない。
4階の途中からエイミーの口数が明らかに少なくなった。何か悩んでいるのは明らかなんだがな。ナイフを抜こうとしてやめる、を繰り返しているし、俺を襲おうとして迷っているのだろうか。
迷うということは、この子が根っからの悪人ではないことを意味する。じゃあそれでも襲おうとする理由は何だ?
腹が減っていたのは明らか。服もほつれが目立つし、金がないんだろう、というのは予想がつく。
荷物持ちの仕事があまり稼げず、金に困って盗賊行為をしようとしている? 今のところそれが最有力だろうか。
(ん? この道をそのまま進むんだろうか。俺は多分大丈夫だが……)
この先、少し広めの部屋がある。部屋自体はこれまでも何度か通っているし、そういう構造の迷宮なんだろう。問題はその部屋にモンスターが集まっていること。ざっと20体。
俺1人なら何の問題もなく倒して進めるだろう。だが、エイミーの戦闘力が未知数だ。もしパニックになって逃げ出してしまうようなら、流石に守りきることができない。自己申告通りの全くの無力というのは考えにくいが、さて。
(この先、モンスターが集まってるッスね)
気配を感知する。スラム生活で身に着けた特技だが、迷宮探索にはすこぶる相性が良い。
(20体ってとこッスか。あれだけいればこの人も隙を見せてくれるッスかね?)
あの数は自分にも危険がある。だがこの人を死なせないためだ。逃げ足には自信があるし、なんとか……。
そのまま進んで、モンスターが集まっている部屋が見えてきた。ご丁寧に扉が閉まっていて、中が確認できない。
が、自分の感知によれば、この扉は罠だ。中にモンスターも集まっているし、間違いない。
(これ、恐らく入ったら閉じ込められるタイプの部屋ッスね。5階からはランダムで罠が発生するッスけど、最悪の形ッス……)
とはいえ部屋の目の前まで来て引き返すのは罠だと確信していなければ不自然か。行くしかない。せめて警告だけはしておこう。
「5階からはランダムで罠が発生するッス。こういう閉まった扉は閉じ込める罠の可能性があるッス。中にモンスターがいっぱいいることもあるッスから、気をつけてくださいッス」
「罠か。なるほど」
(全く驚かないッスね。罠の中には踏んだら死に直結する物もあるッスけど、知らなければこんなもんッスかね)
部屋に閉じ込められた状態では、自慢の逃げ足も生かせない。この人に守ってもらうしかない。
(短剣ならそこそこ使えるッスけど、カモフラージュのために袋に隠してるッスからね。取り出したら怪しいし、戦う術がないのは不安ッス……)
後ろについて、部屋に入る。中にいたのはコウモリの群れだ。部屋中を飛び回る厄介な相手。
後ろで扉がひとりでに閉まる。やはり罠。扉が閉まるのと同時に、コウモリたちが部屋を飛び回り始めた。
「俺のすぐ後ろについて、離れるなよ」
「は、はいッス……」
頼もしい言葉。それから始まった戦闘を、あたしはただ呆然と見ていることしかできなかった。
「花吹雪・三分裂き」
右手の直剣が閃いたかと思うと、3匹のコウモリが落ちる。
その隙に襲ってきた2匹を、1匹を回避しながらもう1匹に左手の短剣を突き刺して処理。
ばらばらでは簡単に落とされると見たコウモリが、7匹一斉に向かってくる。その直後に9匹が同時に来る体勢。頭が良い。7匹で隙を作らせ、そこを本命の9匹で仕留める作戦のようだ。
そんな小細工に意味はなかった。
「しゃがめ」
その声に反射的にしゃがんだ直後、頭上を風が通り過ぎた。
どうやら回転して、全てなぎ払ってしまったらしい。7匹を一度の回転で? なんて技術なんだろう。
その隙を突いたはずの9匹も、隙などないと言わんばかりに、3匹を回避しながらなぎ払った。恐らく剣の軌道に巻き込めない奴だけ回避して、残りを両断したんだろう。
残った3匹なんて相手になる訳もない。間もなく落とされた。
ここまでの道中で理解していたつもりだった。この人は強い。今まで見たことがないレベルで。
まだ認識が甘かった。強すぎる。あたしの想像力では、この人が傷ついているところを想像することすらできない。
この人なら、もしかしたら。あの連中すら倒すことが……。
闇に覆われたようだった視界に一筋の希望が見える。それにすがらずにいられるほど、あたしは強くないし、余裕もなかった。
「すいません。ちょっと良いッスか?」
「ん? どうした?」
あたしはこの人を襲おうとしていた。そんなあたしが頼みごと? 恥知らずにもほどがある。
でも、それでも。もし可能性があるのなら。どんな対価を要求されたって良い。だから、
「お母さんを助けてください」
そう言って、あたしは頭を下げた。
エイミーがまるでユーリが世界一強く優しいかのように言っていますが、当然そんなことはありません。エイミーが今まで見てきた中では、ということですね。
例えば、バルドたちがこの場面に遭遇したとしたら、やはり食料を分けるでしょうし、宝は本当にもらって良いのか聞いたでしょう。




