第196話 荒れ狂う術
立ち上がる。全身が焼け、今までに感じたことがないほどの痛みを発している。雷魔法の直撃を受けたせいで体が痺れ、力が入りにくい。
それでも立ち上がる。倒れてなんていられない。諦めるなんて、そんな道は最初からないんだから。
「ほう、ユーリとまではいかずとも、あなたも頑丈ですね」
何となくわかってきたことがある。恐らく、レッジの魔法はわかりにくいように魔法を唱えているだけで、発声はしている。
いつ発動するのかまではわからないけど、こいつが何か話し始めたら気をつけないといけない。その話す内容に隠して魔法を使うかもしれないから。
「とはいえ、いくら頑丈でも限界はあるでしょう。楽にして差し上げますから、大人しくしていてください」
来た。いつ来るのかわからないなら、話している間ずっと動き続ければ良い。
急に噴き出す炎を避けて、高速で撃ち抜きに来る雷も避けて、行く手を遮る炎の壁を跳び越えて。
「おや、バレてしまったようですね」
避けられる。これならやれる。あとはタイミングを見て……。
「では、いちいち隠蔽するのを止めましょう」
どみかひふらからどふひかみみどら
数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに、大量の魔法がばら撒かれる。
らふかひみふらひらどふからふひふ
部屋中を埋め尽くし、炎が、水が、風が、土が、氷が、雷が、一斉に襲ってくる。
もう何も見えない。こんな量の魔法を制御するなんて、どんな頭をしているのか。
これで、あたしの
「流転・幻想立花!」
勝ちだ!
部屋中を埋め尽くす魔法から、分身を囮にして逃げる。分身を打つために使われた魔法の隙間に飛び込み、一瞬の勝ち筋を繋ぎ合わせる。
これだけ魔法がばら撒かれれば、あたしの姿はかなり見えづらいはず。だから、この魔法を壁にして、
背後に回りこんで
「そこで短剣を私の背に突き立てれば、勝ちだと?」
「がはっ!?」
完璧なタイミングで回し蹴りが腹に飛んでくる。読まれていた。
読まれていることなんて、知っていた。
奴の背後から、魔法の間をぬってウィリが飛来する。
そして、奴はウィリの存在を知らない。だって、この時のためにずっと使わずに隠していたんだから。
「ぐっ!? な、に?」
その背にウィリが突き刺さる。初めて与えた明確な傷。そして、初めて奴が晒した明確な隙。
ここで、畳みかける!
蹴りによって吹き飛ばされながら打ち込んでいたワイヤ―ナイフを巻き取る。その勢いで、一気にレッジに接近。その腹に短剣を突き刺す。
「ぐあっ!? く、吹き飛びなさい!」
風魔法が撃ち込まれる。それと同時に、突き刺した短剣を基点にして、
「風弾!!」
奴の体内に風弾を撃ち込む。あたしも風魔法を受けて吹き飛ばされたが、同時に奴に今度こそ大打撃を与えたはず。
壁に叩き付けられながら、前を見る。どうなった。あたしの弱い風弾でも、体内に直接打ち込めば流石に効いたはず。
「ごほっごほっ、ぐっ……内側を混ぜられた気分ですよ……」
効いては、いる。かなり苦しそうにしている。壁に背を預け立っているその姿は、あと一押しが足りなかったことを意味している。
もう切り札は見せてしまった。隠し玉なしでこいつの裏をかけるほど、あたしは頭が良くない。
それでも、諦めない。そんな背をずっと見てきたんだ。
「はぁ、はぁ、そんなボロボロの姿で、切り札を持っていたとは、流石に読めませんでしたね……」
「はぁ、ごほっ……お前も相当苦しそうッスよ」
「当たり前でしょう。突き刺した短剣から魔法を撃ち込まれたのは初めてですよ」
ふと、疑問に思う。こいつはなぜ戦っているんだろう。こいつだけじゃない。他の四天王もそう。あたしたちより実力は上なのかもしれないけど、それでも簡単な相手ではないはず。現に目の前のレッジは傷つき苦しそうにしている。
ここまでして守ろうとする価値が、魔王にあるのか?
「お前は、どうして戦ってるッスか?」
「は?」
何気なく尋ねてみれば、あまりにも予想外のことを聞かれたと言いたげなポカンとした表情。
「だって、魔王にそこまでして守る価値があるとは思えないッス。あたしは別にお前と戦いたい訳じゃないし、通してくれれば戦わなくても……」
「ふざけるなああぁぁぁぁ!!!」
「っ!?」
「言うに事欠いて、なぜ戦うのか、だと? 舐めるのも大概にしろよ、小娘が!」
まさかこんなに怒るとは思わなかった。明らかに逆鱗に触れたようだが、何がそんなに気に障ったのか全くわからない。
「母を殺しに、家に賊が押し寄せてきているんだぞ!? なぜもクソもあるかっ!!」
母、か。そうか。こいつは、魔王から生まれたんだった。この城は生まれた家で、あたしたちが討ちに来た魔王は母なんだ。
「貴様は必ずここで潰す! 受けてみろ! これが、全能力をつぎ込んで開発した最強の魔法だ!」
レッジが右手を掲げる。その上に向いた手のひらに、今までにない魔力が集まっていく。
こんな魔力はあり得ない。制御出来ずに自滅するに決まっている。そう思うほどの魔力。それが、完璧に制御下に置かれ、その手に集う。
「ディザスター・デストラクション!!」
そして放たれる破滅の波動。それは一直線にあたしに向かって突き進み、
「最後に、冷静さを失ったッスね」
既に接近していた奴の顎を、短剣の柄でかち上げる。意識を失い倒れるレッジを支え、床に寝かせる。
「最初の作戦通り、小さい魔法をばら撒かれていたらあたしの負けだったッス。でも、気持ちはわかるッスよ」
お母さんを殺しに、敵が攻めてきている。そんなの、戦う以外にない。当たり前のことだった。
そんな気はなかったけど、最上級の煽りをしてしまったらしい。それで冷静さを失ったレッジをその程度だったと笑うことは、あたしには出来ない。
「あたしも、お母さんの大切さはよく知ってるッスからね」
流石に疲れた。兄さんの援護に行きたいところだけど、映像は見えても場所はわからないし、流石に間に合わない。
こんな体で邪魔をする訳にもいかないし、大人しくここで応援するしかないかな。
知略のレッジ
現在は最高齢のレッジだが、生まれた時は幼かった。成長した姿で生まれてくる者も多い魔族の中で、子供の姿で生まれてくる者は珍しい。そんな珍しい子供たちの中でも、特に精神が幼く生まれてきた。
しかし、まるでその精神年齢と反比例するかのように、魔法能力が圧倒的に高かった。当たり前のように一文字のみの発声で魔法を発動し、大量の魔法を完璧に制御しきるその能力から、使えるかと思った魔王が傍に置いた。それが四天王の始まり。
それからしばらくの生活は、幼いレッジには過酷だった。魔王は子育てをする気などもちろんなく、子供一人で生きるのは至難と言う他なかった。
そんな生活を続けていたある日、魔王の性格が全く別人と言って良いほどに変わった。母として接し、世話をしてくれるその姿は、幼いレッジの唯一の救いだった。
魔王の性格はすぐに元に戻ってしまったが、優しい魔王が言っていた100日に一度くらいは体を取り返せるはずだから、という言葉だけを頼りに子供時代を過ごした。
成長した現在でも、その頃の記憶はレッジの根底に生きている。魔王は恨みの対象であり、愛すべき母でもある。その体は母の物であり、傷つける者は許さない。
ちなみにレッジの魔法は、「ど」で地魔法、「み」で水魔法、「ふ」で風魔法、「か」で炎魔法、「ひ」で氷魔法、「ら」で雷魔法が発動する。
第191話の最後の詩のような物をもう一度読み返すと、その一文にどれだけの魔法が詰まっているのかがよくわかる。




