第1話 出会い
「あー、腹減ったなぁ……」
最近村人がゴミを出すところをほとんど見ない。わざわざ俺に見つからないようにしているのだろうか。水は村近くの川でどうにでもなるが、食料がなかなか手に入らない。こうなってくるといよいよ空腹がヤバイことになってくる。
「仕方ない、森へ……入るか……」
森は恐ろしい。父さんも母さんも森に殺された。だが……
(ユーリ……自由に…………生きろ……!)
父さんの言葉を忘れたことはない。何もせずに餓死するくらいなら、一か八か森へ入るべきだ。
俺は村を出て、森へと足を踏み入れた。
俺が生まれたこの村の周辺は、モンスターがほとんど出ない安全地帯らしい。
王都から遠い辺境であること、周囲を深い森に囲まれていること等不便が多く人口は少ないが、のんびり生きるのには悪くない場所だ、そう父さんが言っていた。
父さんは昔は王城に勤める騎士だったらしい。王都で母さんと出会って交際を始めたものの、モンスター討伐遠征に出た際に腕を負傷し、剣が振れなくなってしまった。
日常生活に支障はなかったし、騎士勤めで稼いだ金は十分に残っていたため、騎士を引退して母さんと結婚、この村に引っ越してきたそうだ。
そんな夫婦の幸せな暮らしを俺が壊してしまったと考えると、胸が痛む。
だが、母さんも父さんも俺に文句を言ったことなど一度もない。それどころか俺が悲しそうな顔をすると、
「ユーリはわたしたちの宝物よ」
「お前は強くなるぞ! なんたって俺の息子なんだからな!」
そう言って笑いかけてくれた。そして父さんの最後の言葉「自由に生きろ」。両親に申し訳ないなんてウジウジしてる暇があったら強くならなくちゃいけない。
だって俺は、ダンとリサの子供なんだから。
森は不気味なほど静かだ。自分の足音以外何も聞こえない。まだ村からそれほど離れていないし、動物もいないんだろう。そんな中を奥へ奥へと進んでいく。
しばらく進んでいると、ふと何か聞こえた気がして足を止めた。
(何だ……?)
耳を澄ましてみるが何も聞こえない。しかし確かに何かに呼ばれている。そしてそれは悪いものじゃない。何故か確信があった。
導きにしたがって更に森の奥へと進んでいく。いつしか空腹も忘れていた。
2時間は歩いただろうか。流石にこれだけ森の奥まで来れば動物の気配がある。鳴き声、足音、足跡にかじった跡がある木の実。もし大型の動物に襲われればひとたまりもない。それでも導かれるままに奥へ進んでいく。
「これは……遺跡……?」
木が少なくなり広くなった視界に入ったのは、石でできた建造物だった。
「入ってみるか……」
扉のようなものはなく、そのまま入ることができそうだ。
「な、なんだこれ!?」
遺跡に入ってすぐに俺は足を止めた。あまりにも異常な光景が目に飛び込んできたからだ。
遺跡の中は広い空間になっていた。その広い空間をまるで鳥が飛ぶように縦横無尽に通路が走っている。立体交差したその通路はどうつながっているのか検討もつかない。
だが、
「聞こえる」
導きは強くなっているようだ。俺は呼ばれるままに通路に足を踏み入れた。
導かれるままに遺跡を進む。
立体交差した意味がわからない道なのに何故か進むべき方向がわかった。
どれだけ歩いただろうか。かれこれ5時間は遺跡を進んでいる気がする。
でも飽きてはこない。見たことがない風景に夢中だった。
そして、そこにたどり着く。
天井に穴でも開いているのか上から光が差し込んでいる。
その光に照らされて輝いているのは、
台座に突き立った美しい剣だった。
(きれいだ……)
素直にそう思った。特別なにか装飾があるわけじゃない。シンプルな細身の剣だ。その両刃の剣身の付け根に赤い宝石が埋め込まれていることを除けば飾り気など全くない。それでもとてもきれいだと思った。
『ようこそいらっしゃいました、剣のいとし子よ』
聞こえてきたのは優しそうな女性の声。
すぐにわかった。これは剣の声だ。
「キミが俺を呼んだの?」
『はい、そのとおりです。さあ、わたしを手に取ってください』
言われるがままグリップに手を伸ばす。しっかりと握り、引き抜いた。
光にかざしてみるとその剣身が輝く。自分の目も輝いている自覚があった。
「わぁ……!」
そうして剣を眺めていると……
『うううぅぅぅやったああぁぁぁ!! わたしの担い手がきたああぁぁ!!!』
喜んでいるようにその剣身が輝く。自分の目が半目になっている自覚があった。
『いやー、ずぅっとここで台座に刺さっているだけなのは退屈でしたよ、マスター。わたしを見つけてくれてありがとうございます!』
「あ、うん。良かったね……」
最初の荘厳な雰囲気はなんだったのか。楽しげにはしゃぐ声が頭に響く。
『さぁ、マスター! わたしたちの伝説の始まりですよ!』
(まあ、良いか。楽しそうだし)
これが、俺と相棒との出会いだった。
「俺はユーリ。よろしくね」
『わたしは収納剣フィニスレージです!』
まずは自己紹介。名前を聞いただけなのに早速わからない言葉が出てきた。
「収納剣って?」
『わたしはこの剣身の中に物を収納できるんですよ!』
「へぇ、拡張袋みたいなもんかな」
『拡張袋?』
「これのことだよ」
俺は腰に提げている袋を見せる。これは父さんの形見だ。
「この袋は魔法で中の空間が広くなってるんだって。この中にたくさんの物が入るんだよ」
そう言って袋から色々取り出して見せる。水袋、食料が少し、家から持ち出した食器類や調理器具、着替え等々、あとはあの騎士物語の本。
それと……
『紋章入りの両手剣。それは騎士剣ですか?』
「そう。父さんの剣だ」
父さんは剣を振れなくなってからも手入れを続けていたらしく、今でもすぐ使える状態になっている。所どころ傷はあるが、それが父さんの生きてきた道を表しているようで好きな剣だ。
『へぇ……。って違いますよ! そんな袋と一緒にしないでください! わたしは何でもどれだけでも収納できる上に中に入れたものは入れた瞬間の状態を維持できるスゴイ剣なんですから!』
「へ? そりゃスゴイじゃんか!」
『ふふーん、そうですスゴイんです!』
得意げな顔が目に浮かぶようだ。剣に顔なんてないけど。
だが実際すごい。拡張袋は作成者の魔法の腕にもよるがそんなに量は入らないらしい。この袋も家から色々持ち出してきたせいでほとんどいっぱいになってしまった。本当に無限に物が入るのなら食べ物を備蓄したりもできそうだ。
『とりあえずこれをどうぞ』
そう言って取り出したのは鞘だ。確かにずっとむき出しのまま持ち歩く訳にもいかないしな。ありがたい。
「フィニスレージ……長いな。フィーって呼んでも良い?」
『はい! 呼び方はマスターのお好きなようにどうぞ! でも愛称があると何か相棒感があって良いですね!』
「フィーは他に何を収納してるの?」
『今持ってるのはその鞘だけですよ』
「あ、そうなのか……。何か便利な道具がいっぱい入ってたりはしないんだ」
『わたし自体がスゴイので問題なしです!』
「ははは、まあ確かにそうかもね」
そう言いながらフィーを鞘に収めた。
(収納かぁ。フィー自体は収納できないんだし剣帯が欲しいな……)
そんなことを考えた瞬間、
フィーが光に包まれ、
俺の体の中に入った。
アイテムボックス無双はありません。