第15話 騎士団長と姫様の話
作者は剣術をやっていた訳ではありませんので、理想的な剣の振り方とは? と聞かれても全くわかりません。あまり気にしないで下さると幸いです……。
「ということがありまして……」
「ふむ。また陛下に報告しなくてはならないね。各地でモンスターが活性化されている恐れあり、か。何はともあれ無事で良かった」
狼についてクレイドさんに報告にきた。既に陛下にも報告が行っているかもしれないが、行っていないかもしれない。念のため、きちんと報告してもらおう。
「ではワシはまた城へ行くとしよう。ユーリ君もついてくるかい?」
「わたしもですか?」
「ああ。また騎士団の訓練を見学できるよう掛け合うこともできるけど」
騎士団の訓練か。もう見学する必要はないけど、騎士団長と話はしたいんだよな。
「もし騎士団長に時間があるようなら少し話してみたいんですが」
「騎士団長は忙しいからねぇ。まあ聞いてみよう。それにしても、やはり騎士団の訓練を見ても仕方がなかったかな?」
「え?」
「ユーリ君の憧れはきっと騎士団の騎士とは違うだろうとは思っていたよ。だからあえて騎士団の訓練を見学するように仕向けたんだ。もしかしたら折れてしまうかもしれないという怖さはあったけれどね」
「わかっていて見学させたんですか」
苦笑してしまう。俺のためにと考えてくれたのだろうが、あの日、姫様に会っていなければ本当に折れていたはずだ。なかなか賭けをする人だな。
「あの日、見学を終えて戻ってきた君の顔つきが変わっているのを見て、ワシの判断は間違いじゃなかったと確信したよ」
「危うかったですよ……。確かにあの日はわたしにとっても重要な日になりましたけどね」
「どう転んでも最終的には君は立ち上がっていたと思うけれどね。君は強い。間違いなく」
「なぜそこまで評価してくれるんです?」
「戦闘力という意味の強さはもちろんだがね。ワシは君の研鑽の跡を評価しているんだ」
「研鑽の跡?」
「君の剣術だよ。才能に胡坐をかいた人の剣術はね、確かに強いんだけど雑さがあるんだ。ここの足運びはこうでも良いだろう、振り終わった剣はこうでも問題ないだろうってね。君はその若さでとても強い。きっと才能があるんだと思う。だというのに雑さが全く感じられないんだ。それだけの研鑽を積む事ができる人が、そんな簡単に折れる訳はないと思っていたよ」
それは……。俺には理想的な剣の振り方を教えてくれる先生がいたから……。
『マスター、何を考えているんですか? 確かにわたしは剣の理想的な振り方を教えましたけど、教えれば誰でもできると思っているんですか?』
(え?)
『確かにマスターの体力は異常です。だからといって10年間ひたすら剣を振るなんて誰にでもできることではないんですよ? その研鑽は間違いなく本物です!』
(フィー……)
そうか。そうだな。自分の力にも誇りを持たなければ。自分の力が信じられなければ、いざというとき、きっと戦えなくなってしまうだろうから。
「ではワシは報告に行ってくる」
城に着いた。クレイドさんは門番をしている騎士に用件と俺のことを伝えると、案内に連れられて城内へ入って行った。
しばらく待機していると、中に入っていった騎士が戻ってきた。確か団長にキールと呼ばれていた人だな。
「ユーリ君、団長が会ってくれるそうだよ。運が良いね。ちょうど仕事が一段落ついたところだって」
おお、今回は仕事で忙しくなかったらしい。それは確かに運が良い。普段どれだけ仕事をしているか知らないが、きっとこんなことはなかなかないだろう。このチャンスに聞きたいことを聞いておかなければ。
以前も来た騎士団長の執務室へ案内される。
「団長、ユーリ君を連れてきました」
「入ってくれ」
室内に通される。今回は机の上に書類が山のようになってはいないようだ。
「キール、ご苦労。戻って構わない」
「はっ」
団長がこちらに向き直る。応接用と思しきソファを勧められたので座る。団長が向かいに座った。そしてこちらをじっと見つめてくる。
「さて、数日振りだが、見違えるようだ」
「見違える、とは?」
「以前ここへ来た時、君は騎士への憧れでいっぱいだった。今は尊敬はあっても過剰な憧れはないようだ。そして何か一本芯が通ったように自信に満ちている。良い顔つきになったな」
「ありがとうございます」
頭を下げる。どうも俺の気持ちは読み取りやすいらしい。貴族と関わっているような人たちは怖いったらないな。
「わたしの話が聞きたいということだが」
「はい。父について教えていただきたく」
「ダンか。あいつが騎士団に入ったのはわたしと同じ12歳の頃、今から33年前になる」
あの頃、わたしは騎士という職業が嫌いだった。やる気のない同僚、威張り散らすだけの上司、そして金を稼ぐためだけに入団した次男坊のわたし。何もかもが気に入らなかった。
本当は騎士になどなりたくはなかった。だが、お前は剣の才能があるんだから騎士になって稼いでこい、と親に無理やり入れられた。
そんな時出会ったのがダンだ。
奴は自由なやつだった。騎士団内では貴族の階級など意味を持たないとはいえ、それでも大半は爵位が上の者には謙り、下の者には威張る。だというのに、そんなことは知らないとばかりに、奴は誰にも過剰に謙ったりはしなかった。もちろん上司には相応の言葉遣いはしていたがな。
そんなやつはもちろん1人になった。そして同じく1人でいたわたしに絡んでくるようになった。全てが嫌いだったわたしは、周囲になじめず1人でいることが多かったからな。
あの頃は今より訓練内容がぬるかったんだ。好きなように模擬戦を行ったり、軽く素振りをするだけだったりとな。
だがダンは他のやつらとは違った。訓練内容に自由が多いのを良いことに、ひたすら自分を追い込むようなキツイ訓練を繰り返した。剣の才能があったわたしはよく剣を教えてくれとせがまれたものだ。ほとんど毎日二人で訓練していたな。
そんな生活を続けていれば、当然のように周囲と差がつく。わたしとダンは、騎士団内で頭1つどころではなく飛びぬけてしまっていた。
昇進も間違いないと噂が流れ始めると、それを面白く思わない者たちから嫌がらせを受けるようになった。ふざけた話だ。自分達は真面目に訓練もしないくせに、頑張っている者が昇進しようとすると面白くないなどと。
それでもお互いに隊長まで昇進した。入団から10年、22歳の頃だ。異例の速度だったが、正直全く嬉しくなかった。訓練しようとしない連中をまとめるなど、勘弁して欲しかった。
そもそもこの若さで上に立つこと自体が妬みを生む。まともに指揮など執れる訳もない。部下達がわたしの評価を落とそうとしているのはわかっていたが、隊長を降ろされるならそれでも良かった。
だがやはりダンは違った。何とか部下に心を開いてもらえるように話す場を何度も設けた。ダンが真摯に向かってくる姿を見て、奴についていくと決めた者も少なからずいたな。
それでも、ダンを良く思わない者は多かったのだ。
悲劇はわたし達が25歳の頃。ダンの部隊がモンスター討伐のため、遠征に出ることになった。確かワニのモンスターが増えて騎士団を動員することになったのだったか。
ダンは良く戦ったそうだ。その頃にはダンに憧れて真面目に訓練する者もそれなりにいて、優勢に討伐を進めていた。
部隊の1人が助けを求めたのだと聞いている。ダンがその声を無視する訳もない。たとえ普段、ダンの指示に従わない者であろうと、ダンは助ける。
それが間に合うとは限らない。
ダンは咄嗟に自分の腕を差し出し、ワニに食いつかせ部下を助けたそうだ。何とか死者は出ずに遠征は終わったが、ダンは二度と剣を振ることができなくなった。
「あれから騎士団は変わった。嫌がらせをしてくる者すら自分を犠牲に助けるダンの姿は、流石に心に届いたのだろう。わたしも騎士を嫌うことはなくなった。皆真面目に訓練に励んでいたし、そうでなくともダンの行動を聞いてはな。わたしだけ子供じみた癇癪を起こしてなどいられない」
父さんは想像など遥かに超えて誇り高い騎士だった。騎士団全体に影響を及ぼすほどに。
「だからダンには感謝しているのだよ。亡くなったことを聞いたときなど、思わず泣きそうになってしまった。わたしの話はこれくらいだ。満足してもらえただろうか」
「はい、ありがとうございました……!」
「君もよく鍛えているな。ダンを思い出すよ。これからも頑張りなさい」
「はい!」
騎士団長の執務室から出た。話を聞きに来て良かった。知らなかった父さんの話を聞くことができた。俺の目標は間違っていなかった。
さて、宿に帰るか。
「ユーリ様、お待ちしていました」
心地良い声が耳に入ってくる。この声は、
「姫様。わたしを待っていたとは?」
「酷いですわ。あなたがお城に来ていると聞いて会いに来ましたのに」
わざとらしく悲しんだフリをしている。相変わらず可愛い。違う。お茶目な方だ。約束していた訳でもないのに酷いも何もないだろうに。
「それは申し訳ありません。姫様と次に会うのは、更なる研鑽を積んでからと思っていたものですから」
「あら、聞いていますよ。何でも成長した個体を含む150もの狼の群れを討伐したと」
何で知ってるんだ。姫様に話すようなことじゃないだろ……。
「ふふ、昨日騎士がお父様に報告に来たとき、私も聞いていたのです。途中でお父様に追い出されてしまいましたけれど……」
「聞いていて楽しいものでもなかったでしょうに」
「いえいえ、とても興味深かったですよ。次に会うときはあなたなりの騎士道精神を見たいと伝えていましたでしょう? 確かに、見せていただきました」
「いえ、まだまだですよ。世界を回り終えたときこそ、姫様に期待通りのものをお見せできるかと」
「ええ、期待しています。きっとあなたは私の期待を裏切らない。そう思います。手始めに、今回の狼の群れ討伐について、あなたの口から聞かせていただきたいですわ?」
「構いませんが、あまり聞いて気分の良い話でもありませんよ?」
「あなたの頑張りを聞きたいのです。また中庭へ行きましょう」
移動する。その道すがら考える。なぜ姫様はこんなに俺の話を聞きたがるのだろうか。自分のことが好きなのかも、などという思い上がりはしない。そもそも好かれる要因はほとんどなかったはずだ。姫様が俺について知っていることといえば、
騎士に憧れていたが、その思いが砕かれたこと
俺なりの騎士道を胸に生きれば良いと教わった
今回の狼について
というくらいの内容のはず。そんなに聞いていて楽しい話だっただろうか。わからないな……。
「ふふ。不思議そうな顔をされていますね」
しまった。また読み取られた。何度目だこれ……。
「あなたのお話はとても楽しいです。まるで物語を読んでいるようで」
「物語……?」
「憧れが砕け、それでも立ち上がり、強大な敵に立ち向かう。まるで主人公ですわ。そしてあなたが立ち上がる一助となった私も重要人物ということになります」
「ええ、確かに。わたしが主人公だとするなら姫様はとても重要人物ですね」
「そうでしょう? 第二王女なんてあまり重要ではない存在なのですよ。私にはお兄様もお姉様もいますからね。極論、私は必要ないのです」
「そんなことは……」
「ない、と言い切れるかしら。だって私に与えられている役目なんて、政略結婚くらいのものでしょう? それにしたって、王からしてみれば必須ではない。政略結婚が成立しなかったからといって、王の座を降ろされる訳ではありませんからね」
黄金の髪の姫であることから、特別な存在だと思っていた。しかし、黄金の髪だからといって何か変わる訳でもないのだろう。結局は魔力が強いというだけに過ぎないのだから。
髪を抜きにして考えると、確かに第二王女としての役割はあまり多くないのかもしれない。王家の仕事になんて詳しい訳もないから、実際のところはわからないが。少なくとも姫様はそう思っている。
「嫌なのですよ。髪なんて生まれつきのものです。立場だってそう。私は私として、何かを成したいのです。あなたはそんな私の夢をきっと叶えてくれる」
「そうでしょうか」
「ええ、きっと。そんな気がするのです。今すぐではなくとも、きっと、いつか……」
中庭に着いた。以前と同じように椅子に座る。
「さて、着きましたね。では、聞かせてください。あなたのお話を」
「はい、喜んで」
いくらでも話そう。この孤独だと思い込んでいる姫様のために。俺が少しでも彼女の心を癒すことができるなら、以前助けてもらった恩返しだとでも思って。
それから俺は姫様に全てを語った。狼についてだけじゃない。俺の故郷の話、相棒たちの話、俺の能力の話、旅してきた道のり、出会った人々、全て。
姫様はとても興味深そうに聞いてくれた。楽しそうな姫様を見ていると俺も楽しくなる。
俺はこれからも旅を続ける。そこで見たもの、出会った人、あった出来事。この城に戻ってきたら、全てを姫様に語ろう。きっとまた、こうして楽しそうに聞いてくれることだろう。
これにて第1章第1部完結といったところです。
この後3話ほど閑話を投稿し、第1章第2部に入っていきます。第1章は3部+αで終わります。
閑話ですが、今のところ本編には関わらない予定ですが、もしかしたら関わるかもしれません。先の展開は大まかにしか考えていないので、作者にもわかりません。できれば閑話も読んでいただけると幸いです。