第13話 皆で生き残る道
駆け出す。両手には頼りになる相棒。大丈夫だ。腕は少し重いが、体は動く。
「ユーリ!」
「ユーリ、戻って!」
背後から声が聞こえる。きっと逃げてはくれないだろう。少しでも回復するのを待って、俺を助けに来てしまうはず。だから、
「その前に! 片づける!」
(やるぞ! フィー! リィン!)
『はい!』
『…うん』
見えてきた。横並びに大きめの狼が5匹、その後ろに巨大なボスが歩いている。
向こうからも俺が見えたのだろう。5匹がいっせいに駆けてくる。ボスは来ないようだ。
5匹は明らかにさっきまでのやつより速い。扇状に広がりながらこちらへ迫ってきている。囲むつもりか。出し惜しみしてる場合じゃないな。
初手から全力で叩き斬る!
最初の1匹との接敵の瞬間、
「花吹雪・三分裂き!」
一瞬で3度斬る。まず1匹。三分裂きくらいなら片手でも使える。
その間に他4匹に囲まれている。ここからだ。
わずかなズレもなく同時に4匹が跳びかかってくる。良い連携だ。
「四分裂き!」
一瞬で1匹1回斬りつけた。が、浅い。リィンの能力でタイミングはばっちり合わせた。それでも落とせないということは、一匹に対して何度も斬りつけ、避けるスペースをなくしてやるしかない。リィンを鞘に戻しフィーを両手持ちにすれば恐らく斬れるが、そうすると敵の攻撃に対処しきれなくなってしまう。
あと4匹。その上ボスが残っている。腕もかなり重くなってきた。あと何回技を使える? 知ったことか。腕が折れても振り続けてやる。
浅くとはいえ斬られたことで4匹は体勢を崩している。まだまだ行くぞ!
「三分裂き……!」
これで2匹。さあ、次はどう来る?
1匹が跳びかかってくる。他がカバーするように動き、技を使えないように詰めてきている。
この1匹を仕留めに行ったらその隙に他2匹にやられる。仕方なく回避を選択。
そこで詰めていた1匹が来るので斬りに行く。が、やはり浅い。小さな傷をつけるに留まる。
3匹目、体勢を低くした突進。頭を横から蹴りつけ弾く。
最初に跳びかかってきた奴が背後から来ているのを感知、蹴りの勢いに乗って跳び退き回避。
(くそ、きりがない……!)
常に3匹に囲まれている。技を使われたら落ちるのを理解しているのだろう、常に攻め立て隙を作らない。
どうにかして一度包囲から抜け出さないといけない。攻撃を回避し、弾き、一瞬の機を待つ。
こう着状態に陥った。こうなったら、体力に任せて持久戦をするか……? 奴らが疲れるまでひたすら回避を……
そんな俺の消極的思考を遮るように、
どこからか飛来した風の矢が1匹を打った。
「ユーリ! 無事か!?」
……まったく。もう来たのか。まだ魔力もほとんど回復してないだろうに、風の矢なんて打っちゃってさ。
真っ先に跳び込んできたマリーさんが風の矢が直撃してバランスを崩した1匹に槍の突きを放つ。それは無理やり跳んで避けられたが、着地点に入り込んだバルドさんが思いっきり叩き潰した。
あとの2匹にもジーンさんとバンドスさんが攻撃している。回避されているが、俺からは離れてくれた。
「早いですね。もう傷が治ったんですか?」
「はっ! あったりめぇよ! あの程度の傷、1分ありゃ治るぜ!」
どう見てもふらふらだ。全く傷が治ってないどころか、今にも座り込みたいくらい疲労しているはず。
「ならあの2匹程度余裕ですよね?」
「おうよ! ボスだって余裕だが、まあ一番頑張ったのはユーリだからな! 手柄はお前にくれてやる!」
「そうですか。ではありがたく……!」
ボスに向かって駆け出す。後ろが心配だ。あの2匹は、普通のブラックウルフに比べ明らかに強い。疲労が溜まった状態でバルドさんたちは大丈夫だろうか。
だが、任せる。それが最善。皆で生き残るためには、俺が動ける内にボスを叩かなければならない。それがわかっているからこそ、バルドさんはふらふらな体に鞭打って、あんな強がりを言ったのだから。
俺が駆けてくるのを見て、やっとボスが動いた。なぜ今まで動かなかった? あまりにもこちらに都合が良い。
そんな考えは一瞬で砕かれた。
「はっっ」
気づいたら目の前にいた。口を開け、噛み付こうとしている。
「うおおああぁぁぁ!!!」
反射的にフィーを振るう。ギリギリで牙を弾いた。
速すぎる! リィンの能力を持ってしても、見失いそうになるほどの圧倒的速度。なんとか見えてはいた。脳が処理しきる前に接近されていたんだ。
理解した。速すぎるんだ。部下と全く連携を取ることができない。そして、部下より先に自身が出て行くことなどあってはならないという、傲慢とも言える自信。
だが、1匹で充分。その力はたとえ部下などいなくてもこの森を支配できただろうほどに強大。
勝てるか? 弱気が顔を出す。だが、
「マリー1匹頼む! 倒さなくて良い! 抑えておいてくれ! ジーン、回り込め! バンドスは盾で押さえ込め! まずは1匹仕留めるぞ!」
背後からバルドさんたちが戦っている声が聞こえる。ああ、わかってる。勝てるかじゃない。
(勝つ!!)
また目で追うこともキツイほどの速度で奴が突っ込んでくる。何とか弾く。
突っ込んでくる。弾く。また突っ込んでくる。それを弾く。弾くたびに腕に重く衝撃がのしかかる。腕の疲労も相まって剣を落としてしまいそうだ。その瞬間、俺は死ぬ。そしてバルドさんたちも……。
最悪の想像を現実のものにしないため、重い腕に鞭打って弾き続ける。
何度繰り返しただろうか。弾いているうちに違和感を覚えた。
(なぜただの突進ばかりなんだ?)
他のブラックウルフは速度こそこいつより遅かったが、体をひねって避けたり、回り込むように迫ってきたり、もっと器用だった。ボスであるこいつがその程度のことができないなんてありえるのだろうか。
(まるで急成長してまだ体の動かし方を理解できていないかのような……)
原因は不明だ。だがいくら速かろうと直線的な突進しかできないというのなら、
(やれる……!)
リィンを鞘にしまう。フィーを両手に持ち替える。
『マスター!? 無茶です!!』
『……マスター!』
(大丈夫だ、俺に任せろ!)
勝負は一瞬。タイミングを誤れば、俺は死ぬだろう。だが、これ以外に方法はない。片手では奴を斬るのは不可能だ。部下でさえ技の直撃でギリギリだったのだから。
奴の突進は何度も見た。リィンのおかげで踏み込みまではっきり観察できている。初動に合わせる。見逃すな……!
フィーを構える。
奴が足を前に出し、踏み切ろうとした、今!
「花吹雪・八分裂き!!!」
目の前に斬撃の網を描く。自分の動きを制御することすらできていない奴に、避けることなど不可能だった。
目の前に倒れた奴を見る。倒れてなお力強い。今にも動き出しそうだ。念のため、触れて仕留めていることを確認する。よし、間違いなく仕留めた。もう動き出すことはない。リィンを改めて抜いて周囲を探る。モンスターの気配はない。
やっと終わった。フィーとリィンを鞘に戻す。腕に全く力が入らない。
「そっちも無事なようですね」
「はぁ……はぁ……おうよ……! 余裕だってんだ……!」
「何強がってんのよ……。もう全員限界越えてるでしょうが……」
「素直に言いなよ限界だって……。ちなみに俺はもう動けない……」
「あたしも流石に無理だね……。バンドス、一番攻撃受け止めてたろ。大丈夫かい?」
「………………………ああ」
「全然大丈夫じゃなさそうだね……」
「俺も腕に力が入らなくて。ここで休憩していきましょう。戦える程度には回復しておかないと、別のモンスターに襲われたらひとたまりもないですからね」
「待ってくれ。ジーン、どうだ?」
「モンスターの気配は感じないよ。こんな大量の群れがいたんだ。他のモンスターなんて居てもらっちゃ困るよ……」
「よし、休憩! だぁーキッツいぜぇ!」
そう言ってその場に寝ころがるバルドさん。強がるのはやめたようだ。
「はぁ。魔力切れのところから無理やり絞り出したせいで気持ち悪いわ……」
「てか短剣片方なくしちゃったんだけど。これパーティの共有財産の方から買ってくれるよね」
「ああ、好きにしろ! こんだけ狼狩ったんだ、ボーナスウハウハのはずだぜ!」
「あたしは修行になったからまあ良いんだけどさ。今回の依頼はかなり割が良いって話じゃなかったかい?」
「あ、そうよバルド! なんなのよこれ! ユーリが偶然一緒に来てくれてなかったら絶対死んでたんだけど!?」
「ああ、それか。もともと依頼には30匹くらい見たって書かれてた。最低目標の20匹なら余裕だったはずだし、狩れば狩るだけボーナスなんてぜってぇうめぇ依頼だ。そもそも20匹狩るだけでパーティ全員が1ヶ月暮らせるくらいの報酬だったんだぜ?」
「確かに依頼だけ見るとおいしいように見えるよね」
「でもそれって最大どれくらいの規模の群れの可能性があるかわからないですよね」
「ああ、俺もそれには最初から気づいてた。だが、30匹見たとあったんだぞ? それだけ見たなら群れが集まってるところのハズだ。何匹か散らばってたとしたって普通は合計50匹もいりゃ多すぎってなもんだぜ」
確かにそんな気はする。だというのに、あんな化け物じみたボスまでいる巨大な群れだった。そのボスにしたって不自然なところがある。
「そもそもあのボス。奴はまるで自分の動きが制御できていなかったように思えたんですよね……。急成長してまだ慣れていないかのような……」
「……なんだと?」
「奴は直線的な動きしかしていませんでした。攻撃も勢い任せの突進ばかりで」
思い返してもあれは不自然だった。大きい狼も5匹もいたし、この群れは何かがおかしい。
「急成長、か。可能性はゼロじゃないか? だがもしそんなやつがいるとしたら……」
「バルドさん?」
「モンスターってのはな。普通に時間が経てば成長するんだが、もう1つ、成長する要因がある」
「悪性魔力ね。え、まさかバルド……!?」
「ああ、可能性はあると思う。何者かが狼に大量の悪性魔力を与えて急成長させた」
そもそもモンスターというのは、魔力から生み出される魔力のみを原動力とする種と、生き物が悪性の魔力の影響を受けて変化する種がいるらしい。
俺が今まで狩ってきたのは基本的には後者だ。ゴーレムはどっちか微妙なところだな。
この悪性魔力というのは、自然に湧き出ているポイントがあるらしい。これに影響を受けやすいのが虫や獣、受けにくいのが人間だ。
この人間は影響を受けにくいというのは、逆に言えばある程度なら、利用しても正気でいられるということだ。
悪意ある何者かが、悪性魔力を使いモンスターを活性化、大規模な群れを作り出した。
その話を聞いて、俺はリセルから王都に来る道中のことを思い出した。
「そういえば……」
あの時のことをバルドさんたちに話す。あの時は、人為的なものであるなら規模が小さいのではないか、ということでその可能性はないとしたが、例えばあれが実験で本命がこの狼だったとしたら。これも妄想に過ぎないが、可能性はゼロじゃない。
「そうか。ますますあり得る話になっちまったな。ちっ、勘弁してくれよ……」
「そんな奴がいるなら、これで終わりとも限らないのよね……。ホント、勘弁して欲しいわ……」
「でもさ、俺詳しくないんだけど、こんな規模の群れを作れるほど悪性魔力に触れても正気でいられるもんかな?」
「あたしも詳しくはないけど、悪性魔力ってやつは濃度によっては指先を触れるだけでも気持ち悪くなるとか聞いたことがあるよ」
「今考えてもしかたねぇ! 帰ったら協会と見回りの騎士にでも報告して任せるしかねぇな」
それもそうか。俺の方でもクレイドさんに報告しておこう。もしかしたら調査隊が編成されるかもしれない。
「そろそろ帰れるか?」
「何とか普通に生活していられるくらいには魔力が回復してきたわ」
「えー、もうちょっと休んでこうよー」
「あたしはもう大丈夫だ」
「問題ない」
「大丈夫です。ある程度剣も振れると思います」
「よぉし! 帰るぞ!」
「えー」
1名の不満気な声を無視して帰り支度を始める。
「あ、わりぃ待ってくれ」
「何なのよ、もう!」
「狼の右の牙取ってかねぇと。せっかくのボーナスがなくなっちまう。それに証拠としてあのデケェやつの牙を持ってかねぇと。流石にこの数だと、死体も焼いておいたほうが良いかもな」
「この数を全部取るの……?」
「しゃーねぇだろ! やるぞ!」
「うへぇ……」
何とも締まらない。だがこんな空気が好ましく思える。
「ふふっ」
「なぁに笑ってんだ! ユーリも手伝え!」
「はい!」
皆無事で良かった。本当に、そう思う。