第9話 騎士という職業
「おまたせ、許可が出たから案内するよ。ついてきて」
「はい!」
ついにか。わくわくするな!
「まずは団長の執務室に行こう。顔を見ておきたいそうだから」
「わかりました」
城の中はとにかく広い。価値がよくわからない絵画とか置物とか飾られている。きっと高いんだろうな。
案内してくれている騎士が一つの扉の前で止まって、ノックする。
「団長、先ほどお話した青年を連れてきました」
「ありがとう、入ってくれ」
中は雑多な印象を受ける部屋だった。壁際には本棚が並び、応接用と思しきテーブルとソファ、あとは今団長さんが座って仕事をしていたと思われる机がある。机には書類が山になっていた。
「ようこそ。わたしが騎士団長クラウス・ロードナイトだ」
「初めまして、ユーリと申します!」
騎士団長は40代半ばほどに見える。黄色の髪を短く切りそろえている。身長が高いせいで細身に見えるが、実際はそこそこがっしりしていそうだ。強いんだろうな。
「ダンの息子だそうだな。彼とは同時期に騎士団に入ったこともあって、共に戦った経験も多い。懐かしいものだ」
と、言葉を区切ると、何か不思議そうな顔で俺をじっと見つめてくる。
「ええと、何か……?」
「ああ、すまない。確かダンは夫婦共に焦げ茶髪だったはずだなと思っていただけだ。顔を見ればダンの面影があるし、疑ったりはしない」
「なるほど。この髪ですか。生まれつきなもので理由は自分でもわからないんですよね……」
「いや、大丈夫だ。髪色で何か言う事はない。訓練の見学だったな。自由に見ていくと良い。仕事があるのでわたしは参加できないが。キール、訓練場に案内してやってくれ」
「はっ!」
団長は参加しないのか。残念だ。彼の実力が見られれば、もしかしたら父さんの強さもわかるかもしれないと思ったのに。
騎士に導かれるまま、訓練場に向かった。
「よく鍛えられている。よほど修練を積んできたのだろう。あの騎士に憧れる顔、絶望することがなければ良いが……」
「ここが訓練場。今は三番隊が訓練中だね」
騎士団は5部隊に分かれているらしい。騎士団の役割は、王城に勤める近衛、城下町の警備、王都の外門に詰めたり周辺のモンスターを狩ったり、王都以外の街や村の巡回など多岐に渡り、近衛以外は各部隊がローテーションでこなしているそうだ。
現在ここで訓練している三番隊はローテーションで訓練と休暇の期間らしい。
「じゃあ、僕は門に戻るよ。三番隊隊長に話は通っているはずだから、自由に見ていって」
「ありがとうございました」
さて、どんな訓練をしているのか。
「休憩終わり! 次は素振りだ! 構え!」
50歳ほどに見える茶髪の騎士が指示を出している。恐らく隊長だろう。
「1! 2! 3! 4!」
いちいち声に出さないといけないのか。あれはあれで大変そうだ。
「98! 99! 100! よし、1分休憩!」
え、100回で休憩? いや、多分何セットもやるんだろう。
「次! 構え! 1! 2! 3! …………99! 100! よし、あと3セット!」
あと3セットって……。合計500回しか素振りしないのか。他の訓練がキツイのかな。
『マスター、基準が間違ってます。マスターがやってた修行は普通の人には耐えられませんよ』
(そうなのか?)
『……マスターがやっていた修行の話は聞いてる。……あれは確かに耐えられない』
『言ったはずです。マスターは体力に関しては異常だと。一般人ならともかく騎士が素振り500回は確かにぬるいですが』
(うーん……)
そんなことを話していると、訓練が一段落したのか隊長がこちらに歩いてきた。
「おう、坊主。どうだ、騎士団の訓練は」
「えーと、少し想像と違いました」
「想像と? どんな訓練を想像してたんだ?」
「もっとキツイっていうか、追い込んで鍛えるような」
「なるほどな。そういう訓練も全くやらないことはないが、基本は今日みたいな訓練だな。負荷をかけて鍛えるってよりは動きを合わせる訓練だ」
「動きを合わせる?」
「そう。騎士団ってのはパレードやらで人前で団体行動をとることが多い。そのときに見栄えがするように、全員の動きをぴったり合わせる練習をしてんだ」
「そう、なんですか……」
「ああ、坊主もしかしてあれか。物語とかで騎士に憧れた口か。忠誠心篤く、礼儀正しく、決して退かず、民を必ず守り通す。まあ俺らも民を守るって気概はあるがな。騎士団ってのは貴族の次男、三男坊が金を稼ぎたいから、なんて動機で入ることも多い。あまり期待しすぎない方が良いぜ」
「わかりました……。ありがとうございます」
『マスター……』
『……大丈夫?』
(ああ、大丈夫だよ。ありがとう。とりあえず訓練は最後まで見ていこうか……)
その後も行進や整列などの訓練ばかりだった。最後に少しだけ試合形式での戦闘訓練を行って、その日は終了した。
訓練が終わり、城の廊下を歩いている。どうにも気落ちしてさっさと歩く気力も湧かない。
確かに隊長の言う通り、俺は物語を読んで騎士についてわかった気になっていた。勝手な想像を押し付けて勝手に憧れた。仕事で騎士をやっている人たちからしてみれば、迷惑以外の何ものでもないだろう。
結局物語は物語でしかなかった。死も省みず人を守るために戦うなんて、そんなことができる人がそこらじゅうにいるわけがない。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。
「あなた、大丈夫ですか?」
「え……?」
声をかけられて振り返る。
そこにいたのは、輝く金の髪をなびかせた、美しい少女だった。
第二王女リリエル・グランソイル
辺境の村で生まれ、ほとんど人付き合いをしてこなかった俺でも知っている。なぜならその名は国王より有名だからだ。
輝く黄金の髪。それは大地国ガイアを守護する大地剣ガイグランデに愛されている証拠だ。最後に生まれたのは100年前だと聞いたことがある。本人の美しい容姿も手伝って、第二王女はこの国一番の有名人だ。
そんなリリエル姫が声をかけてきていた。蒼く透き通る瞳がこちらを見つめている。話には聞いていたが、実際に見てみるとその美しさが良くわかる。
(まるで物語に出てくるお姫様そのものみたいだ……)
物語のような騎士はいなくとも、物語のような姫はいるのではないかと、思わず考えてしまうほどに整ったその容姿。
だが、物語のような言動を期待するのは迷惑だとさっき学んだこともあり、すぐにその考えを追い出す。
あまりの美しさに見えずにいたが、よく見ればまだ幼さがある。確か15歳だったか。
「あの……」
「あっ、申し訳ありません。姫様が気になさるような重大事ではございませんので、どうかお気になさらず。ただの私事でございます」
「いえ、私事だから重大でないなどということはございません。あなた、今にも死を選ぼうとしているかのようなお顔をなさっておいででしたよ。私で良ければお話ください」
「しかし……」
「話すだけでも楽になることもあります。私はこれでも姫などという大層な肩書きがありますから、効果が大きいかもしれませんね?」
そんな冗談を言って微笑んでいる。かわいい……。いや、そうじゃない。
「聞いて……いただけますか……?」
「はい、喜んで。こちらへどうぞ。中庭に話をするのにちょうど良い場所があります」
姫様に案内されて中庭に出る。石畳に沿うように低木が並び、花が咲いている。少し広くなった場所に噴水が設置されていた。中庭中央には塔が建っているのが見える。そんな場所を歩いていくと、小さなテーブルと椅子、屋根があるスペースに来た。姫様は椅子に座り、こちらにも座るように促してくる。
「どうぞ、ここでお話しましょう」
「失礼します」
さて、どう話そうか。そんな事を考えていると、あちらから話し出した。
「本日はどうのようなご用件でこのお城まで?」
「騎士の訓練を見学させていただいたんです。クレイドさんが掛け合ってくれまして」
「クレイド、というとクレイド・サードニクス様ですね。そういえばあの方も本日、何やらお父様にお話があると、お城へいらしてましたね」
モンスターの話は姫様にはしていないのか。まあ当たり前か。意味もなく不安にさせるだけだもんな。
「では、あの辛そうなお顔は騎士が原因ですか?」
「い、いえそんな! 騎士の皆さんは真面目に訓練なさっていました。隊長はわたしにも声をかけてくださって……」
「でも、嫌なことがあったのですね」
「はい……。恥ずかしながら、わたしは物語を読んで騎士という職業に憧れを持っていました。ですが、現実に物語のような騎士はいない事を学びまして。ああして落ち込んでいたのです」
「なるほど。確かに一部の騎士が、街を巡回していると子供たちに憧れの目で見られるのが辛い、とこぼしているのを聞いたことがあります。物語に出てくるような騎士を投影されていると思うと緊張する、と。騎士に接する機会が少ない皆様は、現実の騎士を理解できていないところがあるかもしれませんね」
「やはり、そうですよね……。勝手な憧れなど迷惑なだけです」
「確認したいのですが、あなたは騎士になりたいのですか?」
「ええ、そのつもりだったのですが……。わからなくなってしまいました。家族を守る父に、物語の強い騎士に、その強さに憧れていたはずなのに……。誇り高い騎士になりたかったはずなのに……」
「それは騎士団に入らなくてはできないことですか?」
「…………え?」
「確かにあなたが憧れたのは騎士なのでしょう。しかし、それは見栄えを気にする現実の騎士ではなく、物語のような、強く、誇り高く、守るべきもののため戦う騎士のはず。なれば良いではないですか、そのような存在に。騎士団に入らなくとも、憧れは追うことができるはずです」
俺が憧れたのは、父さんや物語の騎士の強さだった。守るべきものを背にしたとき、決して引くことなく、自らの危険も省みず戦う強さ。
思い返す。そもそも俺は誰かに忠誠を誓いたい訳じゃない。そもそも俺は礼儀作法を学びたい訳じゃない。ただ、家族を守る父さんの背に憧れていたんだ。
「あなたはあなたなりの騎士道を胸に生きていけば良いのだと、私は考えますが、いかがでしょうか。何か参考になりましたか?」
漠然と憧れていた。良く知りもせず、騎士は命を懸けて人を守っているんだカッコイイ。そんな騎士だったという父の背に何となく憧れていた。
だが違う。俺が憧れたのは騎士という職業じゃない。その生き様なんだ。守るべき人を守り抜く。それこそが俺が目指すべき騎士道。
憧れている、と言っておきながら全く見えていなかった父の背が、見えてくる気がした。
「……はい、とても。目の前に道が現れた気分です。ありがとうございます」
「それは良かったです」
そう言って微笑む姫様はやはり可愛らしい。が、吹っ切れたことで気づいた。一つ言っておく事がある。
「姫様、一つだけ」
「はい、なんでしょう?」
「騎士団の方たちも、誇り高い方たちですよ」
「……! ふふ、そうですね。わかっています。私は日々騎士達に守られていますから」
「では、わたしはこれで。ありがとうございました」
「あ、お待ちください。最後に、あなたのお名前は?」
「あ、申し訳ありません、名乗りもせず。わたしはユーリと申します。騎士道を胸に生きる旅人です」
「私はリリエル・グランソイル、この国の第二王女です。また機会があれば、お会いしましょう。その時は、あなたなりの騎士道精神が見られることを期待しています」
「ええ、必ず」
道は開けた。あとは進むだけだ。
死を選ぼうとしている顔、というのは誇張表現ではありません。
ユーリにとって、騎士を目指すことは生きる意味です。両親の命を奪った責任を感じ、誇り高い父と同様に誇り高い騎士にならなければ、という義務感があります。もちろん純粋に憧れてもいますけどね。
今回姫様に教えてもらったのは生き方そのものと言っても過言ではありません。
これで少しは吹っ切れて、自由に生きる道が見えるかもしれませんね。