平和の実現
「なるほど……リンさんの言った通りだ」
ダンテは嬉しそうに目を細めた。
「少しお茶でも飲みましょう」
ダンテの誘いで俺たちは近くの茶屋に入る。店長とは顔見知りらしく歓迎された。ダンテが菜園で採った紅茶が出される。相変わらず美味い。
「私は争いごとが嫌いでね、誰かが血を流すことに耐えられない、だからつい夢想してしまうんだ、平和な世界というものを、君は具体的にどのような手段で平和な世界を創れると思うのかな?」
その問いかけに俺の脳裏に鮮明なイメージが浮かんだ。俺は明確にその答えを持っている。これは反感を買うかもしれない。しかし、ダンテに信頼をしてもらうには、正直に思ったことを口にするのが一番だと思えた。
「一番手っ取り早いのは、力で制圧することです」
極論ではあるが、強大な力で敵を全員駆逐すれば、残るのは味方だけという論理だ。
「強大な力により管理し、システムとしてレジスタンスなどの反抗組織の形成を出来ないように社会インフラを整備する、たとえば、国民全員が他人の裏切りを密告することによる恩恵が得られる相互監視の社会です」
それはディストピアと呼ばれる。映画や小説などでもよくテーマにされている。理想を追い求めるあまり、その他多くを削り取った世界。
「しかし、それでは……人々の自由がない」
「ええ、自由はありませんが、争いはなくなります」
ダンテは極めて高い能力を持っている。だから、0か100しか考えない。ほとんどのことは成し遂げられる一方、出来なかったことは不可能なことだとレッテルを貼ってしまう。それは英雄達の価値観とは違う。
「そもそも、争いを無くすということはどこか歪な所が出るものです、人間が争う社会生物であることは歴史が証明しています、つまり争うのは自然なことで、それを押さえつけるには不自然な手を使い、歪ませるしかない、だから俺は争いのない世界を作ろうとは思えません」
戦争はなくならない。それは自明のことだ。全世界の恒久的な平和など絵空事でしかない。
「では……罪のない弱者が虐げられる世界を許容しろと?」
「違います、争いたい人は勝手に争えば良い、全世界は無理でも局地的な平和は作れます、平和な世界というのは部分的なもので、一部の地域でその時代に争いがなくなることは可能です、俺はかつてそんな平和な国に住んでいました」
元いた世界で戦争や紛争が続いている地域もある。でも俺には関係がなかった。日本という国では少なくとも日常的に命が脅かされることがない。切り取られた局地的な平和だ。
「私は人々に呼びかけ、多くの集団のリーダーに話をした、結果、裏切られ、平和どころか今よりも状態は悪くなった」
ダンテは理想を高く持ち過ぎ、そして、自らその理想に苦しめられている。
「全世界の人と仲良くなる必要なんてないんですよ、全員の平和を願うなんて、欲張りだと思います、俺は自分が大切にしている人たち、目の届く人たちさえ平和であれば、他の人間が勝手に争っていても、どうでも良いです」
だから、俺には力がいる。プロメテウスだろうがアリアテーゼだろうが、目の前で仲間の平和を脅かす存在を倒すために。
ダンテが目を見開いて俺を見ていた。その表情は憑き物が落ちたかのようだった。
「そうか、私は欲張りだったのかもしれないな、面白い意見だった、参考にしよう」
ダンテは何か吹っ切れたな笑顔を見せた。俺は真面目なことを言い過ぎて、急に恥ずかしくなった。普段はこんな真面目トークなんてしないが、真剣なダンテ相手に茶化すことは出来なかったので、つい柄にもなく話してしまった。
「目の届く仲間を守るか……、確かにそれが良いかもしれない」
俺には若干の危惧がある。もし俺がプロメテウスを倒したら、ダンテは敵に回るのではないかというものだ。
目の届く仲間には、きっとプロメテウスも含まれている。もしダンテが敵になれば、俺に勝ち目はない。
俺は膨大なデータや経験から、勝ち筋を見つけ出して戦っている。しかし、ダンテは一切のデータがない。ステータスもスキルも全てが未知数。それでいて、アドマイアを圧倒する強さ。この世界で俺の天敵と言っても良い。
ゲームでは魔王軍幹部を討伐してもダンテとは戦うことが出来なかった。この世界でもそれを期待するしかないだろう。
その後、ダンテとは当たり障りのないリンの近況などを話した。ドラクロワと意気投合し、毎日組手をしていると、最近ではリンが一撃を入れることが多くなった。成長の速度が速いとダンテも褒めていた。
「では私はそろそろ戻るよ、今日は楽しかった、また会おう」
話がひと段落し、ダンテは立ち上がった。
「ええ、また」
出来れば次に会う時も、一緒にお茶を飲める状況であって欲しい。次はリンも交えて、話したい。そんな未来を俺は切に願った。
ダンテと別れ、俺はショップで必要はものを揃えてから、一人で森に入った。
森を進むと小さな池があった。その淵に大きな岩があり、俺はその上に座った。
明日が運命の日となる。だから、もう一度、集中できる環境で潜っておきたかった。
目を閉じ、集中力を高めていく。周囲の音が消えていき、辺りが闇に包まれる。
深く深く思考の海へと潜って行く。確定要素と不確定要素を織り混ぜ、あらゆる未来を予測する。
まずリンの命はダンテが保障してくれている。しかし、あえて逃すことはしないだろう。命は守るが、協力はしない、それがダンテが決めているラインだ。
プロメテウスはプライドの塊だ。もし無事逃げ出しても、それを許しはしない。準備の上でならプロメテウスを倒せる力は手に入れたが、相手から仕掛けられては恐らく勝てない。
それに仲間全員を常に守ることもできない。
だから、今回の魔王城への乗り込みで、必ずプロメテウスだけは倒しておかないといけない。
ネロのことは一旦放置で良い。たとえ、もう一度アドマイアが襲ってきても、周りに守るものがなければ、手はいくらでもある。
怪物狩りのメリーがいたとしても、俺の敵じゃない。そもそも、『剣の極み』による斬撃属性無効で、メリーの大剣による攻撃では俺にダメージを与えられない。
当然、ネロ自身も大した戦力ではない。『スキルコピー』があったとしても、今の俺とはステータスが違いすぎる。
問題はアリアテーゼのみ。アリアテーゼと戦いになることだけは絶対に避けなければならない。俺もそうだし、ギルバート達も遭遇してはならない。
いや、1つ手はある。ユキならアリアテーゼの相手をすることが出来る。
ユキは全属性無効に氷属性吸収がある。アリアテーゼが『魔力暴走』を使用して精霊魔法でも使わない限り、ユキが倒されることはない。
ポケットロザリオでユキを解放して、アリアテーゼと応戦することも考慮に入れておかなければならないだろう。
あとは通常のモンスターにも注意が必要だ。ラスダンの魔王城なのだから、どの敵も300レベルを超えていたとしても一筋縄ではいかない。
ただ今回は倒す必要がないから、俺は全てを回避して、逃亡を優先する。単独行動なら問題はないだろう。厄介なモンスターの情報はギルバート達と既に共有している。
魔王城のギミックやトラップ、最短ルートも頭に入っている。レベルやスキル、アイテムも含めてここまでは完璧な準備を進められた。
結局のところ、アリアテーゼとプロメテウスがどこにいるかで全てが決まる。
無数の分かれ道から正しい道を選び、ここまでたどり着いた。しかし、最後のノイズにより、その道があっさり途切れるかもしれない。
栄光への道は確かに前に続いている。しかし、俺はその道を進める自信がなかった。
「おい、こんな暗い所で何してんだよ」
耳に入った声で、俺は思考の海から強引に引き上げられた。目を開けるとアランが酒瓶を片手に腰掛けていた。