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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第2章 英雄の成長
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死の谷



俺たちは地竜に乗り、草原を疾走する。今から向かう死の谷は、生き物がまともに生きれる環境ではない。



死の谷が近づくに連れて、草花が減っていき、いつの間にか土と岩だけの地面が広がる。



気温も下がり、肌寒くなっていく。空は曇り始め、霧が立ち込める。



生物の気配かなく、不気味な鳥の声がたまに聞こえてきた。



そして、俺たちの前に深い谷が現れた。向こう岸までは遠く、霧のせいで辛うじて視認できる。



橋らしきものはあるが、今はただの残骸だった。谷の下は霧が立ち込めており、底が見えない。



この谷の対岸に最果ての村がある。空中散歩を利用すれば、俺だけでも向こう岸に渡れるように思えるが、それは叶わない。



先程から聞こえてくる不気味や声は地獄鳥のものだ。世界樹にいた極楽鳥の色違いのモンスター。こいつが制空権を持っているため、空中散歩は使えない。



また向こうまでの距離が離れすぎている。空中散歩には、ある程度の大きさの石が必要だ。正確にいうとフィールドオブジェクトが必要となる。足がフィールドオブジェクトに触れていないと『ハイジャンプ』のスキルが発動しない。



フィールドオブジェクトはアイテムバッグに入れることが出来ない。だから、ポケットに入れるなどして、実際に持っている必要がある。向こう岸までの距離を考えると、俺が持てる石の限度を遥かに超えている。



それでもゲームで挑戦したことはあるが、途中に透明な壁があり、そもそも物理的に渡れないような仕様になっていた。



だから、谷底に一旦降りて、向こう側に行く道しかない。しかし、それはとてつもない無理ゲーとなる。



LOLでは通常ゲームの無理ゲーを普通と定義する。そのLOLで超難度フィールドと呼ばれることを想像して欲しい。



はっきり言って俺は死の谷を突破したことがない。そもそも死の谷を攻略した人は存在しない。攻略動画などを見ても、最後まで渡り切った人は見たことがない。



LOLにはいくつか、ミレニアム懸賞イベントがあった。これはLOLプレイヤーが勝手に名付けたものだが、的を射ている。



数学の世界には、ミレニアム懸賞問題というものがある。ポアンカレ予想、リーマン予想、ナビエストークス方程式などの問題があり、それを解くことで学会から莫大な報償が得られるというものだ。



何百年も解かれることのない難問だ。それと同様にLOLで誰もクリアしたことがないイベントを英雄達はミレニアム懸賞イベントと呼ぶ。



もちろん、クリアしても莫大な報奨金など出ないが、英雄として栄誉を讃えられるだろう。



ミレニアム懸賞イベントで有名なものを挙げると、死の谷攻略、魔王討伐、大魔導の願い、あなたの為に、神討伐などのイベントがある。



そう、実はこのLOL、今まで全クリアをした人がいない。魔王討伐はミレニアム懸賞イベントであり、ラスボスの魔王に誰一人勝つことができない。そもそも勝ったことがないので、本当に魔王がラスボスか分からない。



もちろん、俺も魔王に勝てていない。覇王ウォルフガング、大魔導ソラリス、覚醒した忠犬ポチの最強メンバーで何回挑んでも勝つことが出来なかった。



そして、死の谷も同様だ。もはや死の谷特攻はネタとなっている。俺たち英雄の世界では、不可能という言葉の代わりに、死の谷へ行くようなものだ、という表現を使う。



動画サイトでも、死の谷攻略してみた、というタイトルはいくつもあるが、結局クリア出来ていない。



多分LOLの開発スタッフは、死の谷をクリアさせる気がないのだろう。ここはクリアしなくてもストーリーを進められるからだ。



本来なら遠回りになるが、ドラン雪原を迂回して、最果ての村に向かう。その時に、この死の谷の向こう側にいるオバケ大木というボスを倒すと、その大木が倒れて、橋となり、自由に渡れるようになるショートカットが出来る。



このオバケ大木も、弱そうな名前だが実は強い。魔王城近くのボスなのだから当然だろう。



とにかく巨大であり、枝を振り回して攻撃してくるが、これがあまりにデカすぎて回避が難しい。さらに闇魔法で攻撃もしてくる。



しかし、オバケ大木はあくまで根が張った木なので、移動ができない。だからプレイヤーは遠く離れた所から障害物に隠れながら、遠距離攻撃でHPを少しずつ削ろうとする。



こんな楽な戦い方を、悪意の塊であるLOL作成スタッフが許すはずがない。オバケ大木は自身のリーチより外側から攻撃を受けると、あるユニークスキルを発動する。そして、なす術もなく殺される。



典型的な初見殺しなボスだ。俺も初めての時は、当たり前のように遠距離攻撃をして、瞬殺された。



まあショートカットを作るつもりがなければ、ストーリー上、無視しても問題ないボスでもある。そのまま無視して、魔王城に向かえばいい。



そしてもう一つの選択肢。ドラン雪原を迂回せずに魔王城に向かう方法は、この死の谷の谷底を移動して、向こう岸に行くことだ。



死の谷の底には霧が立ち込め、視界が悪い。そこに高レベルのアンデッドが多く出現する。どのアンデッドも強敵ではあるが、一番この死の谷で恐ろしいモンスターは別にいる。



ジェノサイドと呼ばれる人型のモンスターだ。黒いもやに包まれ、目が赤く光っている全身黒尽くめの姿をしている。背中には大鎌がクロスするように2本かかっている。



ジェノサイドは死の谷の底を徘徊し、プレイヤーを見つけると、永遠にどこまでも追い続けてくるストーカーだ。正確には谷底のフィールドを出れば追って来れないが。



こいつを倒すことは不可能。なぜかどんな攻撃をしても、ダメージが与えられない。ダメージを与えると数字が視界に現れる。もし無効だとしても0という数字が現れる。しかし、ジェノサイドはその数字すら現れない。



だから、プレイヤーは倒すのを諦め、逃げることを優先する。しかし、このジェノサイド、プレイヤーより素早さが必ず高い。ある英雄が実験したが、こちらの素早さが高くなればなるほど、ジェノサイドの素早さも上がっていた。つまり絶対に追いつかれる。



更にあの大鎌は攻撃範囲が異常に広く、範囲攻撃もあるため、英雄でも避けるのに苦労する。そして、攻撃を受けると一撃で死ぬ。



斬撃無効でも死ぬ。ワンモアチャンスあっても死ぬ。ド根性があっても死ぬ。もはや何があっても死ぬ。



だから、ジェノサイドに見つからないように進まなくてはならない。ここだけ、完全にホラーゲームと化す。



ジェノサイドは僅かな物音でも気配を察知し、戦闘など行えばすぐさまこちらを捕捉する。そして、補足されれば終わりだ。



大量に現れるアンデッドと一度も戦闘にならずに進むのは、かなり厳しい。少しでも戦闘になると、その騒ぎを聞きつけてジェノサイドが現れる。



それでも英雄達はこのホラーゲームクリアに執念を燃やした。あらゆる策を講じて、ジェノサイドに見つからないように進んだ。しかし、最後の難関がどうしても越えられなかった。



最後はかなりの広い空間があり、そこには遮蔽物が1つもない。そこに大量のアンデッドが蠢いている。見つからずに通るのは不可能だった。たとえ、空中を移動しても地獄鳥の一声で存在がバレてしまう。もちろんジェノサイドは空中でも謎の歩行技術で追ってきて殺しにくる。



英雄の回避能力があれば、回避はできる。しかし、倒せない上、どれだけ逃げても追ってくるので、いつかは殺される。更にジェノサイドは攻撃が空振りする度に素早さが上がっていく。実験したが明らかに動きが加速していた。いずれ避けきれなくなる。



以上の理由により、魔王城に行くためには、ドラン雪原を通らなくてはならないのが通説だった。しかし、かなりの日数がかかってしまう。俺には猶予がなかった。だから、俺は初めから、この死の谷を越えることを決めていた。



「おい、魔王城まで送ってやるとは言ったが、さすがにこれ以上はついていけねぇ、谷底の死神に出会ったら命がねえ」



アランは厳しい表情で言う。どうやらこの世界の人間にもジェノサイドは認識されているらしい。



コンティニューが許されるゲームでさえ、誰もこの死の谷を越えたものはいない。一度の命しかない現実で、ミレニアム懸賞イベントに挑むなんて馬鹿げている。



だが、俺はそんな馬鹿だった。俺は魔王城に行くと決めたとき、既にこの道が見えていた。間に合わせるためには、谷を越えるしかない。



現実になったからこそ、使える手がある。



「俺はこの谷を越えるよ」



俺の前には確実に、栄光への道(デイロード)が続いている。









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