プロメテウス
_________ある野心家の独白_______
無秩序が嫌いだ。
予想外のことが起こるのが嫌いだ。
私は常に嫌悪感に苛まれていた。なぜ、この世界はこんなにも混沌としているのか、思い通りにならないことが多いのか、私にはそれが不快でしかなかった。
私は優秀だった。これは驕りでもなく、事実だ。子供のころより、私はあらゆる面で他者より優れていた。
勉学も、身体能力も、魔法の才能も全て他人より遥かに良い結果を残せた。
だから、私はこの無秩序な世界を整理しようと決めた。平凡な者には出来なくとも、私ならば可能なはずだ。
この乱雑な世界を統一し、秩序を持たせ、全てをコントロールする。それが私の悲願だ。
私はそのために何が必要かを考え、最善であり、最速の道を進んできたつもりだ。
魔王軍で幹部まで上り詰めた。しかし、ここに来て私は大きな壁にぶち当たった。
今まで信じてきた私の才能では到底届かぬ者達が存在した。
身体能力ではどう足掻いてもウォルフには敵わない。戦闘能力には自信があったが、あの男と出会い、私は絶対に勝てないと悟った。
魔法に関しても、アリアには絶対に勝てない。私も魔法に精通している自覚はあったが、あの女は更に魔導の深淵に触れていた。私とは見ている次元が違った。
そして、今は封印されている魔王。私が何百年、何千年生きようが、あの方には勝てない。私が生まれて初めて、尊敬を抱いてしまった。今まで誰かにそんな感情を持ったことなどなかったのに。
それでも、私は諦めることができなかった。
尊敬する魔王の忠実なしもべとして、生きる道もあった。むしろ、そうしたいという気持ちすら持っていた。
しかし、それは今まで進んできた自分自身への裏切りだ。
私は目的の為なら手段を選ばない。常に最善の道を進む。ここでの最善は、魔王を裏切り、私自身が魔王となること。その為なら、自分の気持ちさえ、犠牲にできる。
ウォルフは死んだ。私は天眼でその光景を見ていた。
信じられなかった。あの男が負けることなど、ありえない。しかし、ウォルフは1人の青年に負けた。
彼は私の部下の1人、シリュウを倒した男だった。おかげで霧の秘術書の入手が出来なくなり、アリアを殺す計画が遠のいた。
私と彼は似ている気がした。絶望的な状況でも、諦めずに、自らの望んだ結果を手に入れるために足掻き続ける。
その姿勢に共感を持った。同時に苛立った。
同族嫌悪。嫉妬もしているのだろう。私が諦めていたウォルフを殺すことを成し遂げたのだから。
しかし、苛立ちすら私はコントロールする。彼に私を超える逆境を覆す才能があるなら、それを利用するまでだ。
だから、私は彼にアリア殺害を依頼した。それが最善だと判断した。
「俺たちの第1優先目標はリンの救出、そのために俺たちは賢王プロメテウスを倒す」
黒い水晶から、彼の声が聞こえた。私を倒すと、彼は言った。
全て予想の範疇だ。
人質を取られれば、あの男なら奪還を狙うと思っていた。しかし、逃げられても私が健在では、いずれ捕まる。だから、私を殺しておく。極めて理論的で共感できる結論だ。
それだけじゃない。彼は万が一のために保険をかける。つまり、アリアと戦う準備もしているはずだ。
もし何かイレギュラーが起こっても、対応出来るように万全の準備を進める。
水晶から聞こえる会議は先に進んで行く。私が提供した情報は有益に使われているようだ。
「だが、これはあくまで予測に過ぎない、最悪のケースは、プロメテウスが別の場所にいて、俺ではなくギルバートとユキが遭遇することだ、特にこの西側通路にある大広間、マップの都合上、ここは必ず通らないといけない部屋だから、ここにプロメテウスがいれば、俺の作戦は成功しない、アリアテーゼと俺が遭遇するのもまずいが、いざとなれば本当にアリアテーゼを倒せる算段はある」
やはり、全て想定内だ。彼はアリアを殺す手立てがある。
ならば、この計画を逆手に取って動けば良い。私がギルバートとユキという仲間も捕らえて人質に加え、アリアと彼を引き合わせば良い。
アリアには多少疑われているが、上手く誘導することは可能だ。
これで良い。この全ての事象をコントロール出来ている感覚が良い。
「ふふ、ふふふふ」
部屋に笑い声が聞こえた。それは私の物ではない。
私は笑い声を上げた少年を見た。私の目の前に座る協力者だ。昨日、急に現れ、有益な情報と引き換えに私に協力を申し出た。
「何かおかしいことでもありましたか?」
私が問いかけると、その少年はにっこりと笑って楽しそうに答えた。
「プロメテウスさん、レンさんを甘く見てはダメですよ」
白い癖毛が揺れた。その少年は少し狂気を含んだ目で愛おしいように、黒い水晶を眺める。
「レンさんからの声で、プロメテウスさんの行動は1つに絞られることになる、これは明らかな誘導です、レンさんは盗聴されていることに気づいています」
そう言われて、私ははっとした。確かにこの盗聴で私の行動は限定される。しかし、そうではない可能性も十分にある。
「そうだとは断定出来ないと思いますが、彼の言った作戦には違和感がありません」
「違和感だらけですよ、レンさんはプロメテウスさんとアリアテーゼさんを殺せる準備があると言いました、あの発言自体おかしい、あの発言は2人のスキルやステータスを把握していないと出てこない」
確かに、こちらの強さが分かっていなければ勝てるかどうかは判断できない。
「レンさんがどんな手を使っているのかわかりませんが、あの人は何もかもを知り尽くしています、私もウォルフガングさんとの戦闘は近くで見ていました、あの戦い方は、ウォルフガングさんのスキルやステータスを知り尽くしていないと成立しない」
私が初めて会った時、彼は私を賢王と呼んだ。既に私のことを知っていた。私の性格すら、知り尽くしているのかもしれない。
「一体、彼は何者なんですか?」
私の問いかけに、少年は目を輝かせた。
「分からないんです、だから、僕は、レンさんのことをもっと知りたい」
「なるほど、それが君が私に協力してくれる理由ですか」
「はい、でもちゃんとお役には立ちますよ」
私は彼の横に立つ2人の人物に視線を移した。1人は大柄で大剣を背負った女、そしてもう1人は、青い肌をしたスラリと背の高い男だった。
戦闘服のような黒い服を着ており、作り物のような硬い銀色の短い髪が上を向いている。目は何も映していないような、無機質なものだった。
「それじゃあ、まずは人質を殺しちゃいましょう」
少年は当たり前のようにそう提案する。そこには罪悪感や気の引け目など微塵もなかった。
私が何か返答しようとすると、彼は被せるように続けた。
「もう決行までに人質と話す機会を求めてはこないでしょうし、むしろ殺しておいた方が安全です、レンさんはプロメテウスさんが見せしめのために、裏切りをばらしても人質を殺されないと高を括っているんですよ」
その意見は正しいだろう。しかし、それは中々難しい。いつもは干渉して来ないあの人が、なぜか人質の少女を庇護している。
ドラクロワとも仲良くなっているようだが、あの雑魚はいざとなれば力でねじ伏せられる。しかし、あの人は違う。力では勝てない。説得も難しいだろう。実に厄介だった。
しかし、そもそも私は人質を殺そうという提案を飲むつもりはない。
「あなたは人質を殺すことで、レンが逆上し、更に面白いことが起こるのを期待しているだけでしょう」
「あ、バレちゃいました」
全く悪びれずに舌を出して少年は笑った。この少年は侮れない。ある情報を元に私の所を訪れたが、彼はあらゆる計算の上で行動している。
戦闘能力に関して言えば、私の方が圧倒的に強いだろう。この3人を私は一瞬で殺せる自信はある。
だからこそ、彼は計算して殺されない状況を作っている。そして、私はその通りに、損得を計算した結果、彼を殺さずにいる。
それで良い。お互い利用するだけ利用すれば良い。
「人質はまだ殺しませんが、何か他に提案があれば聞きましょう」
「そうですね、レンさんの策の裏を突いて、一番面白くなるシナリオを考えますね」
まるで新しいおもちゃを与えられたように、目を輝かせた。
「ええ、よろしくお願いします、ネロ君」