2つの会議
その後、プロメテウスからいくつかの細かい情報をもらった。内部の構造や決行日のアリアテーゼの予定、魔王城の警備、周辺の地理などを教えてもらう。
この辺りは、素直に全て教えてくれた。プロメテウスは自分が不利にならないことなら、どうも進んで情報を与えてくれるようだ。
俺はプロメテウスとの通信を終え、打ち上げ会場に戻る。そして、事前に伝えていたメンバーに目で合図をした。
ギルバート、ユキ、アラン、ポチは俺の合図に従って、ついてくる。ホテルに戻り、小さな会議室に入った。今から、明日以降の作戦会議を始める。
「よし、じゃあ作戦会議を始めよう」
俺は全員の表情を見回した。皆、真剣な表情をしている。俺は次の言葉を発するのを躊躇った。これは賭けだ。しかし、勝算は十分にある。
「俺たちの第1優先目標はリンの救出、そのために俺たちは賢王プロメテウスを倒す」
そう、俺は初めからアリアテーゼを倒す気なんてない。アリアテーゼを倒してもプロメテウスが約束を守る保証はないし、あの男の性格を考えると、無意味になった人質はあっさり殺すことも十分に考えられる。
それに、やはりアリアテーゼとプロメテウスでは、プロメテウスのほうが倒しやすい。そのために、必須のスキル『剣の極み』を習得した。
「まず、アランは魔王城の前までで大丈夫だから、そこまで助けてほしい」
「悪いな、そこまでしか助けられなくて」
「いや、そこまででも十分だよ、魔王城の中では2つのチームに分かれる、俺とポチがプロメテウス討伐班、ギルバートとユキがリン救出班」
ギルバートがそこで質問を挟む。
「待ってくれ、自分で言うのも申し訳ないが、俺の力では正直魔王城で戦力にならないと思うが……」
「明日の午前中までエルドラドにいられる、ギリギリまでギルバートもパーティに入れてレベリングする、それでかなりレベルが上がるはずだから大丈夫」
最初はギルバートを置いていこうと考えたが、スケジュールとしてモンスターハウスレベリングをする余裕ができたので考え直した。出発ギリギリまで行えば、ある程度戦力になるだろう。それに敵を倒すことが目的ではない。
「それでも出来る限り、戦闘は避けて隠密行動をとるようにしてくれ、もし戦闘になれば、ユキには申し訳ないが壁役になってほしい」
「ええ、その程度、お安い御用よ」
ユキは敵NPC扱いなので、モンスターハウスレベリングによる強化は出来ない。しかし、彼女には物理攻撃無効と氷属性吸収、その他の全ての属性無効のスキルがある。
ギルバートは後衛として戦うのを得意とするので、ユキが盾になってくれれば、大幅に戦力が向上する。
「いざとなったら、ギルバートはポケットロザリオを使ってくれ、判断は任せる」
「分かった」
俺がギルバートに入手を頼んでいたアイテム、ポケットロザリオだ。これは消耗品で、教会の設備をその場で使えるものだ。職業を変えることも出来るし、呪いを解くことも出来る。
「別れる前にポチの『ワンデーパス』を使用して、施設料を無料にしておくから、使うだけでユキの髑髏の腕輪を外せる」
「大丈夫よ、レン、私はあなたを裏切らないわ」
ユキが魔法を使えるようになれば、戦力は一気に跳ね上がる。だが、最後の手段にしておいた方が良い。
俺は机の上に地図を広げる。
「これは俺がプロメテウスから聞いたことをまとめたマップだ、俺とポチは南東のプロメテウスの部屋に向かう、ギルバート達は左回りルートで北東を目指してくれ、北西にはアリアテーゼがいるから、気づかれないように1階を通って通過してほしい」
魔王城はロの字形の正方形だ。入り口は南の面にある。それぞれ四隅に幹部の部屋があり、中央には中庭がある。その中にもう1つの建物があり、そこに魔王が封印されている。
「恐らくリンが捕らわれているのは東エリアの三階だ、この3つの部屋のどこかだと思われる」
温室へのアクセスが良く、ドラクロワの部屋からも比較的近い。入口から侵入するとプロメテウスの部屋の付近を通らないとならない。慎重な奴ならこの辺りを選ぶはずだ。
プロメテウスには天眼という空から任意の場所を監視できるスキルがあるが、屋内の状況は見ることが出来ない。だから、魔王城内部では奴に動きを悟られることがない。
「タイミングか大切だ、ギルバート達が早過ぎれば、プロメテウスが気づき、そちらに向かう、そうなればもうプロメテウスを止める手はなくなる、俺が早過ぎれば、プロメテウスは部下にリンを殺すように指示をするかもしれない、だから、ギルバートと俺たちの行動が同時に起こった方がいい」
俺はギルバートがグランダル城下町で用意してくれたもう一つのアイテムを机に置いた。キズナリング。ペアの腕輪であり、2人で装備すると宝石が青く光る。効果は一度だけもう1人の装備者に自分のHPの半分を分け与えることができるというものだ。
効果は大したことないが、今回はこのリングを別の用途に使用する。
「ギルバートと俺はこのリングを装備して、作戦を開始する、ギルバートはリンの部屋を発見し、行動を起こす時、このリングを外してほしい、それで俺のリングの光が消える」
これで突入のタイミングを合わせることができる。
プロメテウスの性格を考えると、自分は安全な位置にいるはず。アリアテーゼの攻撃の巻き添えになることを避け、もし俺がアリアテーゼと戦って負けたら、その後も無関係を装う必要がある。だから、奴は魔王城に俺が突入した後、アリアテーゼの部屋には近づかないことが予想できる。
「だが、これはあくまで予測に過ぎない、最悪のケースは、プロメテウスが別の場所にいて、俺ではなくギルバートとユキが遭遇することだ、特にこの西側通路にある大広間、マップの都合上、ここは必ず通らないといけない部屋だから、ここにプロメテウスがいれば、俺の作戦は成功しない、アリアテーゼと俺が遭遇するのもまずいが、いざとなれば本当にアリアテーゼを倒せる算段はある」
ギルバートとユキが魔王軍幹部と出会わない。それが今回の作戦成功の必要条件だ。そして、俺がプロメテウスに会い、勝利することも条件となる。
俺はその後、細かい指示を出し、作戦会議は終了した。
「以上だ、明日は朝早くからアルデバラン迷宮でレベリングだから、今日はゆっくり休んでくれ」
明日は朝が早いので俺達は早めに解散した。俺は部屋を出て、自室に入る。
アイテムバッグをクローゼットに入れ、装備品を外し、ホテルが用意してくれた就寝用ローブに着替える。
寝る準備を手早く終えて俺は明かりを消し、早めにベッドに入った。
そろそろか。
俺は静かに起き上がる。音を立てないように部屋を出て、再び会議室に向かう。
ドアを開けると、誰も解散せずに全員がまだ残っていた。
「さあ、本当の作戦会議を始めよう」
俺はもう一枚の地図を取り出す。それは先程までとは比べ物にならないくらい緻密な情報が書かれている。
芝居は終わりだ。
プロメテウスの性格は知っている。彼は何者も信頼せず、信用しない。常に他人を疑い、裏を読もうとしている。
そして、支配欲がかなり強い。全てを自分の駒としてコントロールすることを望んでいる。
そうゆう捻くれた性格だからこそ、プロメテウスが考えそうなことは、容易に推測できる。
プロメテウスに『天眼』というスキルがある。これは上空から任意の地点を見下ろす能力であり、戦争などの大規模戦闘では凄まじい効果を発揮する。魔王軍の軍師としては最高のスキルだ。
しかし、欠点もある。1つは屋内に入ってしまえば、中で何をしているのか見えない点。もう1つは自分で見る場所を選ぶことになるため、どこにいるのか分からない人物を監視することができない点だ。
たとえば、俺がエルドラドにいると知っていれば、プロメテウスはエルドラドを上空から眺め、俺を見つけられる。しかし、俺がどの街にいるか分からなければ、1つずつ候補の街を探すしかない。
全てをコントロールしたいプロメテウスが、俺を自由に放置するはずがない。必ず居場所を常に知りたいと思うはず。
だから、奴は俺にあるアイテムを渡した。通信用の黒い魔水晶だ。
あれはただの通信用のアイテムではない。間違いなく発信機の役割をしている。それで常に居場所が分かるため、『天眼』で俺が追えるようになる。
そして、プロメテウスはそれだけで終わらない。こちらの裏切りを最大限に警戒するはず。だから、あの水晶は音声を拾う盗聴器のような機能があると判断できる。
恐らく映像を送る機能はない。基本的にあの黒い水晶はバッグの中にしまっているため、あまり意味がないからだ。
だから、俺はそれを逆手にとって、先ほどの偽の作戦会議を行った。これは賭けだった。
あえて、こちらが裏切るように見せる。これにより、俺がわざと情報を流しているとは疑わない。きっと今頃、俺の裏切りを知れて、ほくそ笑んでいるだろう。
そして、プロメテウスは嗜虐心を満たすため、魔王城で俺が絶望に沈む姿を見たいと思うだろう。
そのために、リンをすぐには殺さず、俺が最悪の事態と言った西側通路の大広間に待機する。
俺はプロメテウスの心理を読み、誘導した。本来、プロメテウスが自分の部屋にいる保障はない。そこが不安要素だったので、何とか居場所を固定したかった。
それにプロメテウスが西側通路にいてくれれば、東側の通路へ最短距離でギルバートとユキを向かわせられる。2人がアリアテーゼと遭遇するリスクもなくなる。
そして、今からが本当の作戦会議だ。黒い水晶はアイテムバッグに入れて、クローゼットに置いてきた。音を立てないように気をつけて部屋を出てきた。
先程はプロメテウスから聞いた情報を元にした地図。今回は俺のゲーム知識を元にした地図だ。
ルートやトラップ、ギミック、出現するモンスターなど全てが網羅してある。もはや、この世の誰より魔王城に詳しいのは俺だ。
決戦の時は近い。
俺たちは夜遅くまで、綿密な打ち合わせを行った。