薬草の錬金術
俺は森の入り口に立つ。鬱蒼とした樹木が立ち並び、日の光を遮っているので薄暗い。俺は中に入らずに右に迂回を始めた。
途中から坂になり、小山を登っていく。そして、一番高い所で崖になっている下を見下ろした。そこには先程の森が広がっていた。
ここでいい。俺は岩の上に腰掛け、視界に浮かぶスキルリストからフレンドスキルを選択する。そして、『ここ掘れワンワン』を使用した。ポチはワンワンと吠えながら元気に地面を掘り始める。ここ掘れという名前なのに自分で掘っているが気にしないで欲しい。そして、すぐにアイテム、ヒール草を掘り出した。
「ご苦労さん、よし! この調子で掘りまくろう!」
そこからはただひたすら『ここ掘れワンワン』を繰り返した。スタミナを1消費するが、スタミナは時間経過で回復するので、0になったら休ませる。
これぞ、俗に言う『ここ掘れ採集法』だ。ある英雄がふと気付いた。採集イベント時にほかのアイテムって落ちてないよな、と。そのコメントで今まで誰も注目していなかったポチが脚光を浴びた。
検証の結果、実は採集イベント時は、フィールドアイテムテーブルが専用のものに上書きされることがわかった。全てその採集アイテムになるのだ。つまり最もレア度の低いアイテムすら採集アイテムになる。
この発見で採集イベントは、ただそのフィールドで『ここ掘れワンワン』を使用するだけでクリア出来るようになった。
俺が10個目のヒール草を手に入れた時、獰猛な雄叫びが響き渡った。この採集イベント、10個集めるとリリーさんがフラグ立てしたボス、ハンマーコングが現れる。
体長は2メートル近くあり、燃え上がるような赤い体毛に覆われている。腕が異様に長く、地面にまで付いていた。手の甲が硬質化し、岩石のようになっている。顔はゴリラをより醜悪にしたものだ。
ハンマーコングはドラミングを行い、俺を威嚇する。凶悪な牙を剥き出しにしたゴリラに俺はぞっとした。
俺はハンマーコングとの戦いを思い出す。奴に何度殺されたか分からない。序盤の採集イベントのボスであっても、LOLでは安定の無理ゲー仕様だった。
まず全ての基本攻撃で一撃死する。まあこれはLOLのボスでは標準スペックなので別に驚くことではないが。
恐ろしいのはドラミングによる威嚇だ。あれには強制スタンの効果があり、数秒身動きが取れなくなる。回避ゲーのLOLでは、このスタンの影響は致命的だった。
広範囲に効果がある威嚇を防ぐ方法はない。スタンを解除するためにはダメージを食らうしかない。だから、ハンマーコングと戦うためには仲間に魔法を打ち込んでもらってダメージを受けるか、ソロではあえて自分を毒状態にして、定期的にダメージを受けながら戦うというマゾプレイが必須だ。
もちろん、ポチは魔法を使えないし、俺は今自分を毒にするアイテムも持っていない。
今ハンマーコングと戦えば俺は間違いなく死ぬ。いくら巨神兵のブーストがあったとしても、勝ち目はない。
俺はハンマーコングと視線を合わせる。相手からの敵意をひしひしと感じた。殺意を唸り声に混ぜ、大きく腕を振り、ハンマーコングは俺に向かって跳躍した。予想以上に速い。そして、激しい音と共に衝突した。
崖の岩肌に。そして、ズルズルと元いた場所まで滑っていった。
俺は興味をなくし、ゴリラを無視して仰向けに寝転がった。青空が綺麗だった。
この高台、マップ的には東の森に該当するが、ハンマーコングが登ってくることが出来ないのだ。
俺たちはハンマーコングを無視して、ヒール草を掘り出し続ける。ヒール草をリリーさんに持っていくと、50Gで買い取ってもらえる。
本来であれば、10個入手をした時点でハンマーコングが登場し、戦闘になる。そうなればもうヒール草はフィールドに見つからなくなる。そして、ハンマーコングを討伐すればイベントは終了し、アイテムテーブルが通常に戻るのでヒール草はそれ以上手に入らなくなる。
つまりヒール草は通常の攻略では10個しか手に入らないのだ。しかし、『ここ掘れ採集法』を使えば11個目のヒール草を入手できる。それはハンマーコングを倒さない限り、永久に入手ができるのだ。
だからこの高台でハンマーコングに攻撃をされないようにしながら、黙々とヒール草を集め続けられる。これが『無限ヒール草錬金術』だ。
俺はここから一週間、毎日この高台に通いつめ、十分なお金を手に入れた。ハンマーコングの雄叫びにも慣れ、変わったBGMだと思えるようになった。
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お金に困らなくなった俺は城下町を散策しながら、必要なアイテムを購入していた。ハンマーコングを倒してないので、リリーのお願いイベントは未達成のままだが、本来必要なヒール草は十分すぎるほど市場に流したので、問題ないと思いたい。
とりあえず武器屋と防具屋で最も良い片手剣を購入する。鎧は軽い鎖帷子を選んだ。LOLには重さという数値があり、しっかりとした鎧を装備すると素早さが下がってしまう。回避ゲーであるLOLでは致命的だった。
次に露店で今後必要になるアイテムを買っておく。
とがった石を大量に購入した。踏みつけると痛い。自分で踏んでもダメージを受ける。トラップアイテムであり、敵が上に乗れば微々たるダメージを与える。まあ、敵のNPCはほぼ100%この石があると迂回するので、この石が働く機会はない。
あとはタールを大量に購入する。これを投げれば地面に黒い液体が広がり、炎魔法を当てることで炎上し、長い時間継続ダメージを与えることができる。なお、タールが燃えているところを敵は避けるので、継続ダメージと言いつつ、数秒だけしか効果がない。
どちらも安く、ほぼ使えないアイテムではあるが、俺はこれらの真の使い方を知っている。
これで準備は出来た。今から俺がやろうとしてるのはレベリングだ。俺のレベルはもちろん早くポチのレベルを上げてスキルを覚えさせたい。
この世界に来てから忙しなく動き続けている。立ち止まって異世界ライフを満喫することをしていない。それは勿体ないことではあったが、物事には優先順位がある。
とにかく早く強くならないといけない。このLOLでは弱者は淘汰される運命にある。いや、強者すら淘汰される運命にある。ずっと街の中にいても安心ではない。時間経過とともに始まるあの強制参加イベントまでにレベルを上げておかないといけない。
異世界ライフを満喫するのは、それらを乗り切った後だ。
そして、俺は次の目的地に到着し、その建物を仰ぎ見る。高く聳える尖塔を持つ、シンメトリーで荘厳な佇まい。アナスタシア教会。別名、ハローワークに到着した。
俺の就職活動が始まる。