光
しばらくして、ランク2の試合が始まる。観客席を見ると、レイモンドが腕を組み真剣な表情でこちらを見ている。アランはその隣で、酒をぐびぐび飲みながら競馬好きのオヤジのように楽しそうに応援してくれていた。
「それではランク2、試合を開始します!」
ゴングが鳴り響き、試合が開始される。今回の相手は外部選手のようだ。充実した装備をしている冒険者の男だ。
先制攻撃を仕掛けてくる。ある程度の素早さはあるようだ。しかし、俺の回避術を超えるレベルではない。今まで戦ったシリュウやエルザの方がよっぽど速い。
俺はあっさり回避しながら、ダイダロスで切りつける。さすがに一撃では倒せず、すぐに距離を取る。
ヒットアンドアウェイ戦法だろう。残念ながら俺相手にヒットは不可能だが。
再度、突進してくる。意表を突くつもりか途中でナイフを投擲してくる。モーションからナイフを予測していた俺は右に回避する。
回避した隙を狙って男は俺に接近し、剣撃を放つ。俺はそれを上体を大きく反らすことで避ける。
男はその振り抜いた勢いのまま、回し蹴りを放った。普通ならば、剣を避けた後に蹴りが来るとは思わず有効な攻撃だろう。戦い慣れをしている。
しかし、悲しいことに、その程度の工夫では焼け石に水だ。
すっと身体を引き、蹴りを空振りさせる。明らかな焦燥が男に浮かんでいた。避けられると思っていなかったのだろう。
俺は隙だらけの男に攻撃スキル『一刀両断』を放つ。男が吹き飛び、闘技場の床に転がった。
「勝者、レン、ランスペア」
再び拍手に包まれる。上では金を儲けたアランが嬉しそうにはしゃいでいた。
「結構やりますね、まあ……ランク3は無理でしょうが」
まだランスの信頼は得られないらしい。グラッパーの強さを知っていれば無理もない。ランク2までなら勝てる人は多いだろう。
俺たちは控え室に戻る。そこですれ違い様に、ガルシアが憎々しげに囁いた。
「次でぶち殺されるから、楽しみにしてな」
ガルシアは内部の人間だから、グラッパーを知っているのだろう。俺は会釈だけして、ガルシアの前を素通りした。
そして、ランスと打ち合わせを始める。さすがにグラッパーと戦うなら準備が必要だ。
「次は処刑人グラッパーとの戦いになる、ランスにも手伝ってもらうからそのつもりでいてくれ」
ランスが青ざめる。
「ランク3があいつだと知ってたんですか? なら分かっているでしょう、あいつには絶対勝てない、僕なんかじゃどうにもなりません」
「いや、俺たちなら勝てる、俺の言う通りに動いてくれ」
俺は用意してきた装備を渡す。それは盾だった。本来、俺は大剣か片手剣二刀流がメインなので、盾は装備しないが、今回は盾を使わないと勝てない。
ランスは俺の用意した盾を手に持って、怪訝そうな表情をする。
「こんな薄い盾であの怪力が防げるんですか?」
ランスの指摘は最もだ。俺の用意した盾は防御力がかなり低く、グラッパーから一撃もらえば壊れ、更に貫通ダメージをかなり食らうだろう。もはや紙の防御力といってもいい。
「それでも勝つにはこの盾に頼るしかない」
俺は綿密に作戦を伝えた。ランスは全く信じていないようだが、協力はしてくれることになった。
数分後、ガルシアがニヤニヤしながら近づいてきた。
「さあ、そろそろ出番だ、殺戮ショーの始まりだな」
「応援ありがとう、頑張ってくるよ」
俺は悪意ある声に精一杯の皮肉を返して、闘技場へと進む。ランスは今までと違い、がくがくと恐怖で震えていた。そこまでしてグラッパーはトラウマになっているのだろう。
「ランク3、レン、ランスペアの入場です!」
マイクに従い、闘技場に足を踏み入れる。スポットライトが眩しく俺たちを照らす。
そして、中央には既にその怪物がいた。
2メートルを超え、筋骨隆々な巨体。同じく巨大な鉈を持ち、血が所々に付着し、錆びついている。
黒い覆面を被り、むき出しの歯茎から白い息が湯気のように漏れている。もはや人間には見えない。
「それでは試合開始です!」
ゴングが鳴る。同時にグラッパーは身の毛もよだつような雄叫びを上げ、俺は一気にグラッパーに突っ込んだ。
鉈が大振りに振られる。俺は更に加速し、相手の懐に入ることで回避する。そのままスライディングして、グラッパーの股の下から反対側へ抜ける。
そして、地面を転がりながら反転して、立ち上がる。目測で距離を測り、グラッパーの移動速度と鉈を含めたリーチを加味して計算を行う。瞬時に解を出す。
俺の足元に白い魔法陣が浮かび上がる。グラッパーが向かってくる。計算上、魔法が発動する方が早い。
俺はしゃがみこみ、姿勢を低くしたまま右手を前に出す。盾をグラッパーに向け、前に出した手を添える。襲いかかってくるグラッパーの迫力を感じながら、俺は目を反らさない。
自分の計算に絶対の自信を持っていた。俺は揺らぎようがない、経験に支えられている。
グラッパーの鉈が俺に振り下ろされる。
魔法が発動する。【セイントレイ】光属性の中級魔法。グラッパーは光属性のみダメージが半減しない。俺は今ウォーロックになっているので魔法攻撃力は向上しているが、高いHPを持つグラッパーに中級魔法のダメージなど微々たるものだ。
セイントレイが放たれ、グラッパーの身体を貫通する。ダメージが入り、ノックバックが起こる。
そして、グラッパーは小刻みに震え始めた。
俺は慎重に盾を壁に立てかけてる。勝利は確定した。
グラッパーは断続的に震えるだけで、完全に動きが止まっている。
「よっしゃ! 勝ったー」
俺は勝利を宣言するが、観客もレフリーも何が起こっているのか理解出来ず、呆然と固まっている。
俺は盾を構えるランスへと歩み寄る。
「ランス、あとは待っていれば俺たちの勝ちだ、言った通りにちゃんと勝っただろ?」
さすがにここまで来れば、信頼してもらえると思ったが、ランスは混乱していて今の状況を飲み込めていない。
俺が行ったのは、一種のハメ技、通称『セイントキャッチボール』だ。
【セイントレイ】にはいくつかの特徴がある。1つは貫通性能があり、敵に当たっても消えずに貫通する。つまり一直線上にいれば複数の敵にダメージを与えられる。壁や地面に当たったり、発動者からの距離が離れ過ぎると消える。
そして、もう一つの特徴は鏡面に当たると反射することだ。
たとえばミラージュパレスという壁が全て鏡になっているダンジョンがある。そこでセイントレイを使ってしまうと、高速で不規則に反射を繰り返す光線により、プレイヤーもダメージを受けてしまう。セイントレイは本来、仲間や自分にはダメージを与えないが、一度反射した光はダメージを受けるようになる。
さすがに本当の光速とまでは行かず、目で進んでいるのが辛うじて認識できるが、それでもかなり速く、不規則に反射を繰り返されると英雄でも回避は不可能だった。
そして、セイントレイを跳ね返すのに、使用したのが、俺たちが使っている盾だ。本当なら防御力も高いミラーシールドを使いたかったが、今回は代用品を用意した。
シルバートレイ。おなべのふたと同じネタ装備で、防御力は1。表面が鏡のようになっている。
そう、バニーガールを口説いた理由はこれを2つ手に入れる必要があったからだ。
バニーガールの標準装備であり、シャンパンが上に乗っているが、ゲーム的には装備できる盾の扱いだ。
ランスにはシルバートレイを固定して持ち、壁際にいるように指示していた。あとは俺が対角線上に移動して、間にグラッパーを挟み、セイントレイを放つだけだ。
そうすれば、2枚のシルバートレイの間を高速でセイントレイが往復を続け、間に挟まれたグラッパーはダメージを受け続け、ノックバックが起こり続け、行動も出来ずに戦闘が終わる。
角度の調整が若干難しく、グラッパーの巨体により、ランスがどこにいるか目視は出来ないので、初心者が成功させるには何度もやり直しをする必要がある。
しかし、俺たち英雄は一発で成功させるのが当然だ。このハメ技はグラッパー以外にも有効な敵がいるため、俺は何度も練習した。
それでも何故か空気が悪い。もっとこう、すごーい、かっこいいー、みたいな歓声が聞こえると予想していたんだが、むしろ皆混乱しているように見える。
それにグラッパーのHPが多いせいで、中級魔法で削りきるにはまだ時間がかかる。この微妙な空気の中、ずっと待っているのは気まずいので、俺は時間短縮することにした。
マジックナイトで取得したスキル『魔法剣』を使用する。これは受けた属性を武器に付与することができる。
往復する光線に手を入れ、俺自身がダメージを受ける。もちろん、俺も貫通するので、これでセイントレイが消えることはない。これでダイダロスに白い光が宿る。
俺は痙攣を続けるグラッパーに剣先を触れさせ、ダイダロスのスキルでMPを吸収する。こんな見た目でグラッパーはMPも結構ある。
準備が完了し、俺はダイダロスを振りかぶる。グラディエーターで取得したスキル『剛殺斬』を使用する。俺の覚えている単体攻撃では『絶命斬り』の次にダメージ量が多い。
アホみたいに溜め時間が長いので、普段は使用出来ないが、身動きの取れない相手なら余裕だ。
辺りの空気が風となり、俺を中心に吹き込んでくる。俺の振りかぶった大剣に燃えるようなオレンジの光が集まって行く。
溜めが完了した。膨大なエネルギーが剣に込められていることが分かる。俺は剣の柄を強く握った。
『剛殺斬』
振り下ろされた光属性の斬撃は、特大ダメージを与える。空気が震え、衝撃が闘技場に広がる。
まだグラッパーは倒せない。俺はそこから身動きのできないグラッパーに3回『剛殺斬』を叩き込んだ。
グラッパーは青い粒子となり、消えていった。
俺は剣を掲げて、再度勝利を宣言する。呆けているレフリーに目で合図を送る。レフリーは慌てて我に戻り、ジャッジをした。
「勝者! レン、ランスペア!」