無勝神話
これは通称『無勝神話』と呼ばれるテクニックだ。
闘技場の設定には、一つミスがある。それはランク1のみ負けることで利益を上げられてしまうことだ。
ランク1の参加料は20万、勝利報酬は40万。勝てれば差額の20万の利益、負ければ参加料の20万の損失だ。
しかし、相手選手にベットしていれば話は違う。ランク1の敵のオッズは1.5から2.0。つまり上限の100万を投入すれば、50から100万の利益になる。参加料の20万を差し引いても30から70万の利益だ。
これがランク2になってしまうと参加料が50万であり、敵のオッズが1.2から1.8。上限いっぱいのベットで利益が20から80万、参加料込みで30万の損失から30万の利益となる。期待値を計算すると0だ。
ランク3になると更に参加料が上がり、敵のオッズが下がるため、損失のみで利益にはならない。
一見、勝利した方がもらえる額が大きくメリットがあるように思えるが、実は違う。
ランク3で勝利してしまうと自動的にイベントが進行してしまい、ゴルディが追放される。そうなると闘技場が使用できなくなるのだ。
つまり、この闘技場では最大で3回しか勝つことが出来ない。しかし、負けることはいくらでも無限に出来る。
だから、英雄達にとってゴルディ追放イベントはクリアをあえてしないイベントだった。
ランク1で間違って一度でも勝ってしまえば、ランク2に上がってしまい、もうこのテクニックは使えなくなる。
そのため、英雄達は絶対にランク1で負け、それを延々と続けることで、一生お金に困らない金額を手に入れる。
この絶対に勝たないということも、意外に難しい。
外部選手で自分が出てしまうと、ベットが出来なくなるので、パーティの誰かを参加させる必要がある。その選手は勝手に戦闘するので、わざと負けることができない。
更にランク1は選ばれる敵がとてつもなく弱い時がある。この辺りは完全な運だ。いくら弱い選手を送り込んでも何回も続けていれば、いずれ勝ってしまう。
だから、俺たちは負けるために、あらゆる工夫を施した。
まずは負ける為の武器を作成する方法がある。鍛冶場でスキル『ノーガード』を付与する。これは防御力が0になり、代わりに武器攻撃力が1.5倍になる。
または呪われた装備、破滅の腕輪を身につける手もある。これも防御力と魔法防御力が0になる。
防御力を0にしないと、相手の攻撃力が弱すぎて攻撃が通らない場合があるからだ。
次にこちらの攻撃が通らないようにする必要もある。これは紅蓮剣と凍土の腕輪などのセットを装備する方法がある。
凍土の腕輪はかなり貴重は装備だが、氷属性の攻撃力を3倍にし、火属性の攻撃をマイナスにする。つまり紅蓮剣の火属性で攻撃すればするほど相手が回復していくのだ。
ほかには天魔の腕輪も使える。これは物理攻撃を一切できなくする代わりに、魔法攻撃力を2倍にする。魔法使いキャラ御用達の腕輪だ。俺もソラリスに装備させていた。
魔法が使えないキャラに天魔の腕輪を装備させれば、それだけで準備が済む。
このように、相手に絶対に負けるためのよく分からない努力をした結果、この『無勝神話』が完成する。
問題は現実になった今、それが出来るかどうかだ。
負けることは問題ない。俺が出場して自分で負ければ良いからだ。本来自分にベットはできないが、アランをオーナーにして、アランにベットさせればいい。
問題なのは、俺が何十回も負け続けることが、空気的に許されるかどうかだ。
ゲームでは何百回とランク1で負けて、大金を稼いでいたが、現実になった今、レイモンドとジェラルドの前で何百回も負けることが可能だろうか。
レイモンドは間違いなく痺れを切らして、自分が出場すると言い出すだろう。
ジェラルドもあのゴミを見るような目を俺に向けてくるだろう。
やはり冷静に考えると無理だ。せっかく億万長者になるチャンスなのに残念過ぎる。これが現実の弊害だ。
レイモンドがアランを引っ張って戻ってくる。俺はそれとなく聞いてみる。
「レイモンド、数回負けても許してくれる?」
300回ぐらいの負けは数回に入るはず。
「無理だ、勝て、一度でも負けたら交代だ」
俺の望みは呆気なく断たれた。仕方がない。ここはしっかりと勝っておくか。リンを助け出すリミットもあるから、あまりのんびりしてられないのも事実だ。
「分かったよ、じゃあ、勝つための準備をさせてくれ」
「ああ、何か準備が必要なのか?」
「もちろん、勝ち残るためには絶対に必要なことがある」
そう、いくら英雄の俺でも何の準備もなくてはグラッパーを倒せない。これは仕方がないことだ。不本意だが、勝つためにはやらなくては。
「俺はバニーガールを口説く!」
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待機室はとても汚い、劣悪な環境だった。俺は準備を整えて、選手登録をした。レイモンドの呆れた視線を思い出す。あれは必要なことなのに、あの生ゴミを見る目は納得いかない。
部屋の隅にランスが座っていた。
「ランスさんですか?俺はレン、ジェラルドさんからの依頼で来た」
ランスは若い男だった。拳闘奴隷の生活でやつれ、痣が目立つ。
「あ、はい、よろしくお願いします、今まで来た人達は皆、負けました」
完全に期待していない。またどうせ負けるんでしょ、と顔に書いてある。
「俺は必ず勝つ、安心してくれ」
「皆、そう言ってました」
信頼のかけらもない。信頼は行動で勝ち取るしかないようだ。
「レン、ランスのペア、出番です!」
どこかで聞いたことがある声がかかり、俺たちは入り口へ向かう。そこで、声をかけてきた男を見て、俺は驚いた。
「あ、ガルシア」
闘技場の声がけ役は、まさかのガルシアだった。支配人から急転直下の転落だ。あのまま、すぐにここで働かされているらしい。ゲームでは連れていかれて終わりだったので、俺も予想していなかった。
「……笑いたくば笑えばいい、貴様達に負けた結果、この様だ、お前がボコボコにやられることを心の底から祈ってるよ」
ガルシアからあからさまな敵意を向けられる。俺は素敵なエールを送られて、試合へと向かった。
ランク1の試合で勝つことには、まだ抵抗があるが仕方がない。アランには必勝法があると伝えて誘ったが、実施できず少し申し訳ない。
まあ全て俺の勝利に賭けるように伝えているから、それの利益で満足してもらおう。必勝法が何かは伝えていないし、まとまった金さえ入れば満足だろう。
「ランスさん、基本的に俺が戦うので、離れて見ていてください」
俺の言葉に、ランスは疑わしげに頷いた。
俺たちが闘技場に出ると、既に相手がいた。たしかにランク1では強い方の敵だ。まあ、今の俺の敵じゃない。
「それでは試合開始!」
ゴングと共に試合が始まる。俺はさっと相手に接近する。相手は驚いて慌てて攻撃をしてくる。まるで止まって見えるほどの速度だ。
俺は余裕で回避してダイダロスでカウンターを決めた。たった一撃で勝負はついた。
「勝者、レン、ランスペア!」
拍手が巻き起こる。俺は少し気分を良くしながら控え室に戻った。さすがにランク1は一瞬だった。
「レンさん、でしたっけ? 少しはやるようですね、まあ次は無理でしょうけど」
ランスはまだ信頼していない。ランク1を余裕でクリアできるのは当たり前なのだろう。
なら見せてやろう。ランク2とランク3で英雄の戦い方を見せてやる。