VIPルーム
「おやおや、随分と盛り上がっているねぇ」
野太い声が聞こえた。項垂れるガルシアの身体が震える。
彼の背後から、コツコツと固い足音が近づいてくる。
金色の髪に金色のスーツ。ゴツい指輪を沢山つけ、葉巻をふかしている大柄な男だ。鍛え上げられた大胸筋で金色のスーツがはち切れそうになっている。
日焼けした肌に、ギラついた目。初老と言っても良い年齢だが、年相応ではないほどエネルギーを蓄えているように見える。
両サイドには屈強なダークスーツを着たボディーガードが2名付いていた。護られる張本人が筋骨隆々なので、あまり守っているように見えない。
「これはこれは!まさかゴルディチャレンジで本日成功者が出るとは、おめでたいことだ」
裏の帝王ゴルディは大袈裟に拍手を送る。
「何をしている、早くこの者達に賞金を渡す準備をしなさい」
そう言って、ボーイ達に急かすように指示を出す。ボーイ達は慌てて、賞金の準備を始めた。
「ガルシア君、何をそこで座っているんだい? 我々の仕事はお客様に楽しんでもらうことだよ」
ガルシアは真っ青な表情でゴルディを見上げた。僅かな希望にすがるように見えた。
「ガルシアくん、君には新しいポストを用意している、そこでなら君はより一層輝けるはずだ、さあ、奥で話そう」
優しい言葉とは裏腹に、ゴルディの目は虫ケラを見るように冷たかった。ガルシアは全てを悟った。
「ひっ、ひー、助けて!」
逃げ出そうとするのを、すぐにゴルディのボディーガードが捕まえて、引きずって行く。
「許して下さい!何でもしますから!もう一度チャンスを!」
子供のように喚いているガルシアはバックヤードの扉へと消えていった。
「見苦しいものを見せて、すまないねぇ」
そう言って、レイモンドの前に立つ。優しい笑顔だが、目だけは鋭く、こちらを観察していることが分かる。
「レイモンドくん、このことはレスターシア様はご存知で?」
「私の独断だ」
「そうか、それでなぜ犯罪者もいるんだね」
目がアランに向いている。IDは誤魔化せてもゴルディの目は誤魔化せないらしい。
「まあ良い、君を捕まえたところで、もらえる賞金などはした金だからね、それで……当然ここで賞金を貰って降りたりしないだろう?」
ゴルディの懸念はこちらが勝ち逃げすることだ。ここで、その勝ち分をVIPルームで上乗せしてベットしてくれれば、取り返すことができる。
俺としては、景品の片手剣やエクストラマナポーションを交換できるから、勝ち逃げでいいんだが、さすがにレイモンドに協力させておいてそれは出来ない。
「当然、ゴールドライセンスと交換する」
ゴルディは愉快そうに笑った。
「はははは、そうだ、そうでないと楽しくない、ではVIPルームで待っているよ、楽しい夜になりそうだ」
ゴルディはこちらに背中を向け、奥の赤い豪華なドアに入っていった。
アランは俺と同じで目の前の賞金を貰って豪遊したいと言い出すかと思えば、違った。
「これを元手にすれば、もっと儲かるんだろ? 行くところまでいくしかねぇだろ!」
引き際を知らない、典型的なギャンブル中毒の思考だった。
俺たちはゴールドライセンスを手に入れた。グループで最大4人まで入れるので、俺達全員がVIPルームへ行くことができる。
そして、カジノの奥の階段を登り、豪華な装飾のついた扉に向かった。セキュリティガードにゴールドライセンスを見せ、扉が開かれる。
蝋燭が灯る長い廊下が続いていた。壁には高額そうな絵画が並んでいる。俺たちはその廊下を進む。突き当たりに大理石の螺旋階段があり、その上へ向かう。俺たちの足音だけが響いた。
たどり着いた先は高級なホテルのようなロビーだ。柔らかい褐色のライトに包まれている。そこには1人のボーイが立っていた。
「これより先はゲーム会場になります、現金をここでメダルに交換してください」
レイモンドは言われた通りに、ゴールドライセンスを交換して余った現金を全てメダルに替える。本来1枚20Gだが、ここのメダルは黒色であり、1枚2000Gだった。
そして、俺たちは裏カジノへと足を踏み入れる。薄暗く異様に広い空間だった。ミラーボールからカラフルな光が注ぎ込まれていた。先程までの高級なホテルのような華やかさが消え、どこかアンダーグラウンドな雰囲気が漂っている。
「ようこそ、新たな仲間よ、一緒に楽しもうではないか!」
ゴルディの歓迎のマイクパフォーマンスが始まり、辺りから拍手が生まれる。ゴルディは高い位置で、こちらを見下ろし、美女を両手にどっしりと座っていた。
ドレス姿の美女が、ゴルディの両手代わりにマイクやワイングラス、葉巻をゴルディに差し出している。
「ここでは全てのギャンブルのレートが跳ね上がっている、刺激が欲しい奴らが集まってるんだ、そうだろ?」
あちこちで嬌声が上がる。皆、欲望とスリルに支配されていた。
広い空間の中央に明るいライトに照らされた円形の窪みがある。それはコロッセオを意識させる作りとなり、皆観客席から下を覗いている。
下では、奴隷のようなやせ細った男達が、装備の充実した大男から逃げ惑っていた。
「悪趣味な」
レイモンドがその様子を見て、吐き捨てるように言った。裏カジノの目玉、闘技場だ。
どちらが勝つかベットすることが出来る。上で見ている観客たちは自分たちで選手出場させる権利もあり、強い奴隷などを捕まえて、出場させ優勝賞金を狙ったり、自分で賭けたりして儲けようとする。
またはオッズが異常に高いただの奴隷を一方的に嬲り殺し、それを見てストレスを発散する嗜虐趣味の観客もいる。
他にもいくつかのテーブルがあり、そこではポーカーやブラックジャックなどが行われている。どこも高レートだ。
目的はゴルディの追放だ。ここのゲームでただ遊ぶだけではゴルディに僅かな傷もつけれない。騎士団にここの存在を密告したところで、金の力で揉み消されるだけだ。
俺はイベントのシナリオを知っている。ある程度計画をレイモンドにも伝えているので、俺たちは真っ直ぐに部屋の一番奥にあるソファに向かった。
いつのまにかアランの姿がない。見渡すと露出の多いドレスの女を壁際で口説いていた。俺たちは無視して、先に進む。
奥のソファでは、優雅に1人の男性がお酒を嗜んでいる。その所作は洗練されており、身分が高いことが一目で分かる。
光沢のあるブロンドの髪がセンターで分けられており、同じ色の口髭が丁寧に整えられている。歳を取っているが、その整ったパーツにより10歳以上若く見えるだろう。
大富豪であり、グランダル王国の大貴族、フリードリヒ家の当主、ジェラルドだった。
「この私に何か用かな?」
穏やかな笑みを浮かべて、レイモンドに問いかける。レイモンドは貴族の様式に習い、美しい動作で礼をした。
「ジェラルド卿、私は魔法協会のレイモンドです、本日はあなたにご協力いただきたく参上しました」
ジェラルドは興味深そうな目で、頭を下げたレイモンドを見る。その仕草はやはり息子たちに似ている。
フリードリヒ家には三人の息子がいる。全員が父親譲りのイケメンで、実力主義を掲げている。
幼い頃から英才教育を受け、戦闘の面でも激しいトレーニングを積んでいる。そして、跡取りのことなど全く考えない放任主義でもあり、息子達は好き放題に生きている。
長男は宗教都市ゼーラで戦闘能力が買われ、騎士団長をしているし、三男は冒険者として気ままに女遊びをしながら、生計を立てている。
出来ればやりたくはないが、クリアするメリットが大きいので、どこかでフリードリヒ家のイベントもクリアすべきだろう。
レイモンドが事情を説明する。ジェラルドは真剣な表情で話を聞いた後、ふぅーと息を吐き出した。
「なるほど、君の言いたいことはよく分かった、しかしね、ゴルディ氏を追放することはそんなに簡単なことじゃないし、その経済的な影響は計り知れない、君は彼を追放した後のことをどこまで考えている?」
ジェラルドの鋭い眼差しにレイモンドが口ごもる。ジェラルドはお馬鹿な息子達とは違い、頭がかなりキレる。
残念ながら、息子たちは顔の格好良さは父親譲りだが、頭の方は母親のマリリンに似てしまったのだろう。
なぜこの顔良し、頭良しのハイスペック貴族がマリリンを結婚相手に選んだのかが、疑問だった。