駆け引き
ガルシアにとって絶対に負けられない。こちらも条件がフェアになっただけで負ける可能性は十分にある。魅力的な提案に思える。
「ゴールドライセンスが欲しい」
レイモンドの返答にガルシアは表情を歪める。ゴールドライセンスそう簡単に発行できるものではない。その分のメダルが必要になる。あまりに高額過ぎて、ガルシアのポケットマネーでは補えないのだろう。
「残念です、欲張りは身を滅ぼします、後悔しないで下さいね」
ガルシアは殺意すら含んだ眼差しでこちらを睨み付け、吐き捨てるように言った。
「交渉決裂だな、俺たちはここで勝つ」
俺はガルシアに強気で言い放つ。そのとき、アランが突然気づいたように言った。
「おい、ちょっと待て! 相手のコールによっては、もう2回目のチャンスがないかもしれない!」
アランは何かに焦って、レイモンドの肩を叩く。その衝撃で、レイモンドが手札を落としそうになる。
それは致命的な隙だった。
ガルシアがにやっと笑う。レイモンドの反応で分かる。彼は咄嗟に落としそうになった手札に手をかざしてガードした。
この土壇場でアランのせいで、魔法の妨害が一瞬切れてしまったのだ。
「惜しかったですね、レイモンドさん、今、一瞬気を抜きましたね」
勝ち誇るようにガルシアが告げる。レイモンドの手札は重なっていたし、咄嗟にガードしたから見られていないだろう。
しかし、山にある1番上のカード、つまり次にレイモンドが交換するカードは妨害魔法がなくなり、見られてしまった。
それにこちらは大きなミスを犯した。俺はすぐに行動する。
「先程の要求を飲む、ゴールドライセンスじゃなくていい、ほどほどの金で妥協しよう」
俺は慌てて、ガルシアに告げる。レイモンドの意思も無視して動く。あの致命的なミスにガルシアが気づく前に。
ガルシアは先程とは手のひらを返して、焦っている俺を見つめる。何かを探るように思考する。
そして、はっと目を見開き、口元に手をかざした。堪えきれず笑い声を漏らす。
ガルシアは気づいてしまった。
「くくく、くははは、惜しかったですね、もう私の勝ちは決定です」
周りに観客がいるのも忘れ、高笑いする。ガルシアは両手を広げ、立ち上がり俺たちを見下す。
「無能な仲間がいると不憫ですね、レイモンドさん、もしあなた1人なら、私に勝てていたかもしれない、残念ながら交渉は決裂です、私は勝ちます」
そう言って、俯くレイモンドを煽るように言う。
「私は4をコールします! これで私の勝ちは揺るがない」
魔水晶が14から10の数字に変わる。
「くふ、くふふ、くはははは、これで終わりですよ、先程あなたの連れは、私のコールによっては、もう2回目のチャンスがなくなると言いました、それが失言でしたね」
ガルシアは数字を10にした。実は11、12、13の3つ数字と10の数字は全く持つ意味が違う。
ルールでは123の合計6未満になれば流れ引き分け、事実上負けとなる。
たとえば、ガルシアがコールして11にした場合、次にレイモンドが1をコールして10となり、ガルシアはもう一度コールをしなければならない。
これは12や13にしても同様だ。もう一度危険を犯すことになり、レイモンドには2回目のチャンスがある。
しかし、10ならばレイモンドが1をコールしても9になり、次のターンでガルシアは4をコールして5にすれば、その時点でゲーム終了となり、安全に逃げ切ることが出来る。
つまり今回のコールだけの1回のリスクで逃げ切れる。
アランは2回目のチャンスがなくなるかもと言ってしまった。もし合計値が10ならば、その発言は出てこない。今のコールで10になって勝つか、2回目のチャンスがあるかの、どちらかだからだ。
更にレイモンドが魔法の妨害を一瞬途切れさせたことで、次の交換カードがガルシアに見られてしまった。
ガルシアは魔法を妨害される前、レイモンドの手札が4と5と9であることを確認している。
そこで捨てたカードは間違いなく9であると予想できる。
なぜなら、数字は小さくなっていくので、後半で9は最も不要なカードだ。それにもし9が手札にあれば、最小で129の12となり、10のコールは絶対的な安全が保障される。
だから、ガルシアは手札に残ったのが4と5だと確信している。更に、アランの失言から、手札に1はなく、合計値が10ではないと分かる。
そして、彼の勝ち誇った顔を見る限り、妨害が途切れて見えた山の一番上のカードは1ではないのだろう。
これで4コールでの魔水晶10は、カード交換でも合計値にならない絶対安全な数字であり、2回目のリスクを背負うことがない、勝利確定の一手となった。
俺は顔を覆った。
ガルシアの高笑いが俺たちに降りかかる。嘲笑が否応なく浴びせられる。
「はははは、もう残念ながら2回戦は受け付けませんよ、あなた達は欲張って負けた、僅かなミスからここまで読み切った私の勝ちです」
ガルシアは鋭かった。さすがはゴルディの右腕として支配人を任されているだけある。アランの僅かな失言に気づかれた。
本当に良かった。
気づいてくれた。
「上がりだ」
レイモンドは手札をオープンする。
「え? はぁ? 何言って……」
ガルシアがオープンされた手札を見る。そして、絶叫した。
「あぁあああ!!!あ、あ、ありえない!」
悲鳴がフロア中に響く。ガルシアは信じられないように何度も手札を確認する。
何度見ても145で合計値10だ。魔水晶の数字も紛れもなく10になっている。
俺は普通にゲームが進行すれば、引き分けになる可能性が高いことを危惧していた。
リセットが効かない現実では、上がれる可能性が低い。
だからこそ、一芝居打つ必要があった。ガルシアの、思考を誘導したのだ。
事前に俺たちは、途中でアランがレイモンドの邪魔をして、魔法の妨害を切らす策を考えていた。そうすれば山札の一番上だけ見せることができる。
ガルシアはもしアランの失言で合計値が10ではないと予想しても、次のカード交換が1である可能性を考える。
それでも10を選ぶ可能性は高いが、最後に後押ししてあげた方が確実だ。
つまりあえて次の交換カードを見せ、1ではないと分からせ、安心させる。
アランは見た目に反して、実は馬鹿じゃない。特にお金が絡むことでは非常にずる賢い。
ガルシアが10にすれば勝ち確定だと思った理由は、そのまま俺たちが10で勝てる理由になる。
俺の焦って交渉する演技も必要不可欠だ。なぜ慌てて先ほどは跳ね除けた交渉をしようとするのか。それは状況が不利になったからだ。
鋭いガルシアなら、そこから俺が何を隠したいのか考える。これでガルシアは自ら罠に足を踏み入れてしまった。
他にも手札の状況と魔水晶の数字によって、何パターンも罠を準備していた。レイモンドとアランもしっかり覚えてくれた。
ゲームではこんな勝ち方は出来なかった。現実だからこその勝ち方だ。
俺は現実世界で、ざわざわする顎が長い男、謎の事務局と戦う詐欺師、百華桜学園の黒髪ボイン、カリ梅大好き男の漫画を読破している。
こうゆう展開もお手の物だ。
「俺たちの勝ちだ」
俺の宣言に、観戦していた観客達から盛大に拍手と声が上がった。
ガルシアは崩れ落ちる。
ゴルディチャレンジをクリアした。