男の浪漫
「いらっしゃいませ、ゴルディカジノクラブへようこそ」
ボーイが上品にお辞儀をする。俺たちは赤い絨毯の上を歩き出した。
俺たちはタキシードに蝶ネクタイをし、髪を整えている。カジノにはドレスコードがあるため、レイモンドが全て揃えてくれた。
髭を剃り、髪を整えたアランは見違えるほど紳士に見えた。体型は少しお腹が気になるが、元々は勇者としてパッケージにも載るキャラクターだ。歳をとってもカッコいい。
レイモンドが手を回し、偽のIDを手に入れているので、アランは別人としてカジノに出入りできるようになった。
レイモンドもやたら似合っている。洋画に出てきそうな俳優に見える。
俺も自分でタキシードが似合っていると思っている。鏡の前で何度もポーズを決めてしまったほどだ。現実では着たこともなかったが、中々様になっている。
そして、ポチ用のスーツもあるのが、ゲーム仕様だ。なぜかレイモンドは犬用を所持しており、ポチもかっこよく決めている。心なしか得意げそうに見える。
服装さえしっかりしていれば、犬もカジノに入れるというのが、ゲームっぽい。
広いホールには大勢の人がいて、それぞれ多種多様なギャンブルを楽しんでいる。
俺たちは事前に作戦会議を終えている。何をすべきかは共有している。
このカジノにゴルディはいない。この上階のオーナールームで優雅に美女と酒を飲んでいるだろう。
まずはゴルディのところまでたどり着かなければいけない。
「飲み物はいかが?」
俺は差し向けられたシルバートレイを見た。トレイの上にはお洒落なシャンパングラスが並んでいる。俺はそのグラスの向こう側から目を離せなかった。
RPGカジノ御用達の、あのステキなコスチュームを着たお姉さんの、強調された一部分から目をそらすことができない。
そう、バニーガールだ。俺は別にバニースーツが好きではない。しかし、しかしだ、現実になったバニースーツの魅力に抗えるだろうか、いや抗えない。
しかも、今は俺の抑止力となっているリンがいない。ならば今やるべきことはただ1つ、存分にバニーガールの姿を目に焼き付けるべきだ。
「よお、嬢ちゃん、ちょっと良いところいかねぇか?」
アランが素早く間を詰めて、うさしっぽをわさわさと撫で始める。速い。これが鍛え上げられた勇者の力。
バニーガールの子にあからさまな嫌悪感が見える。苦笑いで、ダメですよー、と可愛らしく断っている。
「いいじゃねぇか、ちょっとぐらい」
すごい。どこからどう見ても嫌がられているのに、それに屈しない鋼のメンタル。圧倒的な防御力だ。これこそが勇者の力。
「お客様……それ以上はおやめください、お帰り頂くことになります」
急に暗い影が出来た。野太い声が聞こえ、俺たちは振り向く。そこには巨木のような男がいた。
セキュリティガードらしく、ダークスーツを身につけ、スーツの上からでも丸太のように太い腕や胸板が分かる。
身長は2メートル以上あり、体重もかなりあるだろう。サングラスをかけた黒人の男だ。このカジノの警備責任者ロドリゲスだ。
元勇者であり、かつて人外の力を行使したはずのアランでさえ、冷や汗をダラダラと流していた。
「やだなー兄弟、ちょっとお話してただけだ、もう何もしねぇよ」
アランはそう言って、さっと逃げて行く。俺とレイモンドもその後を追って、ロドリゲスの視界から一目散に逃れた。
レイモンドはアランや俺に呆れかえっていた。
「お前たち、分かっているのか?我々には使命がある、バニーガールなんて無視をしろ」
アランの雰囲気が変わった。かつての勇者を彷彿とさせる闘志が背中から立ち上る。
「レイモンド、てめぇ、バニーガールなんかって言ったか?」
アランが消えた。そう錯覚するほど速く移動し、レイモンドの懐に潜り込んでいた。そして、胸ぐらに摑みかかる。
「バニーガールは男のロマンだ!それを愚弄するのは許せねぇ!」
「お、おい、待て、何を言っている、こんなことをしている場合じゃ…」
「こんなことだぁ?男のロマンを愚弄しておいて、その言い方はねぇだろ!」
レイモンドは慌てて俺に視線を送る。俺は仕方なく加勢することにした。
「そうだ!バニーガールのあのくびれ、露出した胸、蠱惑的な脚線美、あの芸術的な美しさがなぜ分からない!」
もちろん、アランに加勢する。
それから数分間、俺とアランのバニーガールトークを受け続けたレイモンドはぐったりした表情で観念したように言った。
「バニーガール最高……網タイツ万歳……ウサミミブラボー、それが世の中の真理だ」
「ふん、やっと分かったか」
「レイモンドも同志になってくれて、嬉しいよ、さぁ、バニーガールを鑑賞しに行こう!」
レイモンドは悪い夢を見ていたのだろう。これからは俺たちと同様、男の浪漫を愛でる仲間だ。
「お客様……それ以上騒ぐと、お帰り頂きます」
そして俺達は背後に立つロドリゲスに気づいた。
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気をとりなおし、俺たちは本来の作戦を開始することにした。まずゴルディに会うためには、ゴールドライセンスという景品を手に入れる必要がある。
これはかなり高額な景品であり、ゴールドライセンスを手に入れることで、VIPルームへ入ることが出来る。
VIPルームという呼び方だが、金持ちのみが集まる裏カジノだ。そこでゴルディは要人や富豪から財産を巻き上げている。
ゴールドライセンスの交換メダルは100万枚。1枚20Gなので、全て現金で買おうとすると2000万Gだ。とても俺では手が出せない。
普通にカジノを楽しんでいては絶対に達成できない金額だ。原因は高額ベットによる運補正にある。
ポーカーでもブラックジャックでもルーレットでも、ある一定額を超えると、超常的な力で100%勝てなくなる。そんな素敵な仕様がこのLOLにはある。それは俺たちオーシャンズ15が身を持って調べ上げた。
既にいくらのベットで運補正が発生するかは把握している。たとえば、ルーレットならメダル5000枚からだ。5000枚ベットすれば、100%外れるようになる。ポーカーなら3000枚だ。ダブルアップは3回目以降、必ず負ける。
つまりこのカジノで勝つためには、運補正が働く条件より下で正しい確率で戦わないとならない。それも胴元が儲かる計算なので、必勝法は存在しない。
しかし、イベントを利用すれば、あるゲームで必ず勝つことができる。
それを可能にした鍵がレイモンドだ。本来、自力でゴールドライセンスを手に入れることは出来ない。しかし、ゴルディ追放イベント中のみ、レイモンドの協力があれば、それが可能になる。
このカジノで最もハイレートで人気があるのが、一番奥にあるゴルディチャレンジというゲームだ。
ゴルディが考案したゲームで、参加料に大金が必要となる。そして、ディーラーはここの支配人ガルシアが執り行う。ガルシアはゴルディの右腕、ここのNo.2だ。
ゴルディチャレンジは、負けるとベットした金額を失う。しかし、勝利すると今まで溜まっていた賭け金がまとめて手に入るジャックポットとなる。
賭け金が高額だが、バックがかなり大きい。一攫千金を夢見て、多くのギャンブラーが挑戦している。過去には数人の成功者がいて巨額の富を得ている。
ルールは至ってシンプル。まず一回のチャレンジで2万枚のメダルの参加料が必要。金さえあれば、何回チャレンジしても良い。
1から9の数字が書かれたカードが1枚ずつある。プレイヤーに3枚配られ、ディーラーにも3枚配られる。残りの3枚は山としてシャッフルされてテーブルに置かれる。
そして、テーブル中央の魔水晶に25の数字が現れる。ディーラーからターンが始まる。カードを1枚捨て、山から1枚引く。1から4の数字をコールし、その分魔水晶の数字が減っていく。
次にプレイヤーもカードを1枚交換し、1から4の数字をコールし、数字を減らして行く。捨てたカードもシャッフルされ、山に加えられる。つまり常に山には3つのカードがある。
ゲームの勝利条件は、自分の3枚のカードの合計が魔水晶の数字と一致することだ。ただし、ディーラーが数字を減らしての一致と自分がカードを交換しての一致が勝利であり、自分で数字を減らして一致をさせるのは除外される。
もちろんディーラーにも同じ条件が適応される。ディーラーに先に上がられたら敗北だ。ちなみにどちらも上がらず、1+2+3の最小6未満のカウントになれば、引き分け。これも敗北扱いとなり、賭け金は帰ってこない。
例えば、始めのカードが5と7と9とする。5+7+9は21だ。ディーラーが1ターン目に4をコールすると、魔水晶は21になり、一発で勝利となる。
また4と7と9で合計20の手札のとき、ディーラーが4をコールして魔水晶が21となり、次にこちらのターンで7を捨てて、引いてきたカードが8だった場合、4+8+9で21となり勝利となる。
カードは9枚しかないので、自分の手札3枚と捨てた1枚の4枚は把握出来る。つまり相手のカードは残り5枚から3枚なのである程度推理することができる。
それを加味して相手の合計数字にならないようにコールをしていくのがこのゲームの醍醐味だ。
ゲーム内のオリジナルゲームにしてはよく出来たルールであり、読み合いも面白い。やってみると上がるのは難しく、引き分けで流れることの方が多い。
しかし、忘れてはならないことが一つある。それはこのゲームがLOLだということ。
ゴルディチャレンジは、過去に成功者が出て巨額の富を得ている。
というのが表向きの告知。実は今までの成功者は全員ヤラセで、カジノ側の人間であり、カジノは成功者が出ても一切損をしていない。
時々、成功者を出さないと、チャレンジャーがいなくなってしまうので、サクラを用意しているのだ。
愚かなギャンブラーを食い物にするための撒き餌だ。光に魅せられた虫達は命の次に大切な金をジャブジャブと吐き出す。
つまりこのゲーム。絶対に勝てないようにできている。