堕ちた勇者
アランは酒をくびっと煽った。
「ん?何?お前、俺のこと知ってんの?」
「ええ、もちろん、有名な方ですから」
「ふーん、まあな、何たってあの魔王を封印した張本人だからよ」
気分良さそうに武勇伝を語り始めた。
本人は美化して良いことだけ言っているが、事実は残酷だ。幼い頃から勇者ともてはやされ、その何でも自由に出来るほどの圧倒的な力を魔王討伐に向けていた。
そして、魔王を封印した後、国から莫大な謝礼が支払われ、一生困らない財力を若くして手に入れた。
その風貌と強さから女性からのアプローチも多く、かなりモテ始めた。今まで戦いしか知らなかった少年にはその刺激が強すぎた。
力が彼を増長させ、莫大な財産を彼は欲望に忠実に湯水のごとく使い始める。
毎日毎晩盛大にパーティーを開き、酒と女に溺れる。そして、彼はギャンブルにも手を出し、財産を急速に減らしていく。
いつのまにか使い切れないほどあった金は消え、それでも生活を変えることが出来ず、山のように借金を増やしていった。
首が回らなくなり、ついには犯罪に手を出し、国から追われる立場となり、救国の英雄は盗賊団の頭になった。
まるでハリウッドの天才子役を彷彿とさせる見事な転落人生だった。
「俺がデュランダルを売ろうとしたとき、ナラーハのジジイが何て言ったと思う?あのやろう、かつての誇りを捨てるのかって言いやがった、誇りで飯が食えるわけねぇだろってな、がはははは」
アランは気前良く昔話を続けている。もはや子供の頃の美少年の面影は見る影もない。
俺は先程から、すげぇ、かっけぇ、さすがっすね、のワードしか言ってないが、アランは乗りに乗っていた。
ちなみに仲間にしても当時の強さは期待出来ない。まるで別のキャラと思っていいほど、弱体化している。
これはゲンリュウやナラーハにも当てはまる。あるイベントで若かりし日のゲンリュウを一時的に仲間に出来るが、その強さは異常だった。今のゲンリュウとは天地の差がある。
ナラーハはあの頃からお爺ちゃんだったが、どうも弱体化しているらしい。何か理由を言っていたが、開発スタッフの後付けのような気がしてならない。
唯一、あの頃の強さをキープしているのが大魔導ソラリスだ。いや、むしろ当時よりも強いかもしれない。
「ふぅー、お前は中々話が合うな、どうだ?俺の所に来ないか?」
アランは俺を盗賊団にスカウトしてきた。俺は慎重に言葉を選ぶ。
「実は俺にはやるべきことがありまして……」
「ん?ごめん、聞こえなかった」
俺の喉に刀が触れていた。有無を言わさぬ無言の圧力がかかる。
「あなたはこんなところで燻るような人じゃない」
刀が躊躇いなく振り抜かれる。俺はスレスレで床と平行に身体をそらし、回避する。その瞬間、アランの目の色が変わった。
「……てめぇ、何者だ? 今の動き、普通の人間じゃねぇ」
酔いか急速に冷めている。眼光が鋭く研ぎ澄まされていた。
「俺は」
再度、油断をついてアランが高速の剣撃をふるう。俺は座った状態から飛び上がり、空中で身体をひねってその刃を完璧に回避した。
剣を振り抜いたアランは、目を見開いて驚愕していた。今のは本気で殺すつもりの斬撃だった。
「試すのは終わりだ、てめぇは俺の敵か?」
「敵じゃない、俺はあなたの力を借りに来た」
「はんっ、お前に協力して俺に何の得がある」
俺はにっと笑った。彼が必ず食いつく極上のエサは既に用意してある。
「実は……ここだけの話、カジノで必勝法がある」
アランの目の色が一気に変わる。こうゆうギャンブル中毒者は必勝法などという甘い幻想が大好物だ。
「嘘だったら殺すぞ?」
「嘘じゃない、それでガッツリ稼いで街で立派な屋敷に住んで贅沢三昧しよう、美女達と毎晩パーティーライフだ」
アランの目が欲望に満たされていく。典型的なダメな人間だが、今回はありがたかった。
「ふん、いいだろう、協力してやる、で、何をすればいいんだ?」
「ちょっと魔王城に乗り込もうと思って」
俺がさらっと言った言葉に、アランは固まる。どうやらまだその意味が飲み込めていないらしい。数秒遅れて、アランは大声を上げた。
「はぁぁぁぁ!お前イカレてんのか!?魔王城乗り込むとかどこの勇者だよ、無理無理無理、絶対死ぬ、俺が現役の頃でも殺しきれなかったウルフバンクとかいうマッチョが今幹部やってるんだぜ、あれより強くなってたら、今の俺らは小指一本で殺される」
ウォルフガングはもう倒したとは言いづらかった。
「いや、俺もイカれてるとは思うよ、だけど、行かないといけなくて」
「お、おう、お前、相当クレイジーだな、何の用で行くんだ?正直、上手く隠密行動して、宝物とか盗み出そうとかなら、可能かもな、魔王城のモンスターは信じられねぇほど強いから、戦闘は無謀だぜ」
「ああ、魔王城にいく理由は魔王軍の幹部を殺すためだよ」
再度固まる元勇者。そして、一気にまくし立てる。
「はぁぁぁ!はぁぁぁ!はぁぁぁああ!意味が分からねえ、死にたがりの自殺志願者かてめぇは!無理無理無理!ぜぇっーーーたぁい、むり!魔王軍幹部の強さってヤバいから、もはや勝負にすらならないぜ、瞬殺される、しゅ・ん・さ・つ!」
何だか無理と言われ過ぎて腹が立ってきた。英雄に向かって無理という言葉はひどく気分を害する。
「いや、戦うのは別に俺1人でやるから、そこまでの準備を手伝ってほしい、魔王城までも来なくていいから」
「お、おう、まあお前がそんなに死にたいなら、無理に止めねぇよ、ただな人生はそんな捨てたもんじゃないぜ、まともに生きてりゃ良いことあるさ」
何で酔っ払いの盗賊に慰められないといけないのだろうか。それとお前はまともに生きてないとツッコミたい。
「じゃあとりあえず、契約成立ということで」
「おう、その代わり、しっかりと稼がせてもらうぜ、そうと決まれば早速カジノに向かおう」
俺は無事にアランの約束を取り付けることに成功した。その時、モヒカンが勢いよく飛び込んできた。
「ボス!大変だ、騎士団の奴らが攻めてきやがった!」
リックが呼んでいた騎士団が遂に突入してきたらしい。アランは不愉快そうに眉をひそめた。
「は?だから何だよ」
「え、あ、はい、一応敵襲なので報告した方がいいかと、報連相は組織の維持に不可欠と兄貴も言っていたので」
なぜかモヒカンなのに、まともなことを言っている。報告して責められるモヒカンが可哀想に思えてきた。
「あぁあ? てめぇは学校で習わなかったのか?ホウレンソウは食べ物だ!俺は苦手だけどな、殺すぞ!」
完全にパワハラ上司と部下の構図だ。アランの学がないことが露呈している。
「ひっ、す、すみませんでした」
「いいか、俺が正しい報告ってのを教えてやる、虫けらが喚いていたんで、全部駆除しておきました、って言え、騎士団ごときお前らで余裕だろ」
「はい! 50人程度なら俺だけでも3分で片付けられます」
モヒカンが有能過ぎる。
「なら全部終わった後に報告しやがれ、俺はバトルジャンキーじゃねえ、アルコールジャンキーだ、分かったか!」
アルコール依存症だと自覚はあるらしい。アランはぐびっと酒を煽る。モヒカンは退出せずに、躊躇いがちに口を開いた。
「その……ボス、実は俺も全員殺してから報告しようとしたんですが、やたら強いのが1人いまして」
アランの雰囲気が変わる。
「お前より強いのか?」
「はい、冷静に考えて俺じゃ勝てません」
アランは長い息を吐き出して立ち上がった。若干ふらついている。
「おい、お前、名前は何だ?」
「俺はレンだ」
「レン、ちょっと待ってろ、野暮用を片付けたら早速カジノに向かうからな」
そう言って、アランはモヒカンに先導され、部屋を出て行く。俺も興味があったので、その後に続いた。ゲームのイベントではそんな強い奴はいなかったはずだ。何かイレギュラーが起きている。