地竜レース
俺はまず目当ての地竜を探しにいく。既にどの地竜にするかは決めていた。俺は昨夜泊まった竜舎に向かい、仲良くなった隣人に声をかけた。
「おーい、エサ食べるか?」
俺は干し肉を3個投げ入れる。その地竜は美味しそうにすぐに食べきった。
正規のエサ以外は基本的におススメされない。パラメーターがダウンすることが大きいからだ。
しかし、俺は干し肉を与えたこの地竜を選ぶ。
「一緒に来てくれるか?」
俺は言葉が通じないと思いつつ、そう声をかけ、地竜の手綱を引いてマーカスの下に向かった。
マーカスは俺が選んだ地竜をじっと見つめ、しばらくして嘲るように笑った。
「そいつでいいのか? じゃあレースを始めよう」
俺はマーカスに連れられて、牧場の端にあるレース会場に移動する。障害物があるトラックであり、1周すればゴールとなる。
ちなみにレース中はスキルや魔法は全て制限される。つまりそれらを頼りにしたイカサマで勝つことは出来ない。純粋にルールに則り、俺はマーカスに勝つ。
「参加料、払え」
マーカスが金額の記載がある紙を見せ、訴求する。俺は素直に参加料を払った。
「そうだ、お前さんに良い話がある、もし腕に自信があるなら、このレースに賭けるか?」
金にがめついマーカスは、参加料だけでは足りない。どこまでも欲張る。
「お前が一位になったら、お前が賭けた賭け金を倍にして返してやろう、その代わり俺が一位になったら、賭け金は全額いただく、どうだ?悪い話じゃないだろ?」
それ以外の人が一位になったときのことは言及されない。まあそんなこと起こり得ないから別に良いが。
「ありがとうございます!ではこれだけ賭けます」
俺は全財産を渡す。マーカスは予想以上の金額に目を丸くし、涎を垂らした。
「お、おおお、熱い男だ、俺は嫌いじゃない、正々堂々良いレースをしよう」
そう告げて、パドックに俺たちは向かう。既に競争相手の2人は地竜に乗って待っていた。
マーカスを入れ、計4人で戦うことになる。しかし、こいつらモブが勝つことはない。初めからレース結果は決まっており、マーカスが必ず一位になる。一通り自己紹介を終え、俺たちはスタートラインについた。
「頼むぜ、相棒」
俺は自分が選んだ地竜の首を優しく撫でた。地竜はご機嫌に鳴いた。
「さあ、俺の愛竜、カネスキーダイオーの力を見せてやる」
「くくく、今日は我が竜、ヤオチョーランナーが火を吹くぜ」
「全く皆さん、熱くなってしまって、勝つのはこの私の竜、ボウガイマイスターに決まっている」
何か無駄にキャラを出してくる他の騎手達。俺は無視を決め込んだ。
「さあ正々堂々、戦おう」
マーカスは爽やかにそう言う。そして、ゲートが開けられた。
一斉に竜達がスタートする。
しかし、ここで加速9、スピード10のマーカスが乗っているカネスキーダイオーが先行するはずだが、なぜか俺よりも少し後ろにいる。
そして、他の2名が先行する。マーカスは第1レーン、俺は第4レーン、走りながらマーカスは距離を詰めてくる。
「悪く思うな、これがレースの醍醐味だ、ルール違反じゃねぇ」
マーカスはそう言って、バランス9のカネスキーダイオーの身体を勢いよく、俺の竜にぶつけた。
バランスが崩れ、勢いよく転倒する。このレースではバランスの数値が低い方が必ず転倒する。
そう、マーカスは必ずレースが始まった瞬間、ぶつかってきて転倒をさせてくる。どこまでも性格が歪んでいる。
俺はその性格の悪さにある意味感心しながら、竜を走らせる。
転倒して目を白黒させているマーカスを無視して。
これが『バランスマックス必勝法』だ。俺の竜がカネスキーダイオーにぶつかって相手が転倒した理由。それは単純にカネスキーダイオーのバランスが9で、俺の竜が10だからだ。
カラクリは単純。エサは最大3個までしか与えられない。満腹なってしまうからだ。しかし、実は前日の夜にエサを3個上げると、次の日の朝も3個食べてくれ、最大6個食べさせることができる。
ちなみに次の日にもう一度エサをやっても3個食べてくれるが、最初の日のエサ分の効果は消えているので、あまり意味はない。
干し肉はバランスを1上げる代わりに、ほかの全パラメータを2下げる。しかし、マイナスの概念はなく、1よりも下にはならない。つまり、初めからバランスが4ある地竜に干し肉を6個食べさせると、スピード1、加速1、スタミナ1、バランス10という地竜が完成する。
俺は元々バランスが4の地竜がどれかは暗記している。昨日の隣人が丁度その竜だった。昨日の夜、寝る前に既に干し肉を3個与えていた。
あとはレース開始と同時にマーカスは必ず自分からクラッシュしてくる。そうすれば、マーカスは自分から転倒する。俺は彼より前に出る。この時点で俺の勝利は確定する。
カネスキーダイオーはスピードも加速も高いので、すぐに追いつかれる。だから、抜かされないようにディフェンスをして、前に出させないように頭を押さえ続ければいい。スピードは向こうが圧倒的に上だから、抜かそうとすれば簡単に出来るが、抜かされそうになったら身体をぶつければ、間違いなくマーカスは転倒する。
少しでも前に俺が出た時点で奴に勝ち目はない。マーカスが俺に嫌がらせをせず素直にレースをしていれば俺に勝ち目はなかった。
他の奴らは無視してもいい。彼らは絶対に1位にならない取り決めがある。マーカスより進んでいると謎のペースダウンや、あえてデコボコで転倒して、マーカスに一位を譲る。
だからこそ、これでゆっくり走りながら、抜かそうとするマーカスの頭を押さえ続ければ勝てる。ちなみにこのディフェンスもそこそこ難しいが、そこは練習を十分に積んだ英雄だ。もはや完璧に押さえられる自信がある。
マーカスは俺にすぐに追いついてくる。俺は必ずマーカスの真ん前に位置取る。追い抜かそうと右に移動するが、完璧なマークで俺も右に移動する。
そして、スピードを上げて追い越そうとするマーカスに接触し、盛大に転倒させる。これを繰り返すだけだ。
マーカスは鬼のような形相で怒り狂っていた。
「て、てめぇ、ちゃんと正々堂々勝負しやがれ!」
俺はむっとして返答する。
「悪く思うな、これがレースの醍醐味だ、ルール違反じゃない」
そっくりそのままマーカスの言葉を返す。マーカスは青筋を浮かべて、悪態をつく。
レースは続くが、俺は常にリードを守ったまま、絶対に抜かさせない。
「ぐぐ、急に腹が……」
「どうした急に私のボウガイマイスターが暴れだしたぞ」
わざとらしく、そう言いながら残り2名はゴール手前で右往左往している。一位になれないからマーカスを待っているんだ。
俺がゴールに近づいたとき、彼らはマーカスをアシストすべく、手元が狂ったうんぬん言いながら、俺に二人掛かりで突っ込んでくる。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」
俺は某悪役の言いそうな台詞を吐きながら、その2人を転倒させ、蹴散らした。バランス10は無敵だ。
結果、俺はマーカス達をボロボロに転倒させながら、最も早くゴールした。
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「ああ……なんだ……その……約束通り地竜はやる」
マーカスはレースの途中まで怒り狂っていたが、後半になると何度も転倒させられ、勝ち目が全くなく、完全に意気消沈していた。
マーカスから竜呼びの笛を手に入れる。これは吹くと、どこからともなく地竜が現れて乗せてくれるという現代のタクシー迎車より便利なアイテムだ。
「その……賭けの支払いなんだが、実は手持ちが……」
俺はマーカスの肩を優しく叩いた。
「元金さえ返してもらえればいいよ、その代わり少しお願いを聞いてくれ」
マーカスはほっとした様子で、にっこり笑った。
「もちろんだ、俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
何だかレースに負けて、急に毒気が抜かれて良いキャラに転向している。
「この後、何匹か連れてグランダル城下町に向かって欲しい、そこでギルバートっていう男にその竜を貸してやって欲しい、向こうでは結構顔の知れた男だから、その辺りの人に聞いたら宿泊している場所は分かると思う」
これでギルバートがグランダル城下町から魔法都市エルドラドまで地竜で来ることができる。大幅な時間の節約になるだろう。ここまでは計画通りだ。
「もちろんだ、それぐらいやらせてくれ」
「ありがとうマーカス、それじゃあお礼にもっと稼げる案を出そう、今ここの地竜は育てて商人や貴族などに高額で売っているだろ、だが、あまり能力のない地竜は中々売れない」
「まあ、確かにそうだ、もともと地竜は金持ちの移動手段だ、金のない商人や旅人は基本的に徒歩で移動だからな」
「そこで今回のようにグランダル城下町に能力の高くない地竜達を送るんだ、売るではなく、貸してレンタル料を取る、街の人にとっては安く便利な地竜を使えて、こちらは売れ残っている地竜たちを有効活用できる、もちろん持ち逃げされないようにセキュリティなどは考える必要があるが、儲かるビジネスだと思う」
マーカスの目が輝き始める。キャラが変わった気もするが、元々のお金大好きな性質が戻ってきた。正直、怪しい情報商材で稼ぐより、世の中のためになる方がよっぽど良いだろう。
「それは良い案だ! 早速実現に向けて動こう、ほかのライバルもいない、俺の独壇場、ぐふふ、金が儲かる」
マーカスはニタニタと気持ち悪く一通り笑った後、俺に頭を下げた。
「いろいろと悪かった、レンさんで……良かったか? レンさんのおかげで大きな商機が出来た、こんなショボいビジネスなんてしてられない、目が覚めたぜ」
俺とマーカスは握手を交わす。やっぱりビジネスはwin-winが原則だ。
ここまでは計画通りに来た。次は地竜の足で、魔法都市エルドラドに向かおう。