不確定要素
「レンの旦那、どうするんだ?」
アリアテーゼのみをターゲットに絞るならば、彼女のイベントをこなすことも選択肢に入る。
世界樹で出会った3人組のイベントだ。次のイベントでリーダーと戦い、次のイベントで下っ端の女がアリアテーゼだったと判明する。そこでは戦闘にはならないが、こちらから攻撃を仕掛けることは可能だろう。
しかし、俺はこの方法を選ばない。
「魔王城に向かおう」
恐らくそれが最適解だ。リンは魔王城に捕らえられている可能性が高く、またアリアテーゼやプロメテウスも魔王城にいるだろう。
アリアテーゼ討伐の名目で、プロメテウスとリンに接近することができる。そうすればプロメテウスを倒す機会が得られる。
だが、足りていない要素がある。
圧倒的に強さが足りない。
そもそも今の俺のレベル、パラメータ、スキルでは魔王軍幹部に太刀打ちできない。ウォルフガングに勝てたのは、作戦があったからだ。
それにパーティメンバーも揃っていない。ギルバートは役に立っているが、魔王軍相手には火力不足だ。レベルもまだ低い。魔王城のノーマルの敵さえ防御力を突破出来ないだろう。
ポチはまだ戦闘要員ではない。最終まで育てきればいいが、時間が足りない。
そもそも俺がポチをゲームで最終メンバーに入れていたのは、特殊なユニークスキルがあるからだけではない。それだけでポチは最高だとは言わない。他にも強いキャラは多くいる。
最後まで育て上げたポチは純粋な戦力として、ソラリス、ウォルフガングに引けを取らないと思っている。
ポチの本当の力はまだこの先にある。
俺は次にユキに視線を向けた。彼女を戦力としてカウントは出来ない。メアリーと同じ身体を共有してあるので仲間にしたが、まだ彼女のことをよく知らない。話した感じだと、良い子に思えるが信頼と呼ぶには値しない。
ユキと目があった。ユキは少し悔しそうな表情で言った。
「レンはまだ私を信頼出来ないと思う、でも、私の力が必要な時は言って」
俺は頷いた。ユキには悪いが、彼女は世界を滅ぼす力がある。髑髏の腕輪はそう簡単に外せない。
だが、世界が滅びるリスクがあっても、彼女の力が必要なら、俺はその選択をするだろう。
それにユキにはもう一つの力がある。全状態異常無効、物理攻撃無効、氷属性吸収、氷属性以外の魔法ダメージ無効だ。
本来、敵しか持ち得ないスキルを揃えている。それでもダメージを与える方法はあるが、かなり特殊な状況になる。普通の戦闘では無敵と言って良いだろう。
本当ならば、ポチの『ワンフォーオール』で全パーティのダメージをユキに肩代わりしてもらいたいが、残念ながら、効果はパーティメンバーのみだ。
ユキは仲間ではあるが、システムとしては敵NPC扱いのため、パーティに入れることが出来ない。
「少し1人になる時間をくれ」
俺は考える必要がある。もっと集中しないとならない。
俺は家を出て、高台に登る。昨日、リンと星空を眺めた所と同じ場所に座る。
隣にリンはいない。
必ず助ける。彼女をこんな所で失えない。もっと教えることがある。もっと強くなってもらわないといけない。そして、俺の横に立って欲しい。
目を閉じた。心の枷が外れる。俺は自分が笑っていることに気づいた。
仲間を人質にされ、不可能な無理難題を強いられる。そんな状況で不謹慎に俺は笑っている。
しかし、これでいい。ウォルフガングに指摘された時に気づいた。俺の中にある英雄の本質に。
もしリンを救いたいならば、焦ってはいけない。必要なことはただ一つ。
この絶望的な状況、途方もない無理ゲーを楽しむことだ。
俺は狂っているぐらいが丁度いい。狂気の先に見える道がある。集中力を高めて行く。
時の流れが遅くなる。音が遠のいて行く。思考が加速していく。あらゆる条件を付与し、シミュレーションを行う。
足りない。もっと深く。水の中を沈んで行く感覚。
時が止まる。無音になる。全能感に満たされる。
入った。
経験したことのない領域に足を踏み入れた。俺自身、英雄として成長している。今まで入ったことがないほど、思考の海に深く潜っていた。
高速でのシミュレーションで脳が焼ききれそうだったのが、何も感じなくなる。思考が更に洗練され、クリアになっていく。
そして、真っ黒な世界で、俺の足元から伸びる稲妻のような道が見えた。無数に枝分かれする栄光への道が放射状に広がっている。
俺は目を開けた。道は確かにある。俺の目にはいくつもの道が見えた。
しかし、逆にそれが問題だった。不確定要素、ノイズが多すぎる。
今後、プロメテウスやアリアテーゼ、ほかの人間がどう動くか分からない。その行動次第で、今勝利へと繋がっている道は呆気なく途切れる。
今までのシリュウ戦やウォルフガング戦、ユキ戦ではノイズが少なかった。だから、一本の道を進むだけで良かった。
今回は二週間という時間もあり、俺がまだ想定出来ていないイレギュラーが起こり得る。
俺は慎重に選択するしかない。無数にある道のうち、本当に最後まで途切れずに勝利へと繋がる道を。
初手が一番大切だ。この選択で多くの選択肢が消える。後戻りは出来ない。もしそちらに正解があれば、目も当てられない。
俺は初手を決める。しかし、それより先の分岐はまだ決めない。状況の変化に応じて、その先の分岐を決めて行く。
決して詰まないように盤上を支配しないとならない。
今までにない無理ゲーだ。しかし、俺は勝てると確信している。
不可能を超えるのが、英雄の矜持だ。
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俺はメリダの家に戻り、全員に今後の方針を伝えた。
「二手に分かれよう、ポチは俺と行く、ギルバートとユキはいくつか頼まれて欲しい」
時間がない。ここからは効率を重視するしかない。俺は自分の強化をする。スキルや武器ももっと必要だ。
ギルバートとユキには仲間やアイテムを集めてもらう。ギルバートには申し訳ないが、俺と一緒に強化したところで、魔王軍相手にはとても間に合わない。彼は戦闘から外す。
仲間としてはいくつか候補を伝える。正直、最もレベルが高いだろうラインハルトですら、今回は役不足だ。しかし、レベルが低くてもユニークスキルが有効であれば、選択肢が増える。
俺はメモに欲しい仲間の名前と、アイテム、入手方法などを記し、ギルバートに渡した。
「10日後、魔法都市エルドラドに集合だ」
魔法都市エルドラドはグランダル城下町と同じく全ての設備が整っている大都市だ。それに魔王城へも比較的近い。
「ああ、分かった、こっちの件は任された」
「ええ、私も全力を尽くすわ」
作戦会議は終了し、俺たちは行動を開始した。
念の為、黒水晶でプロメテウスに鳥形の魔物などを貸してもらえないか頼んでみたが、あっさり断られた。
俺たちが失敗した際、プロメテウスが関与したとアリアテーゼに知られたくないのだろう。だから、証拠は残さない。
仕方なく、俺たちは自分達の足で出発した。俺はポチと共に颯爽と走りながら思った。
序盤のイベントである邪龍討伐のあと、すぐにラストダンジョンの魔王城に向かうなんて、今思うとあまりに無理ゲー過ぎる。
しかし、俺の中を流れる英雄の血は、激しく脈動を繰り返していた。