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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第2章 英雄の成長
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交渉



プロメテウスは家に上がり込み、まるで我が家のように椅子に座った。そして、白い手袋をした両手の指を顔の前で組む。



俺は慎重にプロメテウスの向かいに座った。肌を刺すようなピリピリとした空気が流れる。



プロメテウスにこちらを攻撃する意思はない。それは断言できる。奴の性格はとても分かりやすい。



無意味なことはしない効率主義者で、常に損得で行動する利己主義者だ。



もし俺たちを殺す気なら部下を派遣するか、暗殺という手段を取る。正々堂々正面から来ることはない。この男はわずかなリスクをも嫌う。



このように話し合いの場を設けている時点で、殺す気はないはず。今は大人しく従っているべきだ。



プロメテウスは4人いる魔王軍幹部の中で最弱と呼ばれる。頭脳タイプのキャラであり、本人も戦闘が得意ではないと公言している。他のキャラのような尖ったパラメーターもなく、全体的に満遍ない数値だ。



しかし、それでも魔王軍幹部。正直、こちらのレベルが全員300以上ないと厳しい。あくまで人外の集まりである魔王軍幹部の中で最弱であり、俺たちと比べたら、プロメテウスも十分すぎるほど強い。



「今日はレンさん、あなたと交渉に来ました」



プロメテウスの営業スマイルに寒気を感じた。恐怖を隠すように強気な言葉が俺の口から漏れる。



「どんな内容だ?」



「話が早くて助かります、私はあなたのことを見ていました」



『天眼』だ。任意の地点を上空から見ることができる。それで俺のことを見ていたのだろう。霧の秘術書の時は、あえてプロメテウスに見せつけて里に秘術書がないことを印象づけた。



「あなたはシリュウを倒し、霧の秘術書を手に入れ、そして私達の仲間、ウォルフを倒した」



「大切な秘術書を横取りされ、仲間を殺された復讐にでも来たのか?」



「いえいえ、まるで逆ですよ」



プロメテウスはぐっと顔を寄せてくる。長い睫毛の下で黒い瞳の中に悪意が渦巻いていた。



「感謝しています、あのウォルフを葬ってくれて、あれは強過ぎた、どうしたって私には殺せない」



俺はプロメテウスが何を言いたいのか分かってきた。俺を自分の野望のために利用する気だ。



「私が霧の秘術書を欲しかった理由は、あるスキルが欲しかったからです、しかし、それは別に私でなくとも良い……」



プロメテウスはまた笑顔を見せた。俺は心の底から願う。やめてくれ、その先の言葉を言うなと。



「あなたはそのスキルを持っている、そして、あのウォルフを倒した、きっとあなたは何か特別な存在だ、だから、そんなあなたを見込んで頼みたい」



断りたい。不可能だと言いたい。こいつが何を望んでいるのか俺には分かる。魔王軍を乗っ取るという己の醜い欲望のために、プロメテウスは手段を選ばない。











「アリアを殺して欲しい」














魔王軍幹部、艶王アリアテーゼ。膨大なMPにありえないほど高い魔法攻撃力、魔法防御力、そして、『魔導の真髄』に代表される魔法特化のチートスキル。魔法使いタイプの敵では最強と言っていい。プロメテウスは次にアリアテーゼを殺そうとしている。



霧の秘術書を欲しがっていたのも、スキル『濃霧』が欲しかったからだ。魔法によるダメージが大幅に減らせるこのスキルはアリアテーゼ戦には必須となる。



しかし、アリアテーゼは『濃霧』があるだけで勝てるほど甘くない。よくソラリスと比較されるから、そこまで強くないように思われるが、それはソラリスのスペックが高すぎるだけだ。



そもそも2人とも異次元にいる。その2人に差があったとしても、それは俺たちの次元では測れない。



「アリアは警戒心が意外に強いので、完全に私のことを疑っています、彼女が本気を出したら、私なんて一瞬で消し炭にされます、だからあなたに排除してほしい」



排除という言葉に何の重みもなかった。もはやプロメテウスの中では、同じ魔王軍の幹部もただの邪魔な物としか認識していない。



「アリアとウォルフがいなくなれば、実質私の願いは叶ったも同然です、もう1人はどうせ放っておいても何も口出しはしないでしょうし」



俺は何も返せなかった。もし断れば、プロメテウスにとって俺たちに存在価値はなくなる。間違いなくこの場で殺される。



この男は価値のないゴミに温情をかけることなどない。冷静に何の躊躇いもなく排除に動く。



だから、俺の選択肢はその依頼を受けるしかない。



「どうでしょうか? 引き受けていただけますか?」



しかし、俺がここで依頼を受けることはプロメテウスも分かっている。むしろ重要なのはその後のはずだ。俺が口約束だけでアリアテーゼを倒そうとしないかもしれないし、プロメテウスが殺害を依頼したことが俺の口からアリアテーゼに漏れる危険もある。



プロメテウスはその程度のことを考慮しないほど、温くない。俺を口約束だけではなく、従わせる方法を既に得ている。



もし俺がプロメテウスの立場ならどうするかを考える。俺が従わなければならない理由。口約束で終わらない保険を手に入れる方法。



プロメテウスの目が俺の反応を伺っている。俺は真っ直ぐにその目を見据えた。



そして、気がついた。気がついてしまった。プロメテウスから漏れる粘り着くような悪意が俺の目に流れ込む。



俺を従わせる、簡単であり最も効果的な方法が1つあった。



怒りに身体が支配される。目の前が真っ赤になった。



俺は先程ギルバートを止めたのにも関わらず、プロメテウスの胸ぐらを掴んでいた。



「お前!」



プロメテウスの口が横に広がる。愉快そうな笑みが俺の神経を逆撫でする。



「私は言いました、交渉だと、交渉とはお互いにメリットがあって成り立つもの」



奴は本来存在しない、俺が協力することによるメリットを作り出した。もはや俺には本当の意味で選択肢が残っていない。



ここに彼女の姿がない。その事実が全てを物語っていた。



俺は相手が魔王軍幹部であることも忘れ、声を張り上げた。



「リンに何かしてみろ、お前を必ず殺す」



殺したい。この男をどんな手を使っても殺したい。明確な殺意が俺を支配する。



プロメテウスは怒り狂う俺を見て、満足そうに微笑んだ。



「ええ、ちゃんと厚遇しますよ、あなたがアリアを殺してくれるなら」



俺の怒りすら、殺意すらもプロメテウスには柳に風だ。俺が従うしかないことを理解している。



俺はプロメテウスから手を離した。頭が冷えて行く。俺の頭はすでに英雄の思考になっていた。



アリアテーゼを討伐する方法。プロメテウスを殺す方法。リンを助け出す方法。



あらゆる方向へ、既に思考が始まっている。それらの無理ゲーを攻略するために脳が加速している。



「期間は2週間です、手段は問いません、結果的にアリアが死ねば良いです、もし私の力で用意する物が必要なら言って下さい」



「2週間ではさすがに無理だ、もう少し時間をくれ」



「いえ、ダメです、2週間です、それを過ぎれば人質を殺して君たちも排除に動きます、また別の手段でアリアを殺す方向にシフトします」



駄目元だったが、やはりプロメテウスから妥協は引き出せなかった。悔しいが、奴は交渉が上手い。長い時間を与えれば、人は裏切る準備に走る可能性が高まることを分かっている。



時間の余裕がなくなれば、裏切って上手くする準備をするより、一刻でも早く依頼の達成に向かおうと思わせることができる。



時間の制約によって、ほかの選択肢と並行させることを防止し、道筋を一本に限定してきた。



「いいだろう、依頼を引き受けた、2週間でアリアテーゼを倒す」



「ありがとうございます!それは良かった」



プロメテウスは大袈裟にリアクションをする。俺がこう答えることはわかり切っていたはずだ。



「だから約束しろ、それまでリンに危害を加えるな」



「ええ、もちろん、約束は守りますよ、これはビジネスですから、信頼が重要です」



プロメテウスほど信頼という言葉が似合わない男はいない。



俺の頭には既に確定事項がある。プロメテウスを殺すことだ。



アリアテーゼを殺せば、プロメテウスの目的は達せられる。その瞬間、奴にとって人質も俺たちも無価値となる。容赦なく、躊躇いなくただ切り捨てるだろう。



プロメテウスは必ずそのように行動する。その意味で俺はプロメテウスを信頼している。



それにアリアテーゼを倒すよりも、プロメテウスを倒す方が戦闘自体は楽になる。勝利の可能性も大幅に上がる。



「交渉成立ですね」



プロメテウスはさっと立ち上がる。そして、懐から黒い野球ボールほどの水晶玉を取り出した。



「通信道具です、私と会話したいときはこれを使ってください、では期待していますよ」



プロメテウスは軍服を翻して歩き出す。



「待て、俺はお前を全く信頼していない、リンの声を聞かせてくれ、まだ生きていることを確認したい」



俺の声にプロメテウスは足を止める。そして、肩をすくめた。



「まあそれぐらいの譲歩は必要でしょう、その水晶につなげましょう」



振り返り、白い手袋を翳す。黒い水晶が紫の光を纏い始めた。



「おい、リン、聞こえるか?」



「……え、レン、レンなの?」



「ああ、俺だ、王城の井戸の下で修行をした敵の名前は何だ?」



「……シャドウアサシン」



「よし、リン、俺は必ずお前を助けるから待ってろ」



「分かった、私は鳥形の魔物に乗せられて連れ去られた、目隠しはされたけど太陽の暖かさで方角は分かる、そこから南東に……」



リンの声が途切れる。プロメテウスが遮ったのだろう。



「これで十分でしょう、この僅かな時間で少しでも居場所ヒントを出そうとするとは、中々胆力のある人質ですね」



リンは賢い。俺がシャドウアサシンを答えさせたのも、偽物が声を真似ている可能性を危惧したからだ。リンは一瞬でそのことを悟った。



そして、彼女が残したヒント。ここから南東、恐らく目的地は魔王城だ。



「では私はこれで、お互いにとって良い報告を期待しますよ」



プロメテウスはそう告げて、家を出て言った。




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