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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第2章 英雄の成長
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トゥルーエンドへ



村人全員が俺に襲いかかってくる。俺は全てを回避して、村中を逃げ続けた。



これで良い。これで誰も犠牲者が出ない。



俺の目的は、魔女の化身を俺だと思い込ませて、ターゲットを絞ることだった。



村人同士が疑心暗鬼になって殺し合わないように、共通の敵を作る必要があった。



多少強引だったが、ミランダの内容はメリダ以外氷雪の魔女本人しか知らないはずだ。だから、メリダは俺が氷雪の魔女だと信じてくれると読んでいた。



俺なら全ての攻撃をかわし、逃げ続けることもできる。



リンには既に演技だと見抜かれているだろう。俺の回避動作を見れば、いつも通りだと判断できる。



一方ギルバートは分からない。今は混乱していてどう動いていいか分からない様子だが、もし彼が攻撃してきたら、ある程度ダメージを覚悟しないといけない。



射撃は攻撃速度がかなり早いし、範囲攻撃も多くある。いくら俺でも避けきれない。



昨夜、信じてほしいと言った言葉がどれだけギルバートに響いているか分からない。



そう思っていたが背後の角から、リンがいきなりエクスカリボーを片手に突っ込んできた。



「え?」



俺は演技を一瞬忘れて、間抜けな声を出してしまった。完全に油断していたが、身体が反射的な動き、リンの攻撃をかわす。



リンは少し嬉しそうに笑っていた。そこで俺は気づく。この騒動に便乗して、リンは俺で訓練しようとしてる。



一気に難易度が跳ね上がる。村人達の攻撃をかわしながら、リンの攻撃も回避しないといけない。純粋なパラメータはリンの方が素早さが高い。



しかし、リンも理解しているだろう。その程度で英雄の回避術は破れないことを。俺はリンにも見せたことのない動きを披露することにした。



全身の力を抜き、だらっと脱力する。そして、攻撃が迫っても回避動作に移行しない。リンは怪訝そうな表情をしたが、全力でエクスカリボーを打ち込んでくる。



最小限の動き、すれすれで俺はその斬撃を回避する。襲いかかってくる全てを限界まで引きつけ、ほんの僅かな動きで回避する。



まるで水を切っているかのような手応えをリンは感じているだろう。これはあえて英雄達が回避術向上のために、自分を追い込むトレーニングだ。『回避術・ナガレ』名前を付けるのが大好きな英雄達がつけた名だ。



俺は全ての攻撃をナガレで、避けながら頭は別のことを考えていた。リンには悪いが、それぐらいの余裕がある。



俺の選択は正しかったのだろうかと。



もう後戻りは出来ない。後悔しても仕方ない。それは分かっている。でも、考えずにはいられない。



俺は優先すべきものを間違えたのではないかと、葛藤する。



それが正解だったかどうかはこの後の展開次第だ。最後にみんなが幸せなら、それが正解。



今、悩んだところで意味がない。



空からメリダの魔法攻撃が降り注ぐ。俺は雨のように降り注ぐ魔法を踊るように回避していく。



ギルバートの姿が見えた。彼は攻撃をしてこない。目にも敵意はない。信頼してくれている。



彼を守りたかった。だから、俺は選択をした。ゲームでは不可能だったことを、この世界で実現する。



不可能を可能にすることが英雄の矜持だ。



俺は回避と逃亡を続けた。村人全員が俺に全力の殺意を向けてくるが、未だに一撃ももらっていない。



これで良かった。いくらでも俺に殺意を向けてほしい。それで誰も死ななくて済むなら、俺は喜んで悪役に徹する。



夜が深まっていく。



そして、運命の時は来た。






















「ふふふふ、愚かな男ね、時間かせぎ、ご苦労様」



俺の声ではない。村人たちが全員、声の方向を向く。ギルバートもその声の主へと視線を向けた。



メアリーが高台の上でこちらを見下ろしていた。髪が白く染まっていき、瞳が赤く光る。



「メアリー……なぜ」



ギルバートが呻くように言う。



俺はメアリーを殺さなかった。その選択をした。



そして、俺の選択の結果、氷雪の魔女は完全に復活を遂げた。



「もう何もかも終わりじゃ」



メリダが諦観して呟いた。氷雪の魔女が力を取り戻せば、ここにいる者の死は確定する。世界が滅びに向かう。



「ありがとう、お前がいてくれたおかげで私は身を隠し、誰にも狙われることがなかったわ」



氷雪の魔女が俺に礼を告げる。俺の選択はきっと間違っていない。だから、俺は望みをかけて声をかける。



「俺は……君を殺せなかった、俺にはあの時のメアリーの表情が演技だとはどうしても思えなかった」



ギルバートの名前を聞いた時のあの安心した笑顔、たとえメアリーの記憶を得ていたとしても、あの表情は自然に作れない。



俺は自分の感じたことを信じて、声を張り上げる。



「氷雪の魔女、君の中にはきっと、まだメアリーの心が残っている、俺はそれを信じる」



氷雪の魔女の笑顔が消えた。俺を温度のない眼差しで見つめている。



「何? 私の中にこの少女の意思があるから、言葉で説得して、命乞いする気?」



「ああ、俺は理想主義者なんだよ、現実味のない理想論を謳い、それを実現するために最善を尽くしている、だから、俺はメアリーにも、そして魔女、君にも幸せな結末を作りたい」



「ほんっとに馬鹿な男ね、そんな言葉で私が情に流されて、私を封印したお前たちと仲良ししろって? 笑えない冗談」



「冗談なんかじゃない、俺は本気で全員の幸せを実現する」



「無理よ、力のない者が何を言ったところで、それはただの戯言」



「俺には実現するだけの力がある、俺は英雄だからな」



「自惚れが過ぎる、しつこい、いいわ、なら私は今からお前ら全員を殺す、1人残らず氷漬けにするわ、あなたはその力で私を止めなさい」



「分かったよ、俺は君を殺しはしない、無力化するよ、だから約束してくれ、俺が勝ったら教えてほしい、メアリーのこと、そして君のことを」



魔女の目が少し寂しそうに細められた。



「なぜ私のことなんて知りたいの?私はただ世界を滅ぼす力を持った氷雪の魔女よ」



「俺は噂や評判ってやつが大嫌いだ、多くの無関係の人間が勝手に貼り付けたレッテルが、数の暴力によってあたかも真実のようになる、それが許せない」



本心が漏れた。現実世界で俺が感じていた鬱屈とした思いだ。イジメや炎上、よく知らない者たちの身勝手な評価が正義となり、弱者を貶める。



「だから、俺は自分の目で見たことを信じる、君の名前を教えてくれ、君のことをもっと教えてくれ、そのあとは俺が自分で判断する」



魔女の目にほんの僅かな暖かさが生まれた。もう彼女には嘲るような空気はなかった。



「もう遅いわ、もっと早く君のような人に会いたかった、でもね、私の心はもう凍てついてるの、氷は溶けない」



右腕を天に掲げる。彼女の目は俺を真っ直ぐに見ていた。



「ごめんね、もうさよならの時間、君の人生はこれで終わり、もう少し君が強ければ、私を止めてもらえたのに」



俺は逃げも怯えもせず、不敵に笑った。



「俺は不可能を可能にする英雄だよ、君を止めるくらい造作もない」



魔女は悲しい笑みを見せた。そして、よく通る凛とした声を発した。全てを凍りつかせる氷属性最強の精霊魔法の名が夜空に響いた。



【ニブルヘイム】






























夜空から粉雪が静かに降り続く。



「よっしゃ! 勝ったー!!」



俺は突然、勝利のダンスを踊りだす。村人たちも魔女も仲間たちも唖然としている。俺は喜びのあまり、ダンスを止められない。



魔女は何が起こったのか分からず、天に掲げた右腕を見つめた。



【ニブルヘイム】



【ニブルヘイム】【ニブルヘイム】【ニブルヘイム】【ニブルヘイム】【ニブルヘイム】



【アイシクルランス】



【ブリザード】



氷雪の魔女が必死になって、何か叫んでいる。しかし、何も起きない。



俺の選択が正しかったことは証明された。俺の見つけた道は希望に繋がっていた。



俺は彼女の腕にはめられている腕輪を見た。変わったデザインの腕輪。髑髏のレリーフが刻まれた邪悪そうな腕輪だ。



氷雪の魔女は何かに気づき、腕輪を外そうとする。しかし、腕輪は外れない。



俺が今回取った方法は、氷雪の魔女に髑髏の腕輪を装備させることだった。ギルバートから貸してもらった木箱の中身を、氷雪の腕輪から髑髏の腕輪にすり替えて、メアリーに渡していた。



アイテムショップで目利きの腕輪以外にも腕輪を買った。その一つが厨二プレイヤー御用達、髑髏の腕輪だった。



髑髏の腕輪の効果は、闇属性のスキル、魔法の威力を2倍にする。闇属性の魔法以外使えなくなる。



そして、呪われており、教会で法外なお金を払わないと外せない。



そう、氷雪の魔女は氷属性の魔法以外覚えていない。精霊魔法ニブルヘイムも氷属性だ。だから、どれだけ魔法攻撃力が高くても意味はない。何も魔法が使えないのだから。



氷雪の魔女の攻撃力は高くない。というか一般人と変わらないぐらいだろう。つまり魔法が使えない魔女はただの少女と変わらない。



ゲームではイベントNPCや敵キャラに装備をさせることが出来なかった。だから、俺はリリーさんを助けるついでに実験もしていた。



リリーさんが目利きの腕輪をつけ、品質が確認出来たとき、俺はこの方法が通じると自信を得た。NPCでも装備すれば効果が及ぶことが分かった。



しかし、不安はあった。リリーさんに効果はあったが、魔女に効果がある保証はない。だから、俺はあの時、迷いを持った。メアリー暗殺エンドの方が良いのではないかと。



もし髑髏の腕輪の効果がなければ、みんな死ぬ。世界が滅ぶ。俺の思いついたアイデアに多くの命を賭けてよいのか迷った。



メアリー暗殺エンドなら確実に世界とギルバートたちを救えた。



だけど、俺にはその道を選べなかった。メアリーを殺すことなんて、出来なかったし、何より、俺はハッピーエンドを目指していた。



世界が救われて、ギルバートが救われる。それだけじゃハッピーエンドにはほど遠い。俺は欲張りだから、その程度じゃ足りない。



それではメアリーが幸せじゃない。死んだ娘を生きていると信じて、探し続けるギルバートが幸せじゃない。



このイベントはマルチエンドだ。イベント中の行動で結末が変わる。



だから、俺は新しいエンドを作り出した。平和的魔女復活エンド。これが俺が作り上げたトュルーエンドだ。









「だから言っただろ? 君を止めることなんて造作もないって」








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― 新着の感想 ―
[良い点] あんなに伏線があったのに気づけなかったなんて… 次こそは自分で気づきたい(´・ω・`) これからも頑張ってください‼️
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