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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第2章 英雄の成長
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救われない物語



「早くしなされ、魔女の化身は誰じゃ?」



メリダが俺を急かす。俺は終わらない呪いの言葉をありったけ浴びせられ続けた。



俺は最悪な気分のまま、次の候補者を告げた。



また同じように黒装束の男達が出動し、しばらくして報告に戻る。メリダは首を横に振った。



「まだ雪は晴れん、不正解じゃ」



俺が選んだペドロは魔女の化身ではなかった。俺はゲームをリセットしたい気持ちに駆られたが、我慢した。あと1人選んでからリセットすればいい。



足音が近づいてくる。手に農業で使う鋤を持った老人が近づいてきた。



「ペドロはのー、いい奴じゃった、昔娘さんをのー、魔女と間違えられて殺された、だからのー、この村の掟がまた人を殺すのを止めたかったと、いつも言っておったのー」



老人は俺を見る。目が虚で狂気に支配されている。光がなく、瞳が真っ黒だった。その瞳に俺の姿が映っているかもあやしい。



「そのペドロをのー、おぬしは殺した、間違えて殺した、何の罪もないのに殺した、おぬしが殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した」



老人が襲いかかってくる。おぞましい声を上げながら、鋤を振り回す。俺は咄嗟に回避した。しかし、老人は攻撃をやめない。



俺はつい反射的に老人の腹を蹴った。その勢いで老人が持っている鋤が回転し、老人の腹を貫いた。



「いたい、いたい、いたいいたいいたい、やはりお前は人殺しなんじゃのー、そうやってみんなみんな殺していくんじゃのー……」



男は動かなくなった。全年齢対象なので、血などは出ない。グロテスクな表現もない。だが、俺は吐き気も催すような不快さを感じていた。



なぜ俺が責められないといけない。ただのゲームのイベントだ。俺はルール通りに動いているだけだ。こんな人間を壊すようなイベントがあっていいはずがない。



「さあ、次こそ当てるのじゃ」



メリダの言葉に俺は怒りを覚えた。俺が好きで人を殺しているのではない。こんな最悪なイベントは経験したことがなかった。きっとハズレを選べば、多種多様な怨嗟の言葉を投げつけられるのだろう。



俺は最後にナタリーの名前を告げる。こんなイベントは二度としたくない。だからこそ、全員間違えた後にあるかもしれない答え合わせに期待した。



これはゲームだ。リセットすることができる。次は一発でその犯人を当てれば良い。



結局ナタリーも魔女の化身ではなく、やはり俺は彼女の許嫁から罵詈雑言を浴びせられた。



俺は耳を塞ぎたくなったが、耐え切る。二度と同じことを繰り返したくない。だから、この後の展開に期待する。



「もう終わりじゃ、時間がない、世界を救うために、ワシらは殺し合わないとならん」



メリダはそう告げて、足早に去っていく。今まで俺たちを罵っていた村人も姿を消した。



「いやな予感がするな、急ぐぞ」



ギルバートに先導され、俺たちは裏山のメアリーの元へ向かう。メアリーは無事にそこにいた。



「早くこんな村から逃げよう、牢屋の鍵を探さないとな」



その時、すぐ足元に矢が刺さった。振り返ると村人の何人かが武装してこちらに近づいていた。



目的はメアリーであることは明白だ。



躊躇いなく攻撃を仕掛けてくる。少し前まで楽しく話していた村人が敵となった。仕方なく俺とギルバートはメアリーを守るために応戦する。村人のステータスは意外に高く、多少苦戦した。



俺とギルバートは村人を倒していく。次から次へと現れて、2人でメアリーを守るために必死に戦った。



そして、最後にメリダが現れた。メリダは杖を片手に悲しそうに近寄ってくる。



「まだ雪は晴れん、ワシは世界を救わないとならん、ミランダに続き、お主の娘も殺さないとならんとは」



「てめぇが! あいつを!」



ギルバートは銃口をメリダに向ける。ミランダはギルバートの妻の名前だった。



事故に巻き込まれて死んだと思っていた。だが、彼女が殺されたのだと知った。ギルバートは尋常ではなく怒っていた。



メリダは強かった。魔法に長け、物理攻撃はフィジカルリフレクションに弾かれる。魔法もマジックバリアに弾かれ、回避が困難な広範囲魔法を連発してくる。



俺たちは苦戦を強いられながら、何とかメリダを倒した。ギルバートは妻の復讐を終え、抜け殻のように壁を背に倒れこんだ。



もう村人は1人も現れなくなった。俺はメリダの家に牢屋の鍵を探しに向かった。村の中ではお互いに殺しあった村人の死体が至る所に転がっていた。血などの描写はないが、気分が悪くなる惨状だった。



俺はメリダの家から鍵を手に入れ、ギルバートの元へ戻る。ギルバートの姿勢は変わらず、牢屋の前で疲れたように座り込んでいた。もう村の中には、何の音も存在しなかった。



俺は鍵で牢屋を開ける。メアリーは飛び出して愛する父親に抱きついた。



「パパ、ありがとう……」



ギルバートは力なくメアリーを抱擁した。これでイベントはクリアなのだろう。俺は何とも言えない後味の悪さを感じていた。



雪は降り続いていた。













ギルバートの背中から巨大な氷柱が突き出した。













「パパ、ありがとう……わたしを守ってくれて」



メアリーの髪が白く染まり、瞳の色が赤く変わる。



「え……」



ギルバートは胸を氷柱で貫かれながら、訳が分からず困惑の声を上げた。



「わたしは氷雪の魔女、あなたのおかげで復活できたわ、お疲れ様」



一瞬でギルバートは無数の氷柱に貫かれて生き絶えた。氷雪の魔女は俺を視界に移す。



「あなたもお疲れ様、もう死んでいいわ」



訳が分からない。メアリーが氷雪の魔女だったなら、このイベントは根底から壊れている。



俺は何をすれば良かったんだ。この救いようのない結末は何だ。無実の人間を殺して、村人同士で殺しあって、最後には愛する娘に殺される。こんなものゲームじゃない、娯楽じゃない。




【ニブルヘイム】



視界にある全てが白に染まる。世界は凍りついた。




__________________________










俺はあの胸糞が悪くなるイベントを思い出していた。このイベントはマルチエンドであり、行動によって結末が変わる。



まず初めて俺がこのイベントをした時の結末は、魔女復活エンドだ。これはバッドエンドの扱いだ。魔女に殺されてゲームオーバーになる。



氷雪の魔女を倒そうと思ったプレイヤーもいたが、ほぼ不可能だ。あえて、村人に攻撃させて、メアリーのHPを半分以下にし、魔女として復活してからネロのアナライズでステータスを分析した。



HPは低いが、『物理攻撃無効』『全状態異常無効』『魔導の神髄』に氷属性以外の全属性魔法攻撃無効、氷属性魔法攻撃吸収、攻撃魔法は【アイシクルランス】【ブリザード】【フリーズ】そして、氷属性最強、精霊魔法【ニブルヘイム】を使用する。物理攻撃は低いが、魔法攻撃力はとんでもなく高い。魔法を使用されれば、レベル300オーバーでも軽く一撃死する。



氷属性無効の腕輪で対策もしてみたが、精霊魔法の【ニブルヘイム】は無効が無効という訳が分からない仕様なので、あっけなく死ぬ。



唯一の方法はこちらも相手の無効が無効になる精霊魔法で対応するしかない。戦闘開始と共にソラリスなどに精霊魔法を使わせれば勝つことができる。



しかし、勝っても何も起こらない。ただギルバートが死に、村人が死んでいるだけだ。ちなみにイベントでギルバートが死んだ場合、復活させることはできない。



次にギルバート敵対エンド。メリダにメアリーが魔女の化身と告げる。または最後の殺し合いで、俺がメアリーを攻撃するとこのエンドになる。



ギルバートが敵となり、倒すまで終わらない。ギルバートを倒すとギルバートは死ぬ。その時点でメアリーが死んでいれば、そのまま何も起こらない。メアリーが生きていて時間がくれば、結局魔女復活エンドに移行する。



そして、最後にメアリー死亡エンド。これがクリア扱いだろう。最後の殺し合いでメアリーを守りきれずに殺されれば、このエンドになる。



ギルバートが嘆き苦しみ、慟哭を上げる。そして、新しいユニークスキル『リベンジャー』を手に入れる。一定時間、攻撃力が2倍になり、リロードの必要がなくなる。代わりに敵味方見境いなく、ただ狂気に支配されたまま攻撃するようになる。



このイベント後、ギルバートは一切会話が出来なくなる。ひたすら酒を飲み続け、戦闘には参加するが一言も口をきかないマシーンのようになってしまう。



これがクリア扱いだと言われる理由は、ユニークスキルを手に入れられ、かつギルバートが死んでいないからだ。



娘にあげるはずだった氷雪の腕輪を手に入れることができ、一応廃人になったギルバートをパーティに入れ続けることができる。



つまり、どのエンドになっても後味の悪いバッドエンドしかないのだ。これにはプレイヤーから苦情が殺到した。



メアリーを守るふりをしながら、村人にメアリーを殺させることでクリアするなんて、訳が分からない。



一応、簡単にクリアする抜け道もある。英雄たちがメアリー暗殺エンドと呼んでいる方法だ。



村についたらギルバートから離れ、単独でメアリーの牢屋に向かう。そして、その場でメアリーを殺す。そうすれば、ギルバートは怒り狂い、『リベンジャー』を習得し、村人を皆殺しにし始める。このとき、村人からはほとんど反撃されないので、楽に攻略できる。



しかし、どんな道を選ぼうと、ギルバートの未来は死ぬか廃人になるしかない。救われない物語だ。

















だから、俺が救い出す。最悪のシナリオを捻じ曲げてやる。



ハッピーエンドしか俺は要らない。



俺の目には既に、栄光への道(デイロード)が見えている。





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